第104話 メイドさん怖い

「マナシロ様、少しよろしいでしょうか?」

「――ん?」


 一人寂しく場を離れようとした俺を呼びとめたのは、金髪ちびっ子お嬢さまことサーシャのお付きである、超やり手の銀髪メイドさんだった。


「えっと、何か用……ですか?」

 いきなり呼び止められて、ちょっとへっぴり腰なヘタレの俺である。


 だってこのメイドさん、色々容赦なさすぎて怖いんだもん……。

 理詰めで相手の退路を断って、自分の用意した一本道しか選べなくする手法ときたら、一度見せられただけでDNAレベルで恐怖を刻み込まれたというか……。


 S級チート『那須与一なすのよいち』に最適のシチュエーションでなければ、もしかしたら俺も足元をすくわれていたかもしれなかったし……。


此度こたびの件ですが――」

 今度はいったい何を言われるのかと、びくびくしながら身構える俺に対して、しかし投げかけられたのは――、


「数々の非礼、誠に申し訳ありませんでした。心よりお詫び申し上げます。そしてお嬢さまを正しく導いていただいたこと、感謝してもしきれません。本当にありがとうございました」

「えっと、あ、うん――」


 それは謝罪と感謝の言葉だった。


「ああでも、引き分けにしたことなら別に感謝なんてしなくてもいいですよ。俺がしたくてやったことなので」

「これくらいは朝飯前ということですか。さすがは《神滅覇王しんめつはおう》にして《王竜を退けし者ドラゴンスレイヤー》マナシロ・セーヤ様だと改めて感服いたしました」


 おう……!

 この超カッコいい二つ名と来たら、何度聞いても実に耳に心地よい響きであることよ……!


「でもその様子だとメイドさんも俺が本物だって、信じてくれたみたいですね」

「そのことでしたら、実を申しますと本物であることは最初から分かっておりました」


「え? なんだって?」

 ……おいこら、今なんつった?

 チートが暴発しないよう、なるべく言わないようにと気を付けてたのに、思わずツッコんでしまったじゃないか。


「そのことでしたら、実を申しますと、本物であることは最初から分かっておりました」

 当然ディスペル系S級チート『え? なんだって?』が暴発してしまい、因果を断絶されたメイドさんはもう一度同じ言葉を繰り返した。

 まぁ今回は、特に何がどうってことはなかったんだけども。


 っていうか、

「…………はい?」

 最初から分かってたって?


「昨日――、いえ今日の未明になるでしょうか。マナシロ様方ご一行をアウド村までお送りした馬車の御者は、私の妹ですので」

「あー、あのさらさら銀髪ショートの可愛い子ね。言われてみれば、目元とかよく似てるような……。髪も同じサラサラの銀髪だし」


「おおまかな特徴は妹から伝え聞いた通りでしたし、サクライ様ともご一緒でしたので、当初より素性についてはほぼ確信を抱いておりました」

「それならそうとご主人様に一言、言っておいてくれれば、こんな決闘なんてしなくて済んだのでは……?」


 俺の素直な感想はしかし、


「それでは面白くない――」

 すっげー言葉でもってぶった切られた。


「――いえ、少々思うところがありまして」


「今、面白くないって言ったよ!? 言ったよね!?」

 やっぱこの人、怖いんですけど……!?


「サクライ様とのことで、お嬢様に素直になっていただく良いチャンスかと思いましたので、非礼を承知でマナシロ様のことを利用させていただいたのです」

「あー、そういうことだったのね……」


 そして俺のツッコミは、まったく完全にスルーなんですね……。


「ってことはだ。あれもこれも、俺が引き分けに持ち込むところまで全部、メイドさんの手のひらの上で、いいように踊らされてたってわけか……」


 綺麗な薔薇には棘がある。

 使い古されたこのフレーズが思わず頭の中に浮かんじゃったよ……。


「まぁ結果的に上手くいったみたいで良かったよ……。うん……。俺もウヅキとあの子が仲直りしてくれたことは素直に嬉しいし……。たとえそれが全部メイドさんの思惑通りであってもね……」


「ふふっ、さすがにそれは少々買いかぶりすぎにございます。ここまで最良の結果を得られるとは、正直思ってはおりませんでしたから」


 そう言うと、メイドさんは初めてクールなポーカーフェイスを崩すと、フッと優しく微笑んでみせた。


「意地を張ってしまって引き返せないお嬢さまが、変わる何かしらのきっかけになれば――、くらいの気持ちでしたのに、これ以上なく上手くとりなしてみせたマナシロ様には、改めて心より感謝の意を述べさせていただきたく思います」


「そ、そう? まぁそう言われると、悪い気はしないよね、うん」

 綺麗な大人の女性ににっこり笑顔で褒められて、嫌な気分になる男がいるだろうか?

 いやいない。(反語)


「つきましては、ささやかながら謝礼をさせていただこうかと――」

 ピクッ!


「うん、まぁ? 別にほんと、全然そう言うつもりじゃなかったんだけどね? でも貰えるって言うんなら、敢えて断る理由もないっていうか? だってほら、こういうのは気持ちだもんね? 心づけってやつ?」


 そしてメイドさんは懐から皮袋を取り出すと、

「おお――っ!」

 その中から数枚の金貨――1枚=1万スプリト=つまり1万円だ!――を取り出そうとして、


「……えっと?」


 なぜか元通りに袋の中へと金貨を戻すと、別の革袋を取り出して、そこから取り出した500スプリト銀貨を2枚(=1000円)、俺に手渡した。


「……今、なんで途中で金貨をくれるのやめたの? ねぇ、なんで?」


「よくよく考えてみれば、マナシロ様は私の大切なお嬢さまに敗北の恥辱を与えたお方です。お嬢さま付きのメイドとしては感謝しているものの、お嬢さまを愛してやまない私一個人としては、若干イラッとしなくもないと申しますか、公私の間で二律背反する二つの気持ちに苛まれている次第でありまして」


「つまり?」


「つまり金貨をわざと見せびらかしてから銀貨を渡すことで、少しでも留飲を下げようかと」


「あ、はい、そうっすか……」

 まぁでも貰うもんはもらうんだけどね、お金欲しいし……。


「そう凹まないでください」

「凹ましたのはメイドさんなんですけどね……? そうだ、ほんと今更なんですけど、メイドさんの名前を聞いてもいいですか? クリスさんって呼ばれてましたけど」


「これはこれは、大変失礼いたしました」

 言ってメイドさんは居住まいを正すと、スカートの裾を持ち上げながら優雅に会釈する。


「申し遅れました。私はトラヴィス家の筆頭格メイドにして、サーシャお嬢さま専属メイドの栄誉をあずかります、クリス・ビヤヌエヴァと申します。ぜひお友達感覚でクリスちゃんとお呼びくださいませ」


「……さすがに『ちゃん付け』はないですかね」

「そうですか……、しょぼん」


「あ、あの、そこまでしょんぼりしなくても……」

「安心してください、演技ですから」

「あ、そっすか……」


 完全にいいように遊ばれている俺だった。



 ってなわけで。

 ウヅキは友達と仲良くなることができ、俺の軍資金は200円から1200円へと大幅に増額されて。


 無事に決闘を乗り越えた俺は、当初の予定通りに街へと繰り出したのだった。

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