第93話 サターホワイト・マテオ・ド・リス・トラヴィス
「あらあら、そこを行くのは塩おにぎりのサクライさんじゃありませんの。ごきげんよう。今日もまた遠路はるばる10キロの道のりを、わざわざ歩いてこられたのかしら?」
「あ……」
どこか
ウェーブのかかった鮮やかな金髪ミディアムヘアと、澄んだ海の色のような青い瞳がとても印象的だ。
「おはようございます、サターホワイトさん」
どうやら二人は知り合いみたいだったんだけど、
「今日もまた、いつにもまして貧相な格好ですわね」
これまたえらく気に障る言い草だな……。
「あはは……」
ウヅキもニコニコ笑ってないで、なにか言い返せばいいだろうに。
ウヅキは《
「だいたい格好を言うなら
――と思ったんだけど、よくよく見てみるとその制服はおおまかな全体の印象こそ同じものの、細部は全く違うと言ってもいいほどに、高級感あふれるものだった。
制服はいたるところにフリルが付いていて、そもそも素材からして肌触りがよさそうだし、身体にこれ以上ないくらいに完璧にフィットしていていて、いわゆるオーダーメイドなのだろう。
制服だけではない。
美しく梳かれたさらさらの金髪はいやがおうにも目を引くし、微に入り際に入り、ありとあらゆるところが洗練された出で立ちだった。
特に意匠を凝らしてカッティングされた宝石、それを惜しげもなくちりばめた髪留めは、豪奢でありながら嫌味なところは全くなく、ため息が出るほどお洒落で、なにより抜群に高そうだった。
「やたらと上から目線の喋り方といい、間違いなくお金持ちのお嬢様だな、こいつは……」
これはただの感想だったというか、相手に聞かせるつもりなんて全くなくて、小さな声でぼそっと呟いただけだったんだけど、
「……さっきから聞いてれば、おまえだの、こいつだの、レディに対してその礼を失した言葉遣い……。サクライさんのお連れのようですけど、類は友を呼ぶという言葉ははてさてこういうことを言うのかしら?」
ガッツリと聞きとがめられてしまっていた。
でもまぁ、だからと言ってどうということはない。
「おっと、なにか気に障ったか、ちびっ子?」
「だれが大草原の小さなありんこですの……っ!? わたくしを馬鹿にするのも、いい加減にしていただきたいものですわ!」
くわっ!
といきなり眼を見開いて食ってかかってくる金髪美少女。
「えっと、さすがにそこまでは言ってないんだけど……」
いやほんと、急になんだよ。
この子ってば被害妄想が激しすぎないか……?
っていうか、ちっこいことは気にしてんだな。
「ま、なんだ。礼を失してるのはどっちだって話さ。さっきから聞いてりゃ、お前の方がよっぽど失礼だろ? 貧相だの、塩おにぎりのサクライさん、だのよ?」
「またこのわたくしを、お前などと……! ふん、いつもお昼に塩おにぎりばかり召し上がっておりますから、塩おにぎりのサクライさん、とお呼びしているのですが、それになにかご不満でもありまして?」
「あるから言ってんだよ。昼飯が塩おにぎりだったら、なにかとりたてて問題でもあるのかよ?」
「いいえ? ただ、お昼ご飯も満足に用意できないなんて、庶民というのは苦労が絶えませんことね、と同情してさしあげただけですわ」
ふふん、と意地悪く鼻で笑う金髪ロリっ子。
「同情ねぇ……。俺にはあんたが、ウヅキを馬鹿にしているようにしか見えないけどな?」
「今度はあんたですって……! 本当に礼を知らない男ですわ!」
「あの、セーヤさん……もう……」
ウヅキが袖を引いて止めようとするが、悪いな。
俺は今、ウヅキを馬鹿にされて少しイラッとしているんだ。
「おまえこそ、ウヅキの作ったおにぎりを食べたことないだろ? 一度でも食べたことがあれば、間違ってもそんな感想を言えるわけがないからな」
「笑わせないで欲しいですわ。庶民の手作り塩おにぎりなんて、食べるまでもありませんもの。なにせわたくしは毎日、帝都の三ツ星レストランから招いた超一流シェフによる、超超一流の食事を食べておりますわ。こと、舌にかけては東の辺境一を自負しておりますのよ?」
そう自慢げに言ってのける金髪ちびっ子お嬢様だけど、
「どれだけ舌に自信があっても、食べもしないで批評するなんてのはお門違いも甚だしいな。そんなことも分からないお子様は、顔を洗って大きくなってから出直してこい」
「この……っ! ああ言えばこう言いますの! なんとも口の減らない男ですわ! そもそも先ほどからのその不遜な態度! このわたくしを、誰と心得ておりますの!?」
「あのなぁ、自己紹介もされてないのに知るわけないだろ。お前ちょっと自意識過剰なんじゃないか?」
「むきぃぃっっ! 東の辺境の経済を一手に仕切る大商家、トラヴィス家の嫡子たるこのわたくし、サターホワイト・マテオ・ド・リス・トラヴィスを知らない人間が、まさかこの辺境にいるとは思いもよりませんでしたわ!」
「この辺りには最近やってきたもんでな。悪いが、全くもって完全に初耳なんだ。よろしくな、ちびっ子」
「このっ、この――っ!」
っていうか地団太を踏むってこういうシーンを言うんだな。
言葉としては知ってたけど、どちらかというと文学的表現の一種というか、ほんとにやってる人間は初めてみたぞ。
あと、傍から見るとけっこうコミカルで可愛い動きだ。
「……ああ、いけないわ、すぐ怒るのはわたくしの悪い癖。落ち着くのですわ、わたくし。まずは深呼吸ですの。すー、はー……」
胸に手を当ててぶつぶつ言いながら、大きく一度深呼吸をする金髪ロリっ娘は、それで一旦落ち着きを取り戻せたのか、再び視線を向けてくると、
「……で? そんなあなたは一体全体、どこの誰なんですの? レディにだけ名乗らせるなどと、よもやそのような無礼はありませんわよね? それはそれは偉そうにわたくしに講釈をたれたのですから、さぞや名門のお生まれなのでしょうね?」
ピクッ!
来た――っ!
来てしまった――!!
別にそんなつもりは全然なかったんだけど、話の流れで来てしまったぞ――!!
「よくぞ、よくぞ聞いてくれたな――!」
ついにこの時が来たのだ!!
だって聞かれたんだもん、名乗らなければ失礼だよな!
仕方ない、うん、仕方がない!
俺は背筋を伸ばしてあごを引くと、両足を肩幅に開いて勇ましく胸を張って宣言した――!
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