第103話 なまえをよんで

「あ、そうです、一つだけお願いがあるんですけど」

 緊迫したムードが霧散したのと同時に、思い出したように、ウヅキがポンと手を叩いた。


「なんですの!? これまでのお詫びに、わたくしなんだってお聞きしますわ! 誇り高きトラヴィスの家名にかけて!」

 それにガッツリ食いついたサターホワイトさん。


「そんな、家名までかけられても困るんですけど……。えっとお願いというのはですね、わたしのことは、ウヅキ、と呼んでほしいなって」


「ふんふん、それでそれで?」

「はい、そう呼んでほしいなって」


「……えっと? それだけですの……?」

「えっと、それだけですけど……」


「そう、ですの……」

「あ、はい……」


 ウヅキのお願いと聞いて「これは名誉挽回の大チャンス!」とでも思ったのだろう。

 落胆、とまでは言わないけれど、やや当てが外れた感じをみせたサターホワイトさん。


「あのあの、だってほら! サクライさんだと、なんだかすごく他人行儀じゃないですか! お友達なのに!」

 慌ててウヅキが、真意を添えたフォローを入れる。


 もちろんたいした説明でもないので、結局のところ伝わるところは何にも変ってはいない。

 けれどそのなんにでも一生懸命な姿からは、ウヅキが名前を呼んでほしいと心から思っていることが、よくよく伝わってきて――。


「……あなたって人は、本当にもうっ! ええ、よろしいですわ。こほん……、ウヅキ。これからはよろしくお願いしますわね。どうか仲良くしてくださいな」

「あ! はい! もちろんです、サターホワイトさん!」


 ここに雨降って、完全に地固まったのだった。


「ふむ……、でもですわ。これはある種の不公平ですわよね? ええ、まったくもって不公平ですわ。ウヅキ、友達というのは公平であって然るべきですわよね?」


「えっと、わたしは特にそこまでは気にはしませんけど……」


「くっ……! あなたなら確かにそう言いそうです! 言いそうですけれども……! でもですね、友達というのは当然、公平であるべきですの! そうなのですわ! であれば、わたくしのことも……、その……、さ、さ、『サーシャ』と、愛称で呼ぶのが友達というものではなくって!? そうです、サターホワイトさんでは、堅くるしくってあまり仲がいい感じがしませんもの!」


 最後は早口でまくしたてたサターホワイトさんの頬は、それはもう見事に真っ赤に染まっていた。


「えへへ、はい! サーシャ!」

 嬉しそうに言って、ウヅキはサターホワイトさん――、サーシャを抱きしめる。


「ちょ、ウヅキ、いきなり何を……!? 顔が胸に埋まって息が苦しいですわ! ……でも、なんていう大きさと柔らかさなんですの……!? これが本当のおっぱい! 悔しい、でも、でも、なんてふかふかで最高なんですの!?」


 美少女二人が紡ぎはじめた友情物語、これはその第一歩だった。

 うんうん、いいじゃないか!

 すごく絵になるよ。


 スマホで撮影できないのが実に悔やまれるけれど、それもこれも全チートフル装備で異世界に来れたからこそというもの。


「やっぱり、異世界転生は最高だな!」

 俺はこの世界に来て何度目としれない結論を再確認したのだった――。


 そうこうしているうちに、無事に打ち解けることができた二人のところに、それまでは遠巻きに成り行きを見守っていたギャラリーがわいわいと集まってきて。


(実はサクライさんとはずっとお話したいと思っていたんです!)

(どうやったらそんなに胸が大きくなるの、教えて!)

(今日は一緒にお昼を食べませんか? もちろんサクライさんの分もご用意いたしますわ。うちのシェフの腕はなかなかのものですのよ?)


「あの、その、えっと……」

「ちょ、こら! あなたたち! いきなりのことでウヅキが困っているじゃありませんの!」


(あれれ、サーシャ様ったら構ってもらえなくてさみしんぼですか?)

(安心してください、もちろんサーシャ様も一緒ですよ)

(今日のお昼は全員でパーリーですわね)


 やいのやいのetc...


 うん、女の子同士、中がいいのはいいことだ。

 本当に、これ以上ないってくらいに絵になるよね。


 …………

 ……


「べ、別に一人完全に蚊帳の外で、ぽつんとつっ立ってるのが寂しいわけじゃないんだからね……っ!」


 っていうかさ。

 女の子がきゃっきゃうふふしてる中に、さくっと割って入る勇気と度胸とモテ力があったのなら、そもそも俺は異世界に転生していなかったと思うんだ。


 あとウヅキの通ってる学校って、これ間違いなく女子高だよね。

 アウェー感がマジ半端ないです。


「さてと、俺は当初の予定通り街でも見に行くとするか……、当初の予定通り!!」


 うん、仲間外れにされてちょっとさみしいです、ぐすん。


 おかしいな?

 俺ってばこの一件を見事解決した立役者のはずなのに、なんであの輪の中に俺はいないんだろう……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る