第10話 『わざとらしくついた手の甲の擦り傷』

「あ――っ!」

 突然、ウヅキが声を上げた。


「どうした……ウヅキ。また妖魔のやつらが襲ってきたのか?」

 ……よし、今のはかなりナチュラルに名前を呼べた、呼べたぞ!

 呼べたよな!? ね!?


「いえ、そういうわけではなくて。あの、セーヤさん、手の甲に傷ができちゃってます!」

「……ん? ……傷? あ、ほんとだ」

 ウヅキの視線の先を見やると、右手の甲にわずかな擦過痕さっかこんができていた。


「蹴りだけで戦ったのに、なんでこんなところに傷が……?」


 どうやらラブコメ系A級チート『わざとらしくついた手の甲の擦り傷』が発動したらしい。

 でもごめん、これがラブコメ系に分類されている意味が、さっぱり解らないんだけど……。


「いったい誰がどんな基準で分類してるんだ……?」


 しかも意味不明なだけでなく、どうみてもデメリット系のチートである。

 自分で気づかないほどのかすり傷とはいうものの、わずかとはいえダメージを受けていることに他ならない。


「確かにチートを全部欲しいとは言ったけど、さすがにこんな変なのはいらないんだけどな……」

 なんて首をかしげていたのだが――


「――っ!?」

 ドクンと、俺の心臓が一瞬にして跳ね上がった。

 というのもだ。


 な、な、なんということだろうか。

 ウヅキは俺の手を自らの口元にそっと引き寄せると、ためらうことなく傷口をぺろぺろと舌で舐めはじめたのだ!


「ん、ちゅ、ちゅ、んん、ちゅ、ちゅる、れろ、ちゅ――」

「ウヅキさん!?」

 せっかく呼び捨てできるようになったのに、狼狽して思わずさんづけに戻ってしまう情けない俺だった。


 でもさ。

 唾液をたっぷり乗せたウヅキの柔らかい舌が、傷口を優しく舐めまわしていくんだぞ?

 それも、触れるか触れないかの絶妙なソフトタッチでもって丁寧に、丹念に。


「ちゅ、ちゅ……もう、ウヅキ、ですよ……れろれろ、ちゅ、んっ――」

「う……ウヅキ、いやその、いきなり何して――」


「ちゅ、んちゅ、れろ、んっ――らって、ばい菌が入ったら大変ですから、んっ、れろ、ちゅ、舐めて消毒、んっ、しておかないと、れろ、ちゅ、ん、ちゅぷ」


 チロチロとウヅキの舌が艶めかしくうごめくたびに、えも言われぬ快感がゾクゾクと背筋を駆け上がっていく――!


「いやほんと、そんな大した怪我じゃないし、いいよ、そんなのいいから――」

「れろれろ、ん、ダメですよ、なにが起こるか、ん、ちゅ、わかんないんですから。れろ、ちゃんと処置は、んっ、しておかないと、ん、ちゅ、ちゅる」


「大丈夫だって、こんなかすり傷、ほら、唾付けときゃすぐ治るし」

「だったらわたしが、んっ、ちゅ、舐めてもいいって、れろ、ちゅ、ことですよね、んっ、ちゅ、ちゅぷ」


「あ、う、いや、えっと、その――」

 完全に藪蛇やぶへびだった。

 ともすれば、俺が舐めてほしさにわざと誘導するようなことを言ったまである。


 っていうかいつの間にか、建前の陰から本音をなんとなく伝えてくれるラブコメ系A級チート『べ、別にそんなつもりじゃなかったんだからねっ!』が発動していた。


 ……すげーな全チートフル装備。

 さすがにこの連続発動からの超展開にはビビったわ。

 いや、決して悪くはないんだけどね、うん、全然いいんだけどね?


「あの、セーヤさん……やっぱり、わたしに舐められるのはお嫌でしょうか……?」

 俺の手から口を離したウヅキが、少し心配そうな表情で問うてくる。

 そんな切なそうな顔されたらもう――


「全然そんなことないぞ。気持ちいいし、むしろ続けてほしい」

 としか言えないだろ、常識的に考えて!


「えへへ、良かったです」

 パァッと破顔一笑したウヅキは、再び俺の手を引き寄せると優しく舌を這わせはじめた。


 瑞々しくて形のいいウズキの唇から、ちろちろと唾液でぬめった舌先が顔をのぞかせては、ちゅぱちゅぱという水音を出して、皮が剥けた俺のそれを大事に大事にいたわるように舐め上げていく。


「くっ、医療行為(?)のはずなのに、なんていうか、すげー、えろい……」

 ……はっ!

 今、俺はなんてことを考えていたんだ!


 ウヅキは純粋な善意と、心からの慈愛でもって傷をいやそうとしてくれているのに。

 なのにこんな下劣な感情を抱いてしまうなんて、俺はなんて、なんて最低最悪のクズ野郎なんだ……!


「ふふっ、いいんですよ、セーヤさん。リラックスして気持ちよくなっててください――」

 ……えっと、オッケーが出ちゃいました。

 うん、ならいいよね?

 ノープロブレムだよね?

 双方合意の上だもんね?


 そのまましばらくの間。

 ウヅキは優しく、心を込めて、いたわるように、皮がけた俺のモノを舐め続け。

 その間、俺は気持ちよさを感じるがまま、されるがままにウヅキの舌の感触を噛みしめていたのだった。

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