あかい、紅い、
雪代
三題噺「紅茶」「猫」「重力」
御影の大樹
得体の知れないそれに侵されたこの世界の象徴とも言える大樹は、いつしかそう呼ばれるようになっていた
そんな世界で彼女は独りで生きていた
「代わり映えしないな」
窓越しの青い空を見上げそう呟いた
誰に伝わるわけでもなく、その音は拡散する
手元のカップに視線を落とすと、その輝きのある紅色の水面にキャンディのその色に染まった姿が写る
何色にも染まり得るその髪と澄んだ空のような目は、まるで自身とは正反対だ
私には償わなければならない罪がある
それは、未熟だったからでは済まされない、多くの命を奪った罪
突如として現れたそれは人々の生活を奪った
当時まだ子供だった私は、両親に守られながらただ恐怖に震え、泣き叫ぶことしかできなかった
あれはなに、こわいよ
やめて、こっちにこないでよ…!
それが引き金だった
以来、人と関わるのをやめた
ひとりで生活ができる歳になると、両親の反対を押し切り家を出た
あまりに強すぎたその力は、人々の恐怖の対象でもあった
あの頃なんて…
「……っと、たまには思い出すのも悪くないがやはり気分がいいものでは無い」
考えるのをやめ、一冊の本を手に取った
栞の挟まれたそのページを開くと、そのまま物語の世界に引き込まれていった
現実に意識を引き戻したのは、鳴り響くサイレンだった
あの一件以来、大樹は当局によって管理されている
サイレンが鳴ったということは、何かが起きているということだ
いつの間にか空は真っ黒な雲に覆われ辺りは闇に包まれていた
「この頃は平穏だったが…やはり終わったわけではなかったか」
飲みかけの紅茶も読みかけの本もそのままに、飛び出した
全てを失った元凶の中心にある、あの大樹の元へ
誰もいない街を進む
ついこの間まで人々が集い賑わっていた、そんな面影が残る街
しかしここにはもう誰もいない
大樹はこの街の中心部にある
そんな街に住もうと言う人など、誰もいないのだ
この街を奪ったのは…
そんなことが頭をよぎる
違う、守っただけだ、なのに
進めていた足が止まる
どうして…
「そっちに行ったらだめだってば!」
聞こえてきた少女の声に顔を上げる
その視線の先には叫びながら走る少女と、逃げるように走る1匹の黒猫
「ねぇ!待ってよ!」
猫を追いかけて走る少女
だめだ、その先には大樹が…
再び歩き出した
そして少女に声をかける
「どうしてこんなところにいるんだい」
驚いたように振り返る少女
その先で歩みを止める猫
「ノワが逃げ出しちゃったの、早く避難しなきゃいけないのに」
ノワと呼ばれたその猫と目が合う
あぁ、そういうことか
私は全てを悟った
「その子は私が必ず連れ帰ろう、だから早くお行き」
この約束が守られることは無い
だが、こうでも言わなければ少女は動いてくれないだろう
目に涙を浮かべ小さく頷いた少女は大樹から離れるように走っていった
「さて、と」
残った猫に視線を向ける
待っていたかのようにこちらをじっと見つめる猫
「お前もその宿命を背負ってしまったんだね」
紅い目をした猫を見て、そう言った。
「行こう、大樹が私たちを待っているぞ」
大樹はもうすぐそこだ
「今回もまた派手にやってくれたな」
大樹を侵すそれに声をかける
返事は来るはずもない
「おいで、そこにいたら危険だ」
猫に向かって手を差し出す
「私がこの世界での生き方を教えてあげよう」
猫を抱き上げると目を瞑り、片方の手を大樹に向けた
「我を守りしこの大地の精霊よ、今此処に集い、我の力となれ」
禁忌と言われたその言葉を並べていく
包み込まれるようなこの感覚はよく覚えている
不敵な笑みを浮かべ、そして目を開けた
「
大樹をまっすぐ見据えるその瞳は深紅に染まり、辺りはまるで時が止まったかのように静まり返っていた
あかい、紅い、 雪代 @y_snow
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