第94話 愛しのセーヤ様
「知りたいというのならば、教えてやろう!」
俺は大きく息を吸い込むと、言の葉に乗せて一気に解き放つ――!
「遠からんものは音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我こそは
ビシィッッ!!
決まった……決まってしまった……!
二つ名でもって高々と名乗りを上げるカッコいい俺が、練習通り完璧に決まってしまったぞ……!
やっぱ練習は、ちゃんとしておくもんだな……!
そう、それはもう完璧に決まった――、決まったはずなのに。
「ぷっ、くふふ、あはははははははっ!」
「……なにがおかしいんだよ?」
金髪ロリッ娘――、サターホワイト・マテオ・ド・リス・トラヴィス……だっけ? はというと、いきなり笑い出したのだ。
「それはもう、笑いもするというものですわ。あまりに可笑しすぎて、わたくしお腹がよじれて
「……どういう意味だよ?」
「どういう意味も何も、今この街には自称『マナシロ・セーヤ』が五万といるのですから」
「……は? お前は一体、なにを言ってるんだ……!?」
「あら、その名前を名乗るくらいですから、よもや知らないわけはありませんわよね?」
「だからなんの話だよ?」
「いまさら知らないふりなどされなくても、結構でしてよ? 昨日の夜の一連の大騒動は、既にディリンデン市民の隅々にまで広がっておりますわ」
「いや、そんなことなってるなんて、ほんとに知らないんだけど……」
少なくともアウド村ではいつも通りの朝だったぞ?
「例えば吟遊詩人たちは夜通し《
「あの、俺の話、聞いてくれないっすかね……」
「今やディリンデンの街中がマナシロ・セーヤの噂でもちきりとなり、男たちはこぞって我こそがマナシロ・セーヤだと
「そんなことになっていたのか……。いやでもそうか……、マジか、マジなのか。ヤバいな、俺マジでヤバいな……!」
これってあれだろ、時の人ってやつだろ?
TIME誌の表紙を飾るくらいエモいんじゃね!?
「例えばこれですわ――!」
そして全く俺の話を聞く気がない、金髪ちびっ子――、サターホワイト・マテオ・なんだっけ?
うん、
そして主人の言葉からその意を察したメイドさんが、すっと額縁を差し出す。
そこには、一枚の絵が飾られていて――、
「……いったい誰なんだ、こいつは!」
そこには《
「いや、これはさすがに美化しすぎだろ……、俺とは似ても似つかないぞ?」
なんかもう300%くらい美化されているんですけど……!?
「あなたの絵の訳がないでしょう! 馬鹿なの、死ぬの? これは本物のセーヤ様の最後の一撃、その黄金に輝く一瞬の煌めきを切り取った刹那の永遠ですわ!」
虚空に浮かぶ幻でも見ているのか、トロンとした瞳で頬を紅潮させ、とろけそうなほどにうっとりとした表情で語ってみせる金髪少女。
だがしかし、異様に盛り上がってるところ悪いんだけど、敢えて言わせてもらおう。
「何言ってんだこいつ……?」
っていうかセーヤ「様」ってなんやねん。
「ふふっ、これを模写したものが、今ディリンデンの街中いたるところで配られているのですわ!」
「お、おう。そうなのか……」
フェイクニュースってさ、ほんと簡単に広まるんだよな……。
大切なのは大多数の興味を引くかどうかであって、真実かどうかはこの際、関係ないって、評論家の人も言ってたもんな……。
「ちなみにこの絵は、わたくしがトラヴィス家お抱え絵師に描かせたものなのですけれど」
「お前がこの嘘イケメン画の犯人かよ! 今すぐちゃんと俺の顔に描きなおせ!」
このままだとますます俺が本物の
「ふふん、よくできていますでしょう? まさに会心の一枚ですの。さすが帝都から招いた超一流画家というだけのことはありますわ。わたくしの想像したそっくりそのままを、こうまで完璧に描き出してくれるのですから」
「少しは俺の話も聞いてくれよ……っ!」
「あのですね、サターホワイトさんは少々思い込みが激しいところがありまして……」
「どうも、そうみたいだな……」
「
ついにはノリノリでミュージカル調に歌い出したんだけど……、大丈夫なの、この子?
「だめだ、すまん。俺にはもう無理だ。でしゃばっといてなんだが、頼む。こいつに俺が本物の
俺は諦めてサジを投げることにした。
「わ、わかりました。これはセーヤさんが、セーヤさんであることの証明……! つまり存在証明というやつですね! 責任重大ですが、がんばります!」
おお、ウヅキがすっごくやる気だ。
これは何か、とっておきの秘策があると見たぞ――!
「サターホワイトさん、セーヤさんは本物なんですよ」
「まったく、サクライさんまで何を言うかと思えば……」
「今からわたしが、それを証明してみせます!」
おおっ、ウヅキがいつにもまして頼もしいぞ――!
注目を一手に集めたウヅキは、大きな溜めを作ると――、
「本当はこれは二人だけの内緒の内緒なのですが、仕方ありません……」
……んんっ??
いやーな予感がした。
それはもう半端なくいやーな予感がした。
「あの、ウヅキ、ちょっと待っ――」
「『お前に、俺を好きになる権利を与えてやる――』」
カッコいいポーズ、どかーん!
「どうです! これがセーヤさんの決めゼリフであり、これこそがセーヤさんがセーヤさんである証明です!」
珍しくふんすとドヤ顏を見せたウヅキは、紛れもなく100%の善意からだけで、俺のためになると思ったのだろう。
しかし――、
「……(呆れ)」(サターホワイトさん)
「……(泣き)」(俺)
「えっと、あれ……?」
こてん、と可愛く小首をかしげるウヅキ。
……ねぇ、ウヅキはさ?
なんでこれが、俺が本物であることの証明になると思ったの……?
もうやめて、俺のライフはもうゼロよ……。
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