第67話 S級チート『ドッペルゲンガー』

 2度目の死を迎えてブラックアウトした意識が――、


「……ぅ……ぁ……っ」

 ――再び現世うつしよへと戻ってくる。


 麻奈志漏まなしろ誠也は死んで――そして蘇生した。


「俺、生きて、る……?」

 消費型の蘇生系S級チート『ドッペルゲンガー』が発動したのだ――!


 『ドッペルゲンガー』は二重身にじゅうしん影法師かげぼうしとも呼ばれるもう一人の自分に死という結果を置き換えることで、使用者の死をなかったことにするという、これまた反則のようなチートだった。


 ただしさすがにこれは反則過ぎるからか、『ドッペルゲンガー』は消費型のチートとなっている。

 1度消費すると、ストックが復活することは2度とない。

 つまり完全使い切りのチートなのだった。


 その貴重な貴重な「たった1回」を。

 俺は今、ただただ無為に消費してしまったのだった。


 いや、1回きりのチートを消費してしまったとか、そんなことはさして重要なことじゃあない。

 『ドッペルゲンガー』を消費したおかげでナイアが助かったと考えれば、むしろこれ以上なく使った価値があったと言えるだろう。


 そう、それ以上にもまして深刻だったのは――、


「怖い……いやだ……死にたく、ない……」

 心に深く刻み込まれた、自分が「死んだ」という事実だった。


 俺の心を、絶望と死の恐怖が支配していた。


 だってそうだろ?


「勝つ手段が存在しない以上、生き返ったところでもう一回殺されるだけじゃないか――」

 誰がどう見たって、今の状況は完全に詰んでいる。


「いやだ……死ぬのはいやだ……」

 今度こそ、生き返ることなく俺は殺される……!


「……ほんと、なんでなんだよ?」

 恐怖で心を支配された俺の口から、思わず愚痴がこぼれ出た。


 一たびこぼれ落ちてしまったそれは、俺の心の弱さそのもので――。


「全チートフル装備でイージーモードの異世界転生じゃなかったのかよ?」


「ラブコメ系S級チート『ただしイケメンに限る』で女の子にモテモテなんじゃなかったのかよ?」


 せきを切ったように、次から次へととどまることを知らずに溢れ出る心の声。

 

「最強のS級チート『剣聖』で無双するんじゃなかったのかよ?」

「なのになんで異世界転生して4日目で早々と死んでんだよ?」

「なに、手も足も出ずに凹られてんだよ?」


 異世界に来てから、なんでもかんでもチート頼みだったマナシロ・セーヤが。


 そのチートによる優位性を失った途端に、秀でたものが何もない元の冴えない麻奈志漏まなしろ誠也へと戻ってしまったのだ。


「なんで最強チートの『剣聖』が負けてんだよ?」

「なんでこんなに身体中がズキズキ痛いんだよ?」

「なんでこんなにしんどい思いをしてんだよ?」

「なにが生まれた時からS級の選ばれしドラゴン族だよ?」


 戦闘中は考えないようにしていた――『剣聖』が考えさせなかった――目の前の《神焉竜げんじつ》が、絶望と恐怖に形を変えて俺の心をむしばんでいく。


「『剣聖』の最終奥義すら通用しないとか、クソゲーすぎるだろ、なめてんのかよ?」

「こんなハードモードな異世界に転生させろなんて、誰が頼んだんだよ?」

「パッケージ詐欺のエロDVDかよ?」

「こんなのおかしいだろ、常識的に考えて。おかしすぎて笑っちまうだろうが……」


 ぽっきりと折れた心とともに、がれきの中からよろよろと身を起こす――否、『剣聖』が起こさせた。


「ったく、お前も、そこまでして俺を戦わせたいのか――」

 この『剣聖』ってチートは、ほんと諦めが悪いのかプライドが高いのか。


 俺が完全に戦意を喪失しても。

 絶望的な強さを前に死の恐怖に怯えていても。


 それでもまだ、休むことを許さない。

 戦うことを俺に強いてくる。


「ああ、そうか――」

 ふと、思い当たった。


「『剣聖』は最強だもんな。最強の名を冠する以上、お前に敗北は許されないのか――」


 それはただの推測、何の根拠もない思いつきだったんだけれど――、


「絶望的な状況でも、最後まで『最強』たる己の仕事を全うしようとするその社畜根性。うん、妙に共感できるぜ。『剣聖おまえ』は『剣聖おまえ』で、きっと大変なんだな……」


 なんだか妙にしっくりと腑に落ちた。


「ああ、いいぜ。最強S級チート『剣聖』の所有者として、最後まで付き合ってやろうじゃないか。やる気がないのだけは申しわけないけど、それでも好きなだけ俺の身体を使えばいいさ――」


 赤い靴を履いた女の子が踊り続けた童話のように、『剣聖』を手にした俺も死ぬまで戦い続けよう。


 社畜としてノルマ達成に奮戦する『剣聖』の姿を想像したおかげで、少しだけマシな気分になれた俺は、


「ったくよ……」

 顏を上げて《神焉竜しんえんりゅう》と再び相見えた。


 すると《神焉竜しんえんりゅう》が不思議そうな表情を浮かべているのに気が付いた。


「ま、それはそうか」

 あの強烈な尻尾の横振りテイル・スマッシュの直撃を受けて、ピンピンしているのだから。


「おまえ、そんな顔もするんだな。もしかして意外と話せば分かり合えたのかもしれないな――」

 ま、今となってはどうでもいいことだ。


 俺は折れた日本刀クサナギを構え直した。


「さぁ、最後の戦いといこうか――」

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