第134話 出撃! サーシャファミリー!!

「セーヤ様、これを」

「これって――」


「わたくしとの決闘でセーヤ様がお使いになられたワキュウですわ」

 そう言ってサーシャが手渡してきたのは、見覚えのある大ぶりの和弓だった。


「セーヤ様が弓を扱うのなら、きっと他のどの弓よりもこれが相応しいと思いましたの」

「ありがとうサーシャ。こいつがあれば百人力だよ――よし、この輸送、何が何でも成功させるぞ!」


 俺はまだ2度目にもかかわらず、不思議と手に馴染むその和弓を左手に持つと、広げた右手を前へと差し出した。


「当然ですわ!」

 パン!

 自信に満ち満ちたサーシャが、小さな手のひらを勢いよくその上へと重ねる。


「もとより、持てる全てをお嬢さまに捧げる心づもりにございますれば」

 俺とサーシャの会話を一歩引いたところで見守っていたクリスさんが、最後にトン、と一番上にその手を重ねた。


「「「いざ、帝都へ――!」」」



 ……とまぁ。


 そんな感じで結構シリアスな雰囲気で出発したんだけれど。


 ……

 …………


「なんつーか、いたって平和だな……強いて言うなら、出ぎしにちょっと強めの雨に降られたくらいで……いや平和なのはいいことなんだけどさ」


 俺はコンテナのような箱型の荷台の、その一角に設けられた小さなスペースにサーシャとともにこじんまりと収まりながら、そうぽつりとこぼした。

 ちなみにクリスさんは御者をしている。


 割と大きな荷台は、しかし積み荷である大量のA5地鶏にスペースを割いていて、また余剰スペースには所狭しと大量の矢が積まれていることもあって、人のための空間は極めて狭かった。


 なのでサーシャを俺が後ろから抱っこするような体勢で、ぎゅっと密着状態で座らざるをえないのだった。

 ハヅキスタイル――ハヅキが甘えて膝の上に乗ってくる時の状態に近いかな?


 俺の腕の中にいるサーシャはどことなく嬉しそうだったので、まぁ問題ないと言えば問題ないんだけれど。

 胸キュンさせやすくなるラブコメ系A級チート『後ろからギュッ!』がさらっと発動していたので、その効果もあるのかも?


 ……え、俺?

 俺はもちろん女の子を後ろから抱きしめているので、とっても嬉しいですが、なにか?

 おっぱいこそぺたんこだけれど、女の子特有の柔らかさは文句なしのサーシャの抱き心地は、正直魅力的にすぎるというか。


 しかも俺の右手ときたら、なんかサーシャの左手と恋人繋ぎしちゃってるし……。

 抱きしめたサーシャからは薔薇のような高貴な匂いがしてくるしさ?

 極めつけに、人肌の温もりが悩ましいほどにサーシャが女の子なのを伝えてきて。


「くっ、可愛い女の子と長時間だっこで密着とか、生殺し過ぎて童貞には辛すぎる……っ」

 けしからん情動を俺はどうにかこうにか制御していたのだった。


 といった感じで。

 サーシャの身体を余すところなく感じつつ――じゃない、親交を深めつつ。

 昼前に出発してから何事もなく5時間ほど経過して。


 そうして漏れ出でたのが、さっきの俺の「平和だな……」という言葉なのだった。


「この辺りはまだトラヴィスの影響力が残る地域ですので、おそらくですが、もうしばらくは何も起こらないはずですわ」

 腕の中のサーシャが、俺の独り言のような疑問に答えてくれた。


「ああ、おかげでトラヴィスの名声が半端ないってことが良く分かったよ」


 トラヴィスの名を冠した施設や、トラヴィス商会傘下の商人の多いこと多いこと。

 彼らがもたらすのは単なる経済活動だけではない。


 各地を巡る商人の膨大な情報が、トラヴィスの元に集約されるのだ。

 その情報を元におおよその予想襲撃地点を割り出していることも、俺が気を抜いてしまっている理由の一つだった。


 この辺りはまだ余裕で安全地帯、なので俺は抱っこしたサーシャとまったりお話を続けていく。


「あと替え馬だっけ? あれも便利なシステムだよな」


 今回は急ぎということもあって荷馬車にしては相当飛ばしているため、荷台を引く馬の疲労はかなりのものだ。

 しかし街道沿いの宿場町につくたびに荷馬車を引く馬を手早く交換することで、問題なく速力を維持しているのだった。

 もちろんその替え馬を運営しているのもトラヴィス商会である。


「ふふっ、商いとは単に物の売り買いだけではありませんの。街道や宿場の整備も含めた、流通を維持・管理することも肝要なのですわ」

 そういうサーシャはちょっと自慢げだ。


「あと、この荷馬車も乗り心地がよくていいな。サスペンションがしっかり効いてるから想像をはるかに超えて快適そのものだし」


「これはトラヴィス商会の看板商品の一つ、軽量かつ安定性に優れた86年式荷馬車ですわ。その筋では年式を取って『ハチロク』と呼ばれておりますの。それをさらにうちの技師たちが、高速輸送用に特別カスタマイズしたものですわ」


「ハチロク……」


「しかもクリスはかつて、荷馬車を使った街道バトルでは東の辺境でかなう者なし、街道最速理論を打ちたてた『辺境の白い彗星』と呼ばれたテクニシャンですのよ?」


「なんだそりゃ……まぁ、御者はクリスさんに任せておけば安心ってことだな……」

 っていうかあのメイドさんの経歴が謎すぎるんだけど……。


 そうして。

 替え馬を繋ぎ続けること、出発してから約15時間。

 既に時刻は深夜を回っており、夜通し月明かりだけを頼りに進む荷馬車はしかし、快調そのもの。


 このまま何事もなく朝になって帝都に到着――そんな甘い希望を抱き始めたころだった。


「妙に静かですね」

 クリスさんが御者台から唐突に声をかけてきたのは。


「夜も遅いからじゃないですか?」

 乗り心地が良すぎるからか、サーシャは俺の腕の中ですやすやと寝息を立ててしまっているので、起こさないようにギリギリ声が届く大きさで言葉を返す。


 サーシャはよほど安心して寝入っているのか、時おり「うへへ……」だの「フヒヒ……」だの女の子的にはヤバい寝言が聞こえてきたんだけど、モテ紳士を目指す俺としては、全て聞かなかったことにするのが当然の嗜みであるからして。


 それはさておき。


「いいえ、夜には夜の生物の気配というものがあるのです。鳥の夜鳴き声一つ、狐の遠吠え一つすら聞こえません。あまりに静かすぎるのです――」

 そう、クリスさんが疑念を伝えた瞬間だった。


 俺の左目が、闇夜を照らす満月のごとく妖しい黄金色に光り出した――!

 危険を察知する知覚系S級チート『龍眼』が、近づいてきた強大な力の波動を感じ取ったのだ――!


「っ! サーシャ、起きてくれ」

「むにゃむにゃ……これが成長したわたくしの……巨乳、いえもはやこれは超乳おっぱいですわ……」


 うん、儚くても切ない、とてもいい夢を見ているんだな……。

 正直起こすのは忍びないんだけど、そうも言ってはいられない。


「ごめんなサーシャ、起きてくれ」

 言って、軽くサーシャの肩を揺すってやる。


「……セーヤ様? わたくしついに超乳に……あれ、ぺたんこ? あ、わたくし寝てしまって……」

「ああ、急に起こしちまって悪いんだが――敵だ」


「――っ! 出ましたのねっ!」

 サーシャの表情が一瞬にして真剣モードに切り替わる。


 今この時をもって、平和な旅は終わりを告げたのだった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る