ピーター、一緒に空を飛ぼう!
何年ぶりのロンドンだろう。おれは震えていた。となりのケビンを見た。ケビンはやはり青ざめて、ぎょろりとした目でおれを見た。
「落ちたらどうしよう」
「考えるな。本当に落ちるぞ」
おれはそう言ってケビンをなだめた。
ほら、バカだろう?
おれはまだ、ピーターの言葉を信じているふりをしていたんだ。
迷子たちは夜のロンドンを飛び回っていた。
すごい景色だった。頭上には星がまたたき、地上では数え切れないほどの家の窓から光がもれて、まるで上下から光のつぶつぶに押し寄せられているような感覚だ。
帰ってきたという感慨はほとんどなかった。不思議なことだが、おれはあんなにも帰りたがっていたくせに、ちっともロンドンが好きではなかったんだ。
そうか、と思った。おれはたしかにピーターがきらいで、逃げ出したくて仕方なかった。だが、きらいなのはピーターだけだったのだ。
おれはネバーランドが好きだった。あの場所を愛していた。
ピーター・パンがいるというそれだけの理由で、あの場所を離れなければならないなんて、おかしいと思った。なんてこった。おれは今すぐ、あの場所に帰りたくて仕方なかったんだ。危険をおかして迷子たちをけしかけたくせに、当のおれがこのざまだ。
だがもちろん、今そんなことを宣言するわけにはいかない。
とりあえずは迷子たちを安全にピーターから逃がすんだ。
ネバーランドに帰るのは……それからでもいい。
ピーターはけたけた笑っていた。いつものとおり、子どもの遊びさ。やつには責任感なんてものはない。迷子たちが消えたって、心配して探すのかあやしいもんだ。次の瞬間、なんてことない顔をしてすますだろう。そしてさっさと帰って眠りにつく。
子どもってのはそういうもんだ。
自分のことしか考えちゃいない。
「子どもは最高」だなんて、戯れ言だ。
「ビル、お前の妹がいる家はどこだ?」
町の上空を飛びながら、おれはこそっとビルに近づいていって声をかけた。ビルがテムズ川の向こうを指さす。おれはうなずいた。
「行け。帰れ。迷子は家に帰るんだ」
ビルはうなずいて、言うとおりにした。おれはすっとビルから離れ、家のあいだをすり抜けた。いかにも子どもらしく遊んでいるって感じでな。と、石畳の上にキラリとしたものをみとめて、興味をそそられて地面におり立ち、金色のものを拾った。
懐中時計だった。すこし大きい。音がしないのでネジを巻いた。
どきどきした。時計は大人の持ち物だ。子どもは時間なんか気にしない。だけど、大人は……これをふところにしのばせて、ときどき巻いて、その音に耳をすませる。
ああ、おれ、やっぱり間違っていたのかもしれない。
ピーターは人間じゃないから、おれたちが成長する理由をわかっちゃいないんだと思っていた。おれたちは望んでいないのに大人になっちまうんだ、なのにピーターはそれを認めず、大人になりたいからおれたちが成長するんだと、決めてかかっていると思っていた。
だけど時計のチクタクという音を聞いた瞬間、おれは思った。
おれは確かに、大人になりたかったんだ。
いい加減、子どもを卒業したかったんだ。
おれは心の底で、やっぱり大人になってみたかった。だから、成長したんだ。
「なにか見つけた?」
背後から声がした。ピーターだ。あわてて懐中時計をポケットに押しこみ、引きつった顔で「別に」と笑った。
ピーターは軽やかな動きでおれの目の前に飛んでくると、地面におり立って、すっかり背の高くなったおれを見上げた。そばの家の窓から、あたたかな家族のだんらんが聞こえていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます