しあわせのみつば

ほがり 仰夜

 プロローグ

1.風の黄金丘


「しあわせだなって、思う時はある?」

 背の高い草がどこまでも続く丘の上で、子供の声がした。

 人影は、見えない。

「ただ空を眺めていられる事が幸せだな」

 風が草原を撫でる様な、穏やかな青年の声が流れて来る。声につられて、秋の枯草がさらさらと音をたてた。音が静まるのを待ち、もう一人が口を開く。

「幸せとは何か、立ち止まって考えた事は、風のように消えていくわ」

 少女の声だ。何かを確かめるように、大切に紡ぐ。黄金に染まった大地の中。相変わらず誰の姿も見えないまま。子供が雲を目で追いながら返事をする。

「幸せとは風の尾のようなものなんだね」

「そう、そのようなもの」

 答えた二人はそれぞれに肯定する。寝転がって見上げる空に、彼らが言う幸せが泳いでいる。いつから幸せを追っていただろう。草でちくちくとくすぐったい背中が、冷たくなってくる。草の屋根を抜けた風のにおいが変わる。その日の疲れを癒すため、太陽が沈もうとしている。労うように、丘は茜色をなびかせて太陽を送る。黄昏時。太陽を見送る言葉は無い。

 一つ、黄を敷き詰めた中に、異なる黄が姿を見せる。立ち上がりざま、青年は枯れ草色の髪をくしゃりと撫でた。自分の背丈まで茂った草を分けて、友の姿を探す。

「そろそろ行こうか。いつまでも寝転がっていられないや」

「そうだね、スイ。暖かいうちに行かなくては」

 子供は青年の名前を呼んで探す。草の壁に阻まれ、小さな彼女は行き先を知れやしない。蛇行する線を草原に描いていると、妖精の輪を目指した探し人が手の届く場所にやって来る。

「シェミネはどこかな」

「んー」

 未だ見えぬ場所にいる少女を、探す。視界は枯草に埋められていて、うかうかしていたら冬になってしまいそう。

「おいで、リピア」

 青年は、小さな手を取り歩き出す。

「わかるの?」

 かくれんぼをしたまま眠りについてしまっては、取り残されて鬼も消える。

「黄金の道を辿るのさ」

 乾いて弦のように張られた風は、草に擦られて音を立てる。軋む船底の音。骨が鳴る。うねる海原の中、二人の影は漂う。太陽は地平に近付くと一本の道を描く。草原ならばよく見えるだろう。黄金の航路。

「声がした方へ。きみはどこへ」

 ぽつり呟くリピアの頭を、スイは一度くしゃりと撫で、大丈夫だと笑顔を見せた。

「スイの笑顔には敵わないなあ」


2.安らぎの陽


 風の吹いて来る方に、少女はいた。草の中に寝転んだままの姿勢で、二人の友を迎える。あまりにも心地よさそうに冷たい風に吹かれていたから、リピアは横にごろんと転がった。なるほど、少女の周りは風も避け、時間も止まる静かな空白だった。もうすこしだけこのまま。横で息をひそめたリピアに少女が微笑む。

「思ったの。このままいつまでも寝転んでいたらどうなるかって」

 青年の金の髪が揺れる。少女に近付き、手を差し出した。

「シェミネ、ここは寒いよ」

「そうね、スイ」

「行こう」

「あなたはいつも私を探してくれているのよね」

「そうだよ」

「幸せな事ね」

「うん」

「リピア、根付いて木になってしまうよ」

「それもいい。けれどシェミネが行くならば私も行こう」

 互いの温もりを感じながら、存在を手の平に受けながら、歩き出す。壁に阻まれながらも、今度はしっかりとした足取りで、人で賑わう方へ向かって行った。

金の波はさらさらと、三人を導き、いつもと変わらぬ談笑の声に、しばし太陽も耳を傾けていた。

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