第131話 不穏な報せ

「いったい何事ですか、人さまのお宅におしかけておいて騒々しいですよ」


「も、申し訳ありませんクリス様、ですが――!」


 よほどの一大事なのだろう。

 勢い込んで飛び込んできたメイドさんは、子どもが見ても分かるくらいに焦りの色に顏を染めていたんだけれど、


「ふふっ、まずはいったん落ち着きなさい。先だっての新人研修で教えたはずでしょう? いかなる時もトラヴィスのメイドは心に優雅の一文字を。どれだけ急いでいても、決して慎みを忘れてはなりませんよ」


 言って、クリスさんはまだ経験が浅いらしいメイドさんの軽くポンポンと撫でてあげた。

 その態度は決して叱責などではなく、例えるならマリア様がみている前でロザリオを渡した妹を、お姉さまが優しく教え導くそれだった。


 えっと、気のせいかな?

 俺への態度と全然違うんだけど……?

 俺もメイドなお姉さんに手取り足取り、優しくてハチミツな感じで教え導いてもらいたいんですけど……?


 そしてたったこれだけのやり取りだけで落ち着きを取り戻させたクリスさんってば、なんだかんだでマジ半端ない。


「それで、そんなに慌てて一体全体どうしたというのですか?」

「それが先ほど、帝都にA5地鶏を運んでいた荷馬車が襲撃を受け壊滅したとの早馬がありまして――」

「……被害状況は?」


「護衛部隊が応戦したものの、奮戦むなしく荷馬車は破壊され、現在ディリンデンに向かって撤退中とのことです。今のところ死者は出ていない模様です」

「撤退だなんて、そんなこと――っ!」


 思わずといった体でサーシャが声を上げた。

 それをクリスさんがそっと押しとどめる。


「しかし疑うわけではありませんがにわかには信じがたい話ですね。今回の護衛チームは同規模の帝国騎士団を相手にしても遅れを取らないほどの、超が付くほどの凄腕揃い。文字通りスペシャルチームです」


「それだけではありませんわ! トラヴィス商会の各支部とも綿密な連携をとり、過去の襲撃ポイントや行動を分析して万全の対策を練った上での、満を持して今回の輸送作戦ですのに! はぐれの上級妖魔にでも遭遇したのならまだしも、野に伏せる盗っ人なんかに……!」


 悔しさのあまり、サーシャがギリッっと歯噛みをした。


「それがその……野盗集団はその全てを壊滅させ、捕縛した者は最寄りの駐留騎士団へと引き渡したとのことなのですが……」

「では、どうして敗走する羽目になったのですか?」


 またぞろガーッ!ってなりそうなサーシャに先んじて、クリスさんが理性的に会話を進めていく。


「その、真偽は定かではないのですが、盗賊団を撃退した後にどうも《シュプリームウルフ》に襲われたらしく――」


「シュークリームウルフ?」

 またえらく美味しそうな名前だな……。


「セーヤさん、セーヤさん。シュプリームです。『最上級の』という意味の……」

 こそっとウヅキが耳打ちして教えてくれた。


「そ、そうか……うむ」

 だって聞きなれない言葉だったから……むしろ初めて聞いたまである……。


 まったく、翻訳はちゃんと俺の分かるレベルに合わせてやってほしいね!

 『サイマルティニアスインタープリター』ちゃんは基礎系のS級チートなんだから、ちゃんと仕事してくれないとぷんぷんなんだからねっ!


「緊迫した場を一瞬にしてふわっと和ませてみせたマナシロ様の渾身のボケ、実に見事でございました。さすが《神滅覇王しんめつはおう》にして《王竜を退けし者ドラゴンスレイヤー》の二つ名は、伊達でございませんね。この巧みな手腕は私も見習わなければと感服いたしました」


「あ、はい……」

 うん、これって絶対褒められてないよね……。


「しかし伝説の《シュプリームウルフ》とは不可解ですね……」

 軽く握った右手を口元に当て、視線を落としてわずかに思案するクリスさん。


「なぁ、《シュプリームウルフ》ってなんなんだ? また妖魔なのか?」

 妖魔なんて片っ端からボコってやるぜ、シュッシュッ!と、なんちゃってシャドーボクシングをしてみせる俺に、


「いいえ、《シュプリームウルフ》は創世神話に登場するSSダブルエス級の『幻想種ファンタズマゴリア』なんです」


 答えるウヅキは、立て続けに俺の無知を指摘することになったためか、ちょっと申し訳なさそうな顔をしていた。

 いらぬ気を遣わせてしまって申し訳ない……。


 っていうかまた来たんですけど、創世神話の『幻想種ファンタズマゴリア』が。

 しかも当たり前のようにSS級……。


 創世神話に出てくる伝説の黒き邪竜、《神焉竜しんえんりゅう》アレキサンドライトと戦ってから、まだ3日と経ってないよね……?


「次々と可愛い女の子と仲良くなれたはしたけど、間髪入れずに登場するSS級さんをかんがみるに、微妙についてない気がしなくもない、ような……?」


「でもでも《シュプリームウルフ》は創世神話では人間の味方なんです。今でも南方大森林の奥深くに住んで、暗黒大陸に住まう妖魔に目を光らせながら、しかしまずその姿を見せることはないと言われる《シュプリームウルフ》が、『神の御使い』とも言われる温厚な『幻想種ファンタズマゴリア』が、どうして人間の荷馬車を襲撃したりなんか……」


「なにかそうするだけの理由があるってことか……そしてあいかわらず博識だなウヅキは……」

 いつでも物知りキャラ枠に入りこめそうだぞ。


 知っているのかウヅキ!

 はい、聞いたことがあります!


 的な感じで。


「ともあれ、まずはディリンデンへと戻りましょう。話はそれからです。ご当主であるマルテ様とすぐに落ちあい、今後の対策を早急に講じる必要があります。――サーシャ様」


「ええ。そういうことですの、ウヅキ。急なことで申し訳ありませんが、本日はこのあたりでおいとまさせていただきますわ」

「あの、サーシャ、あまり無茶なことはしないでくださいね」


「……ええ、もちろんですわ。それではハヅキちゃんとセーヤ様も、ごきげんよう」

 心配げなウヅキの言葉にほんのわずかためらった後、笑顔でさらっと告げて立ち上がったサーシャを、


「サーシャ、俺に何も頼まないのか?」

 俺はすかさず呼び止めた――。

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