#10 尖塔落ちた

 ――寺院が焼けているぞ!

 誰かがそう叫ぶのを聞いた。

 ある春の日、午後六時五十分、夕暮れは未だ来ず。

 青空の下、美しいゴシック建築の寺院が赤い炎と白い煙を宙に吹き上げている。

 見上げた春の空には、一朶の長い飛行機雲が流れていた。

(嗚呼、あの大空からこの光景は、どう見えるだろう!)

 私と同様に、ただ寺院の燃える様を見物する者の話を立ち聞くに、出火はどうやら改修工事中であった大聖堂からだという。

 その大聖堂の上部は今も火勢強く、吹き上げる煙も凄まじい。

(消化が難航しているのだ)

 私が落ち着きなく、しかし何をするでもなく、燃える大聖堂を見つめる間にも、必死の人々による懸命の消化作業は続いている。

「おい、見ろ、尖塔が崩れるっ。――」

 野次馬のひとりがいった。さきほど出火原因を話していた者だ。悲鳴のような、嘆くような、言い表し難い声であった。

 私は煙と灰のために滲んでいた視界の焦点を大聖堂の尖塔へと絞った。

 はたして、かつての美しき尖塔は一大松明と化したのち、近くの屋根を巻き込んで焼け落ちたのである。――


 その後は白昼夢をみた心地で、どうにも詳しく思い出せない。

 ただ聞いた話によれば、寺院のなかにあった貴重な聖遺物や文化財などは多くのひとの勇気と決断、そして大いなる努力によって外に運び出され火勢を免れたという。また焼け落ちた尖塔にあった聖人像についても、改修工事に合わせて修復作業をするために事前に尖塔から下ろされており、焼け出されることはなかったらしい。

 件の寺院は、再建されることが我々の大統領により表明された。

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