異星の荒野

1.異なる星にて

 いつも一緒なわけではない。同じ道を行くのが意思でも、目的地を定めない旅路、ふと空に気を留めてたったの数分数十秒、意識の空白を作った後に、二人の姿が消えていた。

「何もない」

 初めから誰もいなかったかのように静か。自分は今まで一人で歩いていたのではと錯覚。神隠しなのか。街ももうすぐという殆ど人の手の届く領域で、神も悪戯なことだ。


 高木は少なくも大礫が目立つ。石に絡むように低木が延びる。大きい木は育たない環境だろうか。遮るものが少ないのだから見通しも悪くない。緩やかな下り坂が続いている。歩く者が転がり落ちたりは決してしない、慎重になだらかな坂。

「この星のようだな。同時に、別の星のよう」

 ふう、とため息。一人で旅していたようだなんて格好をつけたことを。独り言を寂しくそして恥ずかしく思ってしまった。それはこれまで三人で歩いてきたから。合いの手が無くても耳をピンと向けていた二人、今あちらがこの声を聞いたのなら、同時に自分にも二人を認識出来たはず。声の届く範囲にはいない。

 声はどこまで届くのか?

 経験は保障されない。ここは恐らく別の星なのだ。大気の状態も違うのだろう。意識は手の届く範囲にしか伸びないのかもしれない。もっと広いかもしれない。けれどとにかく、意識の及ばぬ場所は必ずある。盲点。人は予め見えない点を持っている。

 慌てずに探そう。歯欠けの視野に頼って。居ないのではなく無い部分から覗いているのだろう。妖精たちがひそひそと笑いながら。

「このまま二人と合流出来なかったとする。それでは困る。目的地は無い。しかし目的はそれぞれあるのだから。目的がばらけたから道が分かれたのだろうか。分からない。進むまでだ」

 歩くから旅と呼ぶ。時間を流すこともまた旅。時計のゼンマイを巻こう。別の星に今までと同じ軌跡を刻んでいく。足跡。曇天の空と揃いの地面は湿気っている。オリーブ灰の空気を深呼吸して取り込む。どんな味がしただろう。空気の味は他人事。ここは異世界なのだと思うとすっかりその気で、旅着の襟をかき集め、未踏の地を進み始める。

「俺は何によって動かされているんだろう」

 辿り着く場所は知っているが、どこで知ったのだ。知らない知識。耳から入ってきた情報のはず。聞いた声は無駄にはならない。胃でも消化しきれずに、声は人に留まり続ける。誰かの言葉のために動いているのだとしたら。言霊。それは魔法の原理と似ている。

 進む先に、変わっていく事象に、目的がある。


2.張り子の星

 違う星に来てしまったのか。

 何しろ大気はみずみずしさを失い、大切に抱えていた水滴をどこかに落としてきたかのように呆けた色をしている。侘しさが肌を乾かす。大気の陰を落とされて湿気った地面に足跡を残して、ふと気付く。一人になっている。


 ああ、違うことを考えていたから、少し離れてしまったのだな。ありうることで、それをどう処理するかが人によって違うだけ。二人を探すことが出来るだろう。過去に約束された信仰。振り返る。延々続く足跡を確認するためだったが、前から後ろに向く途中、不運にも異世界の繋ぎ目を見てしまった。紙と紙の重ね目に濃い色を見るように、ぼんやりと仕切られている。

「ここは居るべき場所ではない、と」

 足跡がやけに平面的に見えた。一人で歩いてはいるが、一人でいる気がしない。それは長く三人でいた時間の余韻ではない。もっとはっきりとした息づかいを感じられる。異星の上で一人ではない。これはそう、意識の中の見知らぬ星。今三人は自らに捕らわれ、ぼんやりと道を歩いている。

 私は探している。

 単調な足音に規則的な自問。

「私は見失ってしまった兄さんを探している。しかし彼の先にもう一つ、求めなければならないものがある。それを言葉に出来るかしら。示す名前は幾らでもあるけれど、どの呼び名も口にすると風に綻びてしまう。孵化する地まで運ぼうか。確かに胸に抱いて、出来るならば旅の仲間を連れて」

 長い散歩なのだ。この旅というものは。


3.この星の詩

「さあ二人とも、目を覚ましてね。異星の荒野で、星の記憶になってしまうその前に」

 世界地図が上手く繋ぎ合わせられていると思ったら、間違いだ。人の記憶と同じで、星の記憶もつぎはぎ。地図は軋んだ音を立て、一刻ごとに古くなる。長い一本道、地図から外れないと思ったか。

「踏み外すつもりではないのだろう。そうでなくても道は逸れるものだ。だからお喋りでもしよう。お互いがそこにいることを、呼び合う前に確かめて」


 星渡る

 ひとの心を知るものは

 循環する血液

 満たされた

 細胞の中の生暖かさ

 泳ぐ魚たち、はこぶ

 星と星の

 軌道の上……


 呼ぶ声。

 初めて会ったその日を覚えている。二人の声が聞こえた。歌うようにただ流れる会話には、複雑な言葉遊びの前に、生物の呼び合う単純な音があった。二人はそうして出会ったのだろうか。共に鳴りながら、歌いながら。呼べばまた会えるだろう。小さな声と適当なリズムで歌を紡いだ。独り言のようなものだ。頭が空になるまでどこまでも続く、言葉の行列。祭囃子に乗って練り歩く人々は祭そのものに化ける。それに似て、歌と足音で地を揺らすなら、道行く者、旅する者は星そのものに化ける。

「星の言葉で歌おう。この星を、先ず知るために」

 独り言、言葉の行列、荒野に蟻の行進を辿って、いつの間にか二人が合流。街が近付き、行き交う人が次第に増え、星を歌う詩人の列も、いつしか人の流れに加わった。暮らしという祭の列に。

「それからだ、別の星や空の視点を知ることは」

 非日常の呼び声がしようとも。異星に渡ってしまうには、やり残したことが多すぎる。愛しいやりかけの事柄たちよ。

「人の声がするよ。重なり合う足音が賑やかだよ。二人とも、異星の荒野から、よくぞ戻った!」

「おいしいもの、食べましょう」

「人の声の中で眠ろう」

 しずしずと行進は続く。

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