異世界転生 8日目

第135話 《群体分身》ーミラージュファングー

「打ち合わせ通り、俺は前から、サーシャは後ろからだ!」

「心得ましたわ!」


「足を踏み外して落ちるなよ?」

「ふふっ、誰に物を言っておりますの?」


 俺の軽口にサーシャからは頼もしい返事が返ってくる。


「では配置についたところで、こちらも手筈通りスピードを上げます。少々粗っぽいドライビングになりますので、ゆめゆめ振り落とされませんように」


 後部出口にはサーシャ、荷台を出て御者台の脇には俺が。

 クリスさんは本気のドライビングを。

 事前の取り決め通りに各々が配置についた。


 敵の追撃の矢面に立つ荷台後部をサーシャに任せたのは、俺が使う和弓はいわゆる大弓のために、狭い後部入口での取り回しには向いていないからだった。

 雰囲気に流されてこれにしたけど、ちょっとは用途を考えろよ俺……。


 それはそれとして、だ。

 俺は戦いに必要なチートを順次発動させていく。


「バランス系S級チート『上海しゃんはい雑技団』発動!」

 まずは振り落される心配をなくしてから――、


「知覚系A級チート『キャッツアイ』発動!」

 暗闇を見渡せるチートによって、これで闇夜の戦闘も苦にはならない。


「戦闘系S級チート『那須与一なすのよいち』発動――!」

 そして最後は大本命である最強の弓系チートを発動させた。


 これで準備は万端だ。

 俺が万全の態勢を整えたのと前後して――、


「きたか――!」


 荷馬車の左後方の森に無数の白銀がちらついたかと思うと、そのうちの数頭が荷馬車へと接近を試みはじめたのだ――!


「大きい……! これが《シュプリームウルフ》……!」

 体長が4メートルほどもある、白銀の毛並みが美しい狼たち。

 熊が可愛く見えてしまう大きさにもかかわらず、俊敏な機動力でもってぐんぐんと距離を詰めてくる。


 その銀狼のうちの一体が、今まさに荷台に飛びかからんとした刹那――、


「させませんわ!」

 サーシャの一矢が襲いくる銀狼を、見事に射抜いてみせた。


 キャウン!

 ――悲鳴のような鳴き声を上げながら力なく後方へ転がっていくその身体が、途中で霧のようにき消える。


「自身を複製した多数の分身体によって、たった一体で疑似的に巨大な群れを作り上げる、これが《シュプリームウルフ》の《群体分身ミラージュファング》か――!」


 《シュプリームウルフ》はかつて人間と共に戦った『幻想種ファンタズマゴリア』ということもあって、割とその能力は知れ渡っているのだそうだ。

 そしてその分身の一体一体は、実のところ大したことがないということも知られていて―-。


「せいぜいがB級かよくてA級といった程度。そして一定以上のダメージを受けた分身体は今みたいに消失してしまう、と」


 知覚系S級チート『龍眼』による分析によれば、この能力というのは、

「ぶっちゃけ脅威ってほどのもんではない。けれど――」


 なんせ数が多い――!

「ここまで巨大な戦闘集団を作り上げるこの力は、こりゃもう数の暴力だな……」


 先の護衛部隊も最終的に足を止めてしまったところで、この圧倒的な物量に雪崩のように一気に押し込まれ、為すすべもなく荷馬車と積み荷を破壊されてしまったのだ。


「おっと、のんきに感想を言ってる場合じゃねぇか。俺もやることをやらないとな……!」

 御者台で後ろを向いて立って戦況を分析していた俺は、二矢を同時につがえると一気にそれを解き放つ――!


 キャウン、キャン、クワン、キャン――!

 複数の悲鳴が夜の街道に響いた。


 寸分たがわず2体の眉間を射抜いた2本の矢。

 それが貫通してさらに別々の2体を串刺しにして射抜いたのだ。


 それだけではない。

 2矢×2体で射ぬかれたそれらは、さらに近くの1体をそれぞれに巻き込みながらバランスを崩して後方へと転がり消えていった。


「たった一引きで合計6体もの敵を倒すなんて……! セーヤ様、さすがなのですわ!」

 荷台後部のサーシャから大きな感嘆の声が上がる。


「数が多いからな。効率的にいかせてもらうぜ? よし、次――っ!」

 再び放たれた二矢は先ほどの再現映像のごとく、6体の銀狼を一瞬にして夜の闇へと葬り去る。


「これは、わたくしも負けていられませんわ……はぁっ!!」

 気合いとともにサーシャが精緻な速射を見せた。


 俺のような派手さはないものの、危険度の高い敵を的確に判断しては地道に確実に撃ち抜いていくのだ。


 俺とサーシャの奮闘&クリスさんの巧みなドラテクによって、《シュプリームウルフ》たちは荷馬車に近づくことすら許されない――!

 

 そうしてしばらく攻撃をしのいでいると、《シュプリームウルフ》は攻撃を控えて遠巻きに見守るようにして伴走しはじめる。


「なんだ、諦めたのか?」

 ……いや、ちがうな。

 諦めたのならついてこないで、すぐに離れていくはずだ。


 これはおそらく――、


「待っているのか……!」

 この先で俺たちが足を止めざるを得ないのが分かっているから、無理をせずに戦力を温存しているんだ……!


 牽制の意図があるのだろう。

 時々思い出したように近づいてきてはすぐ離れ、というのを繰り返す《シュプリームウルフ》の《群体分身ミラージュファング》たち。

 完全な膠着状態のまま、荷馬車は街道で最大の難所へと近づいてゆく。


「マナシロ様、間もなく最後の難所である5連ヘアピンに差し掛かります。当初の予定ではここを通るまでにある程度、《群体分身ミラージュファング》の数を減らしておく算段でしたが……」

 クリスさんはチラリと後方、付かず離れずを保って追いかけてくる白銀の集団を確認する。


「どうやら相手の方が一枚上だったようですね」

「面目ない……」


「いいえ、謝る必要はございません。得てして防衛戦というものは、攻め手に状況をコントロールされるのが常ですので。恐れをなして近づいてこないのは、それだけマナシロ様の強さが本物だということでもありましょう」


 おお、なんかクリスさんが優しいぞ……!

 さすが皆が憧れるお姉さんメイドさんだな!

 俺もそう遠くない未来、大人のステップを優しく手ほどきして貰――


「まぁそれでも、どうにかして欲しかったところではありますけれども」

「あ、はい……そっすね……」


「それでどうされますか? 中途半端に足を止めて相手の意のままに守勢に回るよりは、敢えてこちらから打って出ることで不意の痛打を与え、戦況を有利に進めるのが定石ではないかと。ドラゴンを倒してみせたマナシロ様ほどではありませんが、私もそれなりに戦いの作法というものを学んでおりますので、やりようはあるはずです」


 何をやらせても万能なクリスさんは、実際それなり以上に戦えるのだろう。

 でもあの数を相手にしてたった3人で、荷馬車を守りながらの戦いをするってのは、やっぱりかなり厳しいものがある。


 であるならば、何が何でも止まらずに逃げ切るしかない――!


「……それなんだけさ。確認だけど、ここさえ抜ければもう大丈夫なんだよな?」


「はい、この5連ヘアピンを越えると森を抜けて平原に出ます。すぐに小さな村があって、その先には帝都を防衛する衛星都市の一つがあり、周辺は騎士団が常時警戒網を張っています。ですのでここさえ抜ければその先までは追ってはこないはずです」


「そうか……ふむ」

「なにか策でもあるのですか?」


「うん……あのさ、急にこんなこと言うと、なんなんだけどさ? ちょっと俺に手綱を預けてはもらえないかな?」

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