第130話 遠大な搦め手

 サーシャの自爆ツッコミ芸(?)が一段落した後。

 ウヅキに遅い朝ご飯を用意してもらって――俺が食べるのを女の子たちが注視してる中、やや緊張しながら食事を終えると、


「さっきの話ではありませんけど、セーヤ様はどういうタイプの女の子が好みなのでしょうか? や、やはり、胸の大きな女の子ですの? 一般論として、男性は大きな胸がお好きであると聞き及んでおりますが……」

 サーシャがおずおずと、しかしとっても答えにくい質問を投げかけてきた。


「え? あ、うん。どうだろうね? 確かに大きなおっぱいは好きではあるけれど、必ずしもそれが第一義的ではないとも申しますか……」

 ……三十六計逃げるにしかず。


 炎上案件は初期の情報コントロールが何より重要だ。

 燃え広がる前の火種の段階で、穏便にうやむやにしてしまうのが初期の段階における危機管理の鉄則なのである。


 あいまいな答弁でもって速攻、逃げをはかろうとした俺はしかし――、


「まなしー、ぺたんこだと、ちんちん、たたない」

「ブフゥ――ッ!! ハ、ハヅキ!?」

 いつものように俺の膝の上にちょこんと収まったハヅキに、一刀両断、無垢なる断罪を受けてしまった。


「ち、ちんち……ん、んんっ! あの、ハヅキちゃん?」

 危険なワードをあやうく最後まで言ってしまいそうになり、のどの調子を整える振りをして誤魔化したサーシャ。

 頬を赤らめながらも澄ました風を取り繕い、急にどうしたの?って顔でハヅキに意図を尋ねてくる。


「おふろ、おねぇの、はだかだと、ちんちんたつ、けど……ハヅキのだと、たたない」

 そしてハヅキから繰り出されるは、手を緩めることない追撃戦。


「まぁ! セーヤ様、まさか一緒に入浴を――」

 目を見開いて&両手で口元を隠し、驚きを表すサーシャ。

 さすが超が付くほどの上流階級なお嬢さま、驚き方もとってもハイソだね!


「いやあのその辺は、成り行きって言うか、そのね――」

「なんて、なんて羨ましい……」

「あ、そっち……」

 俺がホッとしたのも束の間、


「でもやはりぺたんこでは、駄目ですのね……」

 しょぼーんと眼に見えて落ち込むサーシャ。


「い、いやー、必ずしもそのような意味で申し上げたのではなくてですね。それはその、きわめてセンシティブかつ、高度な政治的判断を要する問題であるからしてですね? 俺個人としての個別具体的感想は、この場では控えさせていただこうかな、的な……」


 官僚の作った逃げの答弁書を丸読みするがごとく、のらりくらりと本筋をぼかしにかかる、疑惑の総合商社ことおっぱい担当大臣・麻奈志漏まなしろ誠也であります。

 とりあえずのところはさ、虚偽答弁と受け止められない範囲でまずはサーシャを傷つけないことを最優先に――、


「マナシロ様、僭越せんえつながら進言をよろしいでしょうか。情けは人のためならず、でございます。これは誤用の方の意味にございますれば」

「あ、はい。すみません。大きいおっぱいが好みです」


「……ぐすっ、ねぇクリス、あなたはいったい誰の味方なのかしら……?」

 恨みがましく見上げるサーシャに、


「ご安心くださいませ、お嬢様」

「……クリス?」

 クリスさんが優雅に微笑んだ。


「これはマナシロ様の心のうちに、サーシャ様に申し訳ないという贖罪の意識を植え付けることによって、この先サーシャ様のラブラブアピールを断りづらくするという遠大なからめ手の、まずはその初手にございますので」


「な、なんという壮大な戦略ですの! さすがはクリスですわ! 10代にして筆頭メイド格に異例の大抜擢をされたことだけはありますわね! はかりごとをさせれば、あなたの右に出る者はおりませんわ!」

「お褒めに預かりまして光栄です」

 さらに深まる主従の絆、なんだけれど。


「いやあの、全部するっとまるっと当の本人である俺に聞こえてしまっているわけで、そのはかりごとってば意味ないんじゃない……?」


 とりあえずまぁ。

 そんな感じで色んな話でわいわいと盛り上がっていたんだけれど――、



「こちらはサクライ様のお宅で間違いありませんでしょうか!? こちらに、こちらにサーシャ様、及びトラヴィス家筆頭格メイドのクリス・ビヤヌエヴァはおりますでしょうか!?」


 突如として玄関先から大きな声が聞こえてきたかと思うと、応対していたグンマさんの返事もそこそこに、トラヴィス家のメイドさんが息せき切って飛び込んできたのだった。


 それを見て思い出されるのは、トラヴィスのおっちゃんが言っていた『エース級をつぎ込んだ最強布陣』というフラグがビンビンの言葉で――。


「いやいやまさか、だよな――?」

 嫌な予感をがふっと、俺の頭をよぎった――。

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