すとーかーにご用心(ムリめ)
「よし、付属から進学した者はこれで下校となる。外部校からの入学生はこの後、簡単な本校施設の説明会があるから教室に残るように。以上、解散!」
先生の号令でクラスの半数以上がどやどやと席を立ち始めた。
「夕愛、また明日な。私これから中等部のテニス部に顔出してくるからさ」
「紫苑ちゃん、テニス部だったの?」
「ああ。高等部でもやるつもりなんだけど……あ! ちょっと待って己龍!」
突然、紫苑ちゃんが席を立って声を上げた。呼ばれた己龍くんがわずかに眉をひそめて足を止める。
「じゃあね夕愛。説明会の話、ちゃんと聞いとくんだぞ? あんた、ぽーっとしてて迷子になりそうだから心配だよ」
あたしに笑顔を残して、紫苑ちゃんは小走りに己龍くんに駆け寄った。
(うわ、座ってた時はわかんなかったけど、紫苑ちゃんってけっこう背が高い)
己龍くんと並んで教室を出ていく姿はまさに美男美女のキレイ系カップル。そのオーラは他の女子たちを完全に圧倒して、道を開けてしまうほど。
(お似合いってこういうのを言うんだろうな。最初、ここなちゃんとカップルだと思った時よりしっくりくる感じ)
それを思い出してなんとなく虎汰くんを探すと、たくさんの友達に囲まれて廊下に出る背中が見えた。
虎汰くんと己龍くんはもちろん付属組だから先に帰る。元々帰りは電車で帰ることになってたし、あたしだって電車くらい一人で乗れるからそこに問題はない。
問題があるとすれば……。
「夕愛くん、おしさしぶりっ!」
(キターーーー!!)
横からかけられた魅惑のイケボに、あたしは思わず震えあがった。
「まさか同じクラスになるとは、やはり運命を感じざるを得ないな。そう思わないかい? ん? んんん?」
隣の椅子に勝手に腰かけ、グイグイと迫りくるぽっちゃりフェイス。
「か、神田くん……! あの、えと、高校同じなんて、奇遇ですね……」
「奇遇? 何を言うんだね君は」
声をひそめ、彼の笑っていた目がギラリと光る。
「もちろん偶然なんかじゃない。僕は、君を追ってこの学校を受験した。今度こそ僕の全てを受け入れてもらうよ……」
すとーかあああぁぁぁぁぁ!!
「あの時君は僕をよく知らないから愛せないと言った。ならば僕という男を余すところなく知ってもらおう……という、簡単な理屈だ」
ほっぺに埋もれた目が怖い。恨まれてるわけではなかったけれど、これはこれで怖すぎる!
「か、か、か、んだ……くん」
「亀太郎……と、名前で呼んでくれたまえ、夕愛くん」
「か、きゃめ、たろうくん……」
「なんだい? アモーレ」
ああ、薄紅色に染まったほっぺとやけに優しい目に気が遠くなる。でもここで、ある程度はキッパリ言っておかないと!
「あの、知ったとしても、その、あたしがあなたとお付き合いというか、好きになるかどうかは……」
「そんな心配は無用だ。これから嫌と言うほどわからせてあげるが、僕はパーヘクトだからね。それに」
自信の上に確信めいた色を重ねて、亀太郎くんが言った。
「この先、僕以外の誰が君に好意を持ったとしても、それは全てまやかし。信用していいのは僕の想いだけだよ……
「え……!」
その時、また別の先生が教室に入って来て、彼はスッと自分の席に戻ってしまった。
すぐに施設説明会が始まったけれど、あたしの胸はざわついたまま。
(娘娘……、さっき亀太郎くん、間違いなくにゃんにゃんって言った。まさかあの人も……)
四神の宿主? だとしたらあんなにフラれ魔だったあたしに興味を持ったのもうなずける。
去年の夏、あたしからは異性との縁を排除する霊波が出ていたはず。でも四神を宿す者はその影響を受けないと煉さんが言ってた。
(その代り15歳になってからの男の子を惹きつける霊波も効かないって……。というか、そんな霊波が出てるとは思えないんですけど)
こうしてクラスメートになった男子の中にも、あたしに特別熱い視線を送ってくる人はいない。
半信半疑ながらも、ちょっとだけ……ホントにちょっとだけ期待してたのに。
(亀太郎くんが言ったのは、その娘娘のモテ霊力の事? もしこの先、誰かに告られてもそのせいだから本心じゃないんだよって)
……もっともだ。あたしってば、どこまで残念なんだろ。
「――ではこれで施設説明会を終わります。各自、配布した資料は大切に保管しておいてください。本日は速やかに下校するように」
悶々としている間に、説明会は終わってしまった。
あたしは配布資料を鞄にも入れず、ただ引っ掴んで脱兎のごとく教室から飛び出す。
(だからってあの亀太郎くんとお付き合いなんて……ムリぃぃ! 急がないと絶対また捕まっちゃう!)
『関わらない』というシンプルな選択をし、あたしは学園から駅までの約1キロを猛ダッシュで駆け抜けた。
電車に乗ってしまえば今日のところはクリア。明日からの事は明日、考えよう。
(えと、このお地蔵さんを左に曲がってまっすぐ……。見えた、駅!)
足がもつれる。速度はとっくにガタ落ちだけど、今にも後ろから亀太郎くんが迫ってくるようで足を止めることが出来ない。
(よくわかんないけど、なんかあの人には飲まれちゃう……! なんか怖い)
逸る気持ちで駅ビルのロータリーをよろよろと渡ったその時、あたしの目に予想だにしなかった人が映りこんだ。
(え……! な、なんで!?)
「……なんだよ、意外と早かったな」
エスカレーター前の小さな売店。その横で、スマホを片手にあたしを見つめる涼やかな瞳。
「き、己龍くん……どしたの、こんなトコで」
「いいからスマホ出せ」
説明もなく、いきなり横暴発言をかます己龍くん。
「は? え、えと……あの、はい……」
言われるまま、おずおずと鞄からスマホを取り出すあたし。
「ロック解除」
「は、はい」
よくわからないけれど、この人にもあたしは無条件で飲まれてしまう。
「解除したけど……どうするの?」
すると己龍くんはあたしの手からそれを取り上げ、勝手に操作し始めた。
(な、なになに? なにやってんの!? てかあたしのプライバシーはガン無視!?)
とは言えないあたしに、すぐにポンと投げ返されたスマホ。慌てて画面を見ると『新しい友だち 己龍』の文字が視界に飛び込んでくる。
「え……。こ、これ己龍くんの?」
それはメールアプリの画面。そしてすぐにピロン♪と着信音が鳴り、【己龍】とのトークにメッセージが入った。
【帰るぞ】
「…………!」
スマホから顔を上げると、もう彼は先に歩き出してエスカレーターに乗ってしまう。その背中を追って、あたしもエスカレーターを駆け上がった。
【これ己龍くんの個人情報だよね。あたしに教えていいの?】
【お前相手に、個人情報もクソもねぇ】
一段だけ上と下の足場で、あたしたちはメールアプリで会話をする。
メールだから聞ける、次のメッセージ。さっき己龍くんを見つけた時、本当は一番最初に聞きたかった事。
【待っててくれたの?】
すぐに既読はついたのに、レスはなかなか来ない。
じっと手元のスマホを見ていると、視界の上の方に映っていた背中がクルリとこちらを向いた。
「……バカか」
一段上の足場からあたしに直接降り注ぐ低い声。見下ろしてくるレモン形の少しキツい瞳。
「…………」
本当に口は悪いし、ニコリともしてくれないけど、でも。
(優しい……)
それきりズボンのお尻ポケットにスマホを突っ込み、己龍くんはスタスタと改札を通りホームに向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます