現れた死神

 涼介は、馬場史典の死の翌日にすぐに隼人と瑞奈を呼び出した。三人はキャンパスの東広場で待ち合わせると、立ち話もせずにそのまま大学図書館へと向かった。三階の奥の人気の少ないエリアを見つけると、一番部屋の入口から離れた机に三人で腰掛けた。さり気なく周りの様子を伺いながら、ひそひそ声で涼介が切り出した。

「二人にも昨日伝えた通り、るしふぁーにフォローされてた馬場が昨日通り魔に襲われて死んだらしい」

「ほんとに……死んじゃうなんて……」

 この事実を伝えた昨日からずっと、瑞奈は声を震わせている。馬場の死がよほど堪えているのだろう。瑞奈ほどではないが、それは隼人も同じだった。

「どうする……?」

 いつになく沈痛な声色で涼介は声を絞り出した。

「どうするったって、どうしようもないだろこんなの」

「警察とかに、相談した方が良いんじゃないかなって」

「さすがに取り合ってくれないだろ。目に見えて脅迫とかしてるわけでもないんだし」

「でも、明らかに不審じゃんか、このアカウント。ちゃんと丁寧にこれまでの経緯と証拠をまとめていけば、話を聞いてくれるんじゃないかな」

「うーん、どうだろうな……」

 隼人は慎重な姿勢を崩さない。涼介からしても、そうなるのも当然だろうと思う。警察だってそんなに暇ではないだろう。現状では良くても、テレビ番組や大衆雑誌が面白おかしく取り上げてくれる程度の話に過ぎない。とても公的機関が本腰を入れて捜査に乗り出してくれるような類の話ではないことは誰の目にも明らかだ。

 それでも、涼介の心の中に立ち込める不穏な空気、言うならば予感ともとれるようなざわめきは一向に収まる気配がないどころか、濃さを増していく。この事態を放っておいてはいけないという根拠のない直感。昔から、この種の直感は都合の悪いことによく現実のものとなることが多かった。

「ん……」

 その時、瑞奈が机の上に置いたスマホの画面の上に視線を落とした。スマホを手に取り、細い指で画面をスワイプして操作する。

 見る見るうちに、スマホを覗き込んだ瑞奈の顔から血の気が引いていくのが傍目にも分かった。

「ねえ、涼介……これってもしかして……」

 瑞奈の瞳孔が開き、その淵の中に浮かんだ黒い瞳が小刻みに揺れる。涼介の背筋を冷たいものが不快に伝った。

「どうした……」

 そう問い掛けると、瑞奈が震える手でスマホの画面を涼介に向けてかざした。胸騒ぎは一層大きくなり涼介の心中をざらざらとかき乱す。

「フォロー……されちゃったみたい」

 瑞奈のツイッターアカウントの通知欄には、『るしふぁーさんにフォローされました』の文字が並んでいた。

 間違いない。死神の裏垢だ。

「嘘だろ……」

 対面にいる隼人も絶句している。

 思わず固く握りしめていた手の中にぬめりとした気持ちの悪い汗が滲む。

「なんで……」

 偽らざる思いが、みっともないくらい単純な言葉となって半開きの口から漏れ出る。

「そんなの私にも分かんないよ……」

 瑞奈の声は今にも消え入りそうなほどに細くて弱かった。

「ひっ」

 瑞奈が怯えた声を上げた。

「なに……」

「メッセージが、届いてる……」

 瑞奈は今にも泣き出しそうな表情で涼介の服の袖を掴んだ。その手はブルブルと震え、瑞奈が感じている恐怖が色濃く伝わってくる。

 涼介はしばしの逡巡の末に、そのメッセージを開封しようと瑞奈のスマホを手に取った。

「開けてみるよ」

 恐る恐るスマホの画面に指を伸ばし、タップしてメッセージを開封した。

『次のターゲットはお前に決まった。お前には死んでもらうことになる。最後の日まで、あと一週間だ』

 画面に表示されていたのは、直視するのも憚られるようなおぞましいメッセージだった。震えながら画面を覗き込んだ瑞奈は「いやあっ!」と悲痛な叫び声を上げた。

「くそ……なんだよこれ……」

 涼介も目の前の現実がすぐには受け入れられず、ぶつけ所のない怒りと抑えようのない恐怖が相互に絡まり合い胸を圧迫した。

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