第81話 《神滅覇王》にして《王竜を退けし者》

「えっと、その、俺も嬉しい……ぞ。ナイアはすごく美人だし、スタイルも良くて強くて、みんなから信頼されているし、性格だって素敵だし」


「そ、そうか……なら、うん、よかった……」

 はにかみながら目を逸らすナイア。


「……やばい、なにこれ、普段とのギャップで萌え死にそうなんだけど……っ!」

 好きな相手にだけ見せる乙女のナイアって感じが、完全に童貞おれを殺しに来ている……っ!


 そんなナイアの突然の告白によって生まれた、何とも言えないむずがゆい雰囲気は、しかし。


 《聖処女騎士団ジャンヌ・ダルク》の副官と城塞都市ディリンデンの行政長官が、ナイアの指示を仰ぎに来たことによって、蜘蛛の子を散らすように消え去った。


「お疲れのところ恐縮ではございますが、ナイア様には復旧に向けての陣頭指揮を執っていただきたく。まずこちらが概算の被害状況と、現在活動可能な部隊・人員のリストになります。行政庁舎を仮の緊急対策本部として――」


 つらつらと行政長官が現状を報告・説明していく。


 王として君臨していた辺境伯モレノが亡くなり、混乱する現場の陣頭指揮を執る人間がいなくなってしまった。

 そこで民衆や行政職員、駐留騎士団にいたるまで、幅広く知名度と人気のあるナイアに白羽の矢が立ったというわけだった。


 ナイアはさっきまでの乙女な姿とは打って変わって、惚れ惚れするような手際でテキパキと状況を確認しては、取り急ぎの指示を出すと、


「悪い、セーヤ。そういうことみたいだ。アタイはちょっと仕事ができちまった」

 ニカっと笑うナイアは、もうすっかりいつものナイアで。


「ああ、偉い人ってのは、なかなか大変みたいだな」

 おかげで俺も、いつも通りに言葉をかわすことができていた。


「まぁね。でもこういう時に大変なのが、偉い人の本来の役目なのさ」

 既にナイアは疲れた表情も浮かれた様子も、まったく見せてはいなかった。


 そこにいたのは恋する乙女ではなく、『閃光』の二つ名を与えられた歴戦の猛勇・《聖処女騎士団ジャンヌ・ダルク》団長のナイア・ドラクロワだったのだから。


 ナイアだって俺と同じように体力の限界まで戦ってたはずなのに、ほんと尊敬に値するすごい女の子だよ。


「でもやるだけやって後始末を任せるのはなんか悪いしさ。俺も手伝うぞ?」


 かつてインターネッツの海をスーパーハカーして手に入れた機密情報によると、後片付けをしない男というのは、得てしてモテないらしい。

 せっかく好意を持ってもらったのに、モテないのは困る。


 それに自分も参加した戦闘で派手に壊しまくった後片付けを、しないままでいるってのにもかなり気が引ける俺だった。

 基本、ヘタレ小市民なので。


 だけど――、


「いいってことさ。《神滅覇王しんめつはおう》にして《王竜を退けし者ドラゴンスレイヤー》マナシロ・セーヤに、これ以上の迷惑はかけられないよ。疲れてるだろ? あとはアタイらに任せて、ゆっくりと身体を休めて英気を養うのが、英雄になったセーヤの仕事なのさ」


 ナイアの言葉と同時に、副官が俺に対して見事な敬礼を見せる。

 その表情たるや、まるで神の降臨を目の当たりにした敬虔な信徒のようだった。

 さらさらの銀髪が見目麗しい真面目そうな女の子で、もちろん露出過多の白銀のビキニアーマーを装備していた。


 うむうむ、苦しゅうないぞ。

 もっともっとチヤホヤしてくれていいんだよ?


 そして、だ。

 ついに俺は――、


「《神滅覇王しんめつはおう》にして《王竜を退けし者ドラゴンスレイヤー》――!」


 ああ、なんと神々しい響きだろうか……!

 いいじゃないか、実にいいじゃないか……!


「ついに、ついに俺は超カッコいい『二つ名』を手に入れたぞ……っ!」

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