パパと魔王
あじぽんぽん
第1話
「父上よ、我は前世での記憶を全て取り戻したぞ!!」
日曜日の早朝、平凡な田舎町の、平凡な一戸建ての住宅。
一家の長である田中イチローはリビングでソファーに座り、キッチンで朝食の準備をする妻の大きいお尻を眺めていた。
すると来年から小学校にあがる娘が、テテッとイチローの元に駆け寄ってきた。
小さい頃から体が弱く、昨夜も少しだけ熱が出て心配していたが思いのほか元気そうだ。
少々変わり者の娘で、どちらかというと大人しい子にしては珍しく活発だと思いながら、イチローが朝の挨拶をしてみれば先程の発言である。
「ふははははっ! 我の完全復活に慄き震えるがよい!」
「う、うん? どうしたんだいマオちゃん?」
「我は田中マオにあらず!! これからこの世界を支配する魔王マオであるぞっ!!」
彼の娘である田中マオは、短い両手を広げて高らかにカッコ可愛い魔王宣言。
イチローは突然暗くなった窓の外を見て、天を仰いで手の平で顔を覆ったのだ。
――回想中
田中イチローが異世界に勇者として召喚されたのは、彼が高校生の頃だ。
詳細は省くが、その世界で魔族と戦い、仲間たちと共に魔王を討伐した。
聖剣で魔王に止めを刺したら大きい腕で肩を掴まれ。
『我は死なぬ、いずれ復活する! 勇者よ! そのとき貴様は子殺しの絶望を味わうことになるだろう!! ふは、ふはははははははははっ!!』
何だか、微妙に分かりやすい呪いをかけられた。
役目を終えたイチローが帰還する際に、仲間たち(全員巨乳美少女)にこの世界に残ってくれと抱きつかれて懇願され、オッパイ星人であった彼の心は傾きかけた。
しかし異世界でのウハウハなハーレムよりも、一歳年上の幼馴染の少女、キリエに対しての恋心が勝り元の世界へと帰ってきたのだ。
それから一年のブランクを埋めるために色々と苦労もしたが、周囲の……特にキリエの協力でなんとか乗り越えることができた。
当時大学生だったキリエ。
一年前と変わらず……いや、それ以上に美しく成長し、優しく接してくれる彼女にイチローはドキドキムラムラ……純粋な恋心が抑えきれなくなった。
そこで彼は、異世界美少女たちとのギャルゲーじみた交流の経験を活かし、スマートに(イチロー視点では)告白を試みた。
『ほらイチ君、鼻水を拭いて? 格好いい顔が台無しだよ? もう、イチ君って私がいないと本当に駄目よね。ふふ、いいですよ、嫌って言っても私が一生面倒をみてあげるんだから』
キリ姉っと泣きながら抱きついて、一年前より大幅に増量した豊かな胸で存分にバブみった。
その年のクリスマスにイチローはキリエから大切なプレゼントをもらっ……おっとと、これ以上聞くのは野暮ってもんですぜ?
それからイチローはキリエと同じ大学にはいり、就職して安定した生活基盤を築き、彼女に結婚を申し込んで、結婚して女の子と男の子の二人の子供を授かったのだ。
――回想終了
「さあ、どうする父上! いや……勇者イチローよ!! すでに我が配下は
魔王マオは仁王立ちで腕を組み、母親譲りの将来有望な顔で得意げに笑っている。
イチローの娘のマオはイカ腹の幼女だ。
仰々しい言葉を使うギャプ萌えというか、小動物が懸命に頑張っているようで微笑ましい。
指の隙間から娘の姿を見ていたイチローは、やっぱうちの娘は最高に可愛いなよなとニヤつきながら返答した。
「ええっと、知ってた」
「……えっ!?」
「いや、マオちゃんが魔王だってことには気づいていたんだ」
「ま、真か?」
「だって、あのとき、ご丁寧に生まれ変わりの説明をされて、それで、マオちゃんは昔から個性的な話し方していたし……」
イチローの静かな突っ込みに、マオは頬を赤らめると腕と足をモジモジしだした。
そこに居たのは人前ではイチローの後ろに隠れる、いつもの恥ずかしがり屋の娘であった。
親バカであるイチローは、その姿をスマホで激写したくなった。
「そ、それを分かった上で今まで育ててくれたのか……?」
「前世はどうあれ、マオちゃんはパパとママの可愛い娘だからね」
前世の魔王(♂)は三メートルを越える可愛げのない筋肉お化けだったが。
ともあれ、マオは憑依などではなく魔王の魂を持つだけの完全な生まれ変わりである。
それはイチローの親戚の霊能力者によって確認済みだ。
もちろんイチローにだって思うことや葛藤はあった……しかし初めて生まれたばかりのマオに会ったとき、絶対に俺が守ってやると心に誓ったのだ。
今の彼にとってマオは掛け替えのない我が子である。
「それで、マオちゃんはパパを倒して世界征服するのかな?」
「え……?」
「だって、パパはこれでも元勇者だから、マオちゃんが世界征服を始めるなら止めなくちゃいけないよね? でもパパにとってマオちゃんは目に入れても痛くない大事な娘だから、マオちゃんがどんな悪い子になったとしても手をだすなんて……殺すことなんて絶対できないよ」
「ち、父上!?」
イチローは
「例えこの命が尽きたとしてもだ……マオちゃんはパパを倒して世界征服がしたいのかな?」
マオは泣きそうな顔で首を左右に振った。
「い、嫌だ! ち、父上を倒すなんて我にはできぬ、できぬぞ!! 死なないで父上っ!?」
「それじゃ、マオちゃんは世界征服はしない?」
「しない! 我は世界征服なんて絶対しない!!」
「そうか、マオちゃんは良い子だね、本当にパパの自慢の娘だよ」
「ち、父上――――!!」
イチローは泣きながら抱きついてきたマオを優しく受け止めた。
「イチローさん~、マオちゃん~、ご飯ですよ~。あ、あら、マオちゃんどうしたの?」
「ん、まあ、ちょっとね」
キリエがキョトンとした顔で抱き合う二人を見た。
イチローは苦笑しながら、マオを片手で軽々と抱きあげてキリエに渡す。
「びぇ~ん、母上ぇ!!」
「うん? どうしたのかなマオちゃん? なにか悲しいことがあったのかな?」
「違う、違うのだ……我は……我は父上の愛が嬉しくて泣いているのだ!!」
「そかそか、ママもマオちゃんのことが大好きですよ~」
マオはキリエの豊かな胸に抱きつくと、また泣きだしてしまう。
キリエは、ちゅちゅとキスの雨を降らしながら、おーよしよしとマオをあやして慰める。
「キリエさん、ボクはユウ君を起こしてくるからマオちゃんのことはよろしくね」
「はいはい、イチローさん、後で詳しく聞かせてくださいね?」
キリエはイチローに信頼の笑みを見せると、頬にちゅっとキスをしてくれた。
彼女はマオを重たそうに抱いたまま、えほっえほっとキッチンに歩いていく。
流石は二児の母、華奢そうにみえて実にパワフルだ。
イチローは二人の背中を見送り、それから窓の外をソッとうかがう。
先ほど見えた恐竜のような巨大な爪と足は跡形もなく消えていた。
「ふう……危なかったよ……」
イチローは額の汗を拭くと、隠すように握っていた聖剣を異次元倉庫に戻した。
朝っぱらから化け物退治なんて生臭いことはしたくなかったので、マオが物わかりの良い優しい子に育ってくれて助かったと、元勇者のイチローは深いため息をついたのだ。
その日の早朝、田中一家が住む田舎町に巨大な黒い怪獣の姿を見たという者が続出したが、証拠となる写真を撮れた者が誰一人としておらず、都市伝説として囁かれるのみであった。
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