おしえて!娘娘(にゃんにゃん)

満月 兎の助

そうだ、トーキョへいこう

ぷろろーぐ


──意中の彼を呼び出したのは、雪がチラつく放課後の体育館裏。


 クリスマスまであと一週間ほどだから、うまくいったら今年は今までにない素敵なイブになるはず。時期的に考えても、あたしにとってこれが中学最後のチャンスだ。

 今度こそ……!


「……えーとさ、それってつまり俺と付き合いたいって事?」


 コクコクとうなずくのが精一杯。

 自分が今、なんて言って告白したのかもよく覚えてない。


「ふーん……」


 ハラハラと落ちてくる雪をうっとおしそうに見上げながら、木下君は言った。


「……俺んとこにも来たかー」

「はい?」


 ドキンと胸が鳴る。でもこれはトキメキのドキンじゃない。


「俺で何人目よ? お前、もう十人以上は告ってるよな」


 …………十三人目です。


「つまりさ、俺はお前のランキングの中じゃ十番以下なわけだ」


 ……そういう事じゃなくて。

 この前あったバスケ部の県大会、準決勝までいったのに負けちゃったでしょ。部長だった木下くんの震える背中が苦しくて……その時から気になり始めたの。

 『あたしが笑顔にしてあげられたらな』って……。


「全部フラれて、それでも懲りずに次々と違う男に告りまくってる。A組の方丈ほうじょう 夕愛ゆあは告り魔って言われてんの、知ってるか?」


 ……全然知りませんでした……。


「お前っていったいなんなの? 男に飢えてんの?」

「……っ!」


 でも、そう言われても仕方がないかも。確かに中学三年間の間に十三人も断られるって……多すぎ。


「なのにお前、夏に二中の神田って奴に付き合ってくれって言われて断っただろ。俺、塾で一緒なんだけど」

「あ、あの人は……、だって全然知らない人だったし」

「は? 男なら誰でもいいんじゃねぇの」


 毛虫でも見るような木下君の視線が、あたしの心臓をギュッと握りつぶす。


「そんな……それ、ひどくない……?」

「バーカ、ひどい目にあったのはその神田だよ。『告り魔に拒否られるって神! 近づくと失恋する』とか女子が騒ぎ出して、一時期超ハブられてたらしいぜ。可哀相だと思わないのか」


 うん、思う。あたしのせいでそんな……え、それってあたしのせいなの?


「とにかく、俺は男好きの告り魔と付き合うとか全っ然ムリだから。しかも十番目以下って、マジ馬鹿にすんなって感じ」


 吐き捨てられた言葉が痛い。でも、怒らせたならごめんなさいって言うべきなのかな。


「ほんとキモいわ、そういう女。でもまあ、いつかバカな男は引っかかるんじゃね? お前、ゲロブスってわけでもねぇし」

「あ、ありがと……」


 あれ? お礼言っちゃった。

  

 踵を返し小走りで遠ざかっていく彼の後姿を見ながら、あたしはトンと体育館の壁にもたれかかった。


 中学に上がって間もなくブームのように恋バナが咲き乱れ、友達はみんな告白したりされたりで意中の人と付き合い始めた。

『夕愛も早く好きな人作りなよ』なんて言われても、工作じゃあるまいし、とその頃はまだ笑っていたと思う。


 しばらく経ったある日、当時仲の良かった男子が階段を踏み外して足を骨折してしまった。サッカー部だった彼は練習に出られないと言ってひどく落ち込んで……。

 松葉杖にもたれてションボリと校庭を見つめる姿が切なくて、痛々しくて、気が付いたら「あたしと付き合ってください」と言っていた。


 ……それが始まり。


 次は、赤点をとって職員室で先生にキツく叱られてるのを見てしまった、一つ上の先輩。その次は確か、失恋してこの世の終わりみたいな顔をしてた隣のクラスの男子。

 どうやらあたしは男の子の『元気がない、落ち込んでる』姿に弱いらしい。

 そういう人を見ると、寝ても覚めても

『慰めてあげたい』

『抱きしめてあげたい』

と思いつめるようになってしまう。


 母性が異常に強いのか、それとも不幸フェチとかそういう心の病……?

 

(……いやいや、分析してる場合じゃないでしょ。告り魔なんて、そんな噂が立ってたんだ。どどどどうしよう……!)


 見上げれば、いつの間にか深々しんしんと降り出した信州の雪。

 大好きな景色だけれど、この土地ではあたしは男好きのド変態女として名高い……。


(ダメだぁ……ウチの武石中と二中だけじゃなくて、きっと長野の全中学校で『告り魔、夕愛』って本当にあったキモい話が知れ渡ってるんだ。春から高校生になってもあたし……!)


 その時、灰色雲に覆われた東の空に、フッとスポットライトのような細い光が差した。


(……県外の高校、受験してもいいかなぁ……)


 お父さんは反対するだろうけど。

 お母さんはとっくに亡くなってるし、あたしが居なくなったら一人ぼっちで寂しい思いをさせてしまうだろうけど、でも……。


(ここにいたらあたし、ずっと彼氏なんかできないぃぃ……!)


 雲の切れ間から降りていた光の帯がパアアァッ……とオーロラのように広がる。

 まるで『ココヘオイデ』と導くように。


「東の空……」


 そうだ。

 トーキョへ行こう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る