殺人現場へ

 俺たちは晋三さんの車に乗車し帝国高校へと向かった。アパートの駐車場を出て狭い道路をちょっと進むと北本通りに入る。そこから赤羽駅方面に十分ほど進み、環七通りに入ってからさらに中野区方面に十分ほど走らせると、左側に目的地がある。

 私立帝国高校の校舎は肌色の上を白色で塗りつぶしたような目に優しい色をしていた。さすが金持ちの高校なだけに、グラウンドはとても大きな野球場のような形になっていて、外野手を超えた先でラグビー部やサッカー部が活動している。

 パトカーに乗っている間、玲奈は両指を組んでお祈りするようなポーズ――親指は立てていてたまにくるくると回している――をしたまま目を閉じてなにか考え事をしているようだった。バックミラーから覗ける晋三さんの顔は、さっきまで見せていた優しいおじさんな雰囲気がすっかりなくなり、険しい表情はまさに警察官のような迫力があった。

 そんな二人から感じられる話しかけてくるなオーラに気圧された俺は黙ってサイドガラスを見つめていた。

 雨は止みそうもなく降り続けている。お天気キャスターの実琴ちゃん、また今日も外しちゃったな……。

 帝国高校の校門前の駐車場にはすでに数台のパトカーが停めてあった。その周りには何事かと傘をさした野次馬が十人くらい集まっている。

 玲奈はパトカーから降りるとすぐさま殺人現場がある体育館方面に向かっていった。俺と晋三さんもすぐさま後を追う。

 体育館の入口前には金剛力士像のようにどしんと警官が二人立っていた。深く警察帽子を被った警官が、黄色いテープを跨ごうとする玲奈の襟を掴んで追い出そうとしていた。


「すまない。彼女は、協力者だ」


 晋三さんは玲奈を紹介するように彼らに言った。すると警察官はただちに玲奈を開放し、どうぞどうぞと俺たちを屋内に案内してくれた。

 体育館に入ると、スーツを着た中年くらいの男がずかずかと近づいてきた。背は俺と同じくらい。髪はしっかりと黒色。腹は出ていないようだが鍛えているわけでもなさそうだった。


「お待ちしておりましたぞ。平岡警部」とその男は言った。

「志村巡査部長。どんな具合だ」

「殺人で間違いないようですな。今は鑑識員を入れて証拠探しを徹底させています。検視医に見せてないので断定はできませんが、おそらく死因は絞死で間違いないでしょう」


 すると彼は、鬱陶しいやつが来たなと言いたいように、目頭にシワを寄せた目つきで妹の方を向いた。


「これはこれは久しぶりの顔ですなあ、玲奈くん。ええっと……上野で起きたストーカー殺人事件の時に捜査した以来でしたか」

「お久しぶりです志村巡査部長。ええそうです。その節は本当にご協力感謝しております。巡査部長の手助けがなければ未解決のまま終わっていたかもしれません」

「いやいや礼には及びませんよ。それに未解決で終わることはなかったでしょうな。なにしろ警察側もあいつを追っていましたから。の玲奈くんの意見がなかろうがあの事件は解決していたことでしょう」


 男は大きな口をさらに目立たせるように笑う。一般人という言葉を強調したところに、歳の離れている玲奈に対して大人げないやつだ。


「それはでしゃばったことをしましたね。せっかくの志村巡査部長の手柄を横取りしちゃったみたいで、どうお詫びするべきか」


 対する玲奈は、もはや感情の無くなったロボットのように淡々と謝っている。


「いやいや、きみはまだ中学生なんだから手柄がどうかだなんて気にすることないよ。それよりも隣にいる学生くんは誰だい?」


 彼の乾いた目が急に俺を捉えた。そしてじろじろと品定めするように見ながら続ける。


「まさか平岡警部、この学生も探偵希望なのですか? いったいいつから署は社会科見学を受け付けているのかな。私としてはこれ以上探偵の真似事が増えるのは困るのだがね……あ、いや、玲奈くんのことではないから安心してくれ」


 彼の言葉にはいちいち人をイラッとさせる力が含まれていると、この数分で俺は理解した。

 こいつとはなるべく関わらないほうがいいだろう。


「いいや。彼は玲奈くんの兄で祐介くんだ。祐介くん、紹介を遅れてすまない。こちらは志村巡査部長だ」晋三さんが説明してくれる。同じ警察官でもここまで違いが出るのか。

「なんと、玲奈くんの兄妹でしたか。確かに似ているところがある。目つきなんてそっくりだ」


 ふむふむと頷いた志村巡査部長は、それっきり俺への関心はなくなったかのように視線を晋三さんに戻した。


「では行きましょう。状況の説明は犯行のあった現場でいたします」


 巡査部長が先頭に立ち、その後に続いて俺たちは廊下の奥の方へ足を進めた。

 帝国高校の体育館は、さすが私立高校と妬んでしまうほど広かった。二階建てで、上の階には館内スポーツの大会で使われる観客用の座席がずらっと並んでいる。ここはバスケットボール部の東京予選で必ず使われるところらしい。

 交通安全や痴漢注意を喚起させるポスターが貼ってある廊下を歩いていくと、二つだけ明かりのついた部屋が見えた。手前が例の殺人現場である。そしてその奥の部屋には第一発見者がいるそうだ。

 部室の中に入る前、白い手袋を装着しながら晋三さんが尋ねてきた。


「祐介くん、分かっていると思うがこの先には……」


 彼の言葉には、この先に行く覚悟があるのかと確認するためというよりも、ただ一般人を現場に入れたくないというような、俺に対しての警告に聞こえた。


「同行したからには覚悟はできています。部屋の隅でじっとしていますから、俺も中に入れさせてください」


 だがそれではついてきた意味がない。どうしたことか、妹を近くで見張っておかなければならないという義務感に駆られていた。


「ははは。頼もしいではないか。だが祐介くん、手袋は持っているかな。勢いの良さは認めるが、それで指紋をペタペタつけてもらっても困るからね。……ないのか? ではこれを使いなさい。……いやいや、洗って返さなくたっていいよ。それはきみにあげるから。うーん、そう言えば玲奈くんも初めて手袋を受け取った時にそんなことを言っていたな。柴倉家ではみんなそう教わっていたのかい」


 志村巡査部長はおそらく、手袋を洗って返すと言ったことについて感心したらしく目を光らせた。

 人から借りたものは借りる前よりも綺麗にして返せ。これは親戚のばあちゃんがよく言っていたことだ。頑固で口うるさかったけど言葉にはきちんと筋が通っていたので嫌いになれない人だった。そのばあちゃんの言葉を妹もきちんと守っていることを知れて少し嬉しかった。

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