第121話 トラヴィス家の食卓 名前あれこれ

「さぁどうぞ、こちらになりますわ」


 ひよこ仕分け24時間耐久やら、いけないメイドさんとの偶発的接近遭遇やら。

 色々とあったその後。


 サーシャから朝食と昼食を兼ねたいわゆるブランチのお誘いを受けた俺は、トラヴィス本家のダイニングへと案内されていた。


 どでかい空間に意味不明なほど長い食卓があって、その上には特に必要もないであろう三つ又の銀の燭台しょくだいが乗っていて、天井には豪奢なシャンデリアが飾ってある――なんてことはまったくなく。


 通されたのはちょっと広いものの、いたって庶民的な普通のダイニングだった。


「お父様もぜひセーヤ様とご一緒したいと言っておりますわ」

 そうサーシャに言われた時はぶっちゃけ遠慮したくて、何か急な用事でもなかったかと全力でドロンする言い訳を考えてたんだけど、


「なんだ。ちょっと肩すかしだけど、でもこれならテーブルマナーとかを気にする必要はなさそうだな」

 なんせ昨日の昼から、水だけで24時間ぶっ続けで働いた後なので「マナーを守って楽しくお食事!」ではなく、ガッツリ腹に入れたい気分な俺だった。


 と、

「おう、にーちゃん、おはよーさん。それとご苦労さん!」

 見知った顔が声をかけてきた。

 例のやたらとガタイのいいおっちゃん店員さんだ。


「おはようございます、それと、さすがにちょっと疲れました」

 苦笑しつつ返事をしながら、さて、どの席に座ったものかと思案する。


 3人ずつが対面で座れる6人掛けって感じの広めのテーブルに、余裕をもった席取りで4人分の食事が用意されていて。


 俺が考えている間に、まず既に座っていたおっちゃんの隣にサーシャが座った。

 さらにサーシャの向かいには、途中から合流していたサーシャ専属銀髪鬼畜メイドさんことクリス・ビヤヌエヴァさんが当たり前のように席について。


 俺に残されたのはクリスさんのお隣=おっちゃんの正面の席だった。

 いやまぁそこしか空いてないんで、そこに座ったんだけど。


「……?」

 えっと、なにこの配置?

 これで席が全部埋まっちゃったんだけど、ご当主のお父様とやらはいったいどこにお座りあそばされるのかしら……?


 そんな俺の抱いた疑問はしかし、すぐに霧散する。


「それにしてもまさかサーシャがにーちゃんの知り合いだったとはなぁ。俺も長いこと商売やってきて、割かし見聞は広い方だと思うんだが、いやはや世間ってやつは思ってた以上に狭いもんだ」

 その言い方ときたら、まるで父親が娘に話しかけるようなものだったからだ。


 つまりこのガタイのいいおっちゃんは、

「おっちゃん、もしかしてトラヴィス家の――」


「ん? おっと、そういや自己紹介をしてなかったっけか。いやすまんすまん、ちょっと立て込んでたもんでな。俺はマルテ・トラヴィス。トラヴィス商会の代表とか会長とか頭取とか、まぁそんな感じだ。今さらだけど、よろしくな」


「よ、よろしく――」

 お願いします、と言いかけた俺の言葉を、おっちゃんの言葉が上書きする。


「別にかしこまった喋り方に変える必要なんざないぜ? 今までどおりでいいんだよ。変に気を使われると、逆にこっちがしんどくならぁ」

「……うん、なら今まで通りで話させてもらおうかな」


 懐が広くていかにもデキる大人の男って感じ。

 やだこれ文句なしにカッコいい……。


「ところでにーちゃん、サーシャはいい子でやってるかい? こいつときたら、昔っからどうも思い込みが激しいところがあってなぁ。それが原因で誰かに迷惑かけてやしないかと冷や冷やさせられっぱなしなんで、それで念のためにクリスについてもらってんだけど」


「……っ!」

 サーシャがピクンと身体を強張こわばらせた。

 理由はまぁ、ウヅキとの一件があったからだろう。


 でもさ。

 「ウヅキはお友達ですわ」と嬉しそうに語っていた姿を見れば、今はもう仲良くなってくれたであろうことは想像に難くない。

 であれば――、


「まだ会って間もないですけど、一生懸命ないい子だと思いますよ。弓の腕はピカイチですし。それこそサーシャの鍛練や努力の目に見える証だと思いました」


「あ、セーヤ様……」

 ほっと安堵したような、褒めて貰えて嬉しそうな。

 愛くるしい表情を浮かべたサーシャ。


 外で見せていたお澄まし顔も美人だったけれど、純情な乙女みたいな優しい顔をするとこれまたすごく可愛いじゃないか。

 可愛いは正義、そして可愛い女の子は大正義なのである。


 ウヅキとも仲良くなってくれたし、サーシャの登場によって俺の素晴らしき異世界モテモテハーレムライフがさらなる華やぎでもって彩られることは、これはもう確定的に明らかだな! 


「ははっ、にーちゃんがそう言ってくれるなら俺も一安心だ。サーシャ、うちで何しようがそれは勝手だが、頼むからよそ様には迷惑かけるんじゃねーぞ?」

「当然ですわ! お父様やトラヴィスの家名に泥を塗ることなんてありませんの!」


 俺に褒められたのがよほど嬉しかったのか。

 得意満面にぺたんな胸を張っておっちゃんに宣言するサーシャ。


「はぁ、すぐに感情的になって人の話を聞かなくなるお前の言葉は、イマイチ信用がなくてなぁ……だいたいさっきから『お父様』って、こりゃどういう風の吹き回しだ? 俺はそんな柄じゃねぇよ。いつもみたいにパパって呼びな」


「……パ・パ?」

 思わず首をかしげる俺を前に、


「わ、わわ、わたくしがお父様をなんと呼ぼうとわたくしの勝手なのですわ!?」

 得意げだったのが一転、アワアワしはじめたサーシャ。

 表情がコロコロ変わって、見ているとそれだけでほっこりできるな……。


「はぁ、ったく、その調子だとまたサターホワイト・マテオ・ド・リス・トラヴィスとか外で名乗ってるんだろ……」

「名乗るもなにも、サーシャの本名ですよね?」


 ちょっと長いけど、さすがに本名を名乗るくらいは問題ないんじゃないかな?

 そう思って助け船を出したつもりだったんだけど――、


「いやサーシャの本名は、サターホワイト・トラヴィスだ。あの長いのはこいつが勝手に名乗ってんのさ……」


「……えっと、はい?」


 ここにきて、まさかの事実発覚だった。

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