15.合格発表前半

入学試験から5日後、川崎先生を除く僕達1年2組、通称勇者組は王立ルーレンス学園の門の前に集まっていた。

何故なら、今日は待ちに待った合格発表の日だからだ。


周囲は5日前と同じ様に、緊張した顔つきの少年少女が学園内へと向かって歩く。


「ふぅ。」


僕は小さく息を吐き出す。

緊張したクラスの面々とは裏腹に、僕の心情は落ち着いていた。


よっぽどのことが無い限り受かっているはず。

試験官も倒したし。


僕は試験当日、実技試験の試験官から「俺を倒せたら満点をやる」と、言われていたからだ。

その通り、僕は試験官を倒すことが出来た。

実技試験は満点になるだろう。

筆記試験もそこそこ自信がある。

一番上のAクラスに入れるはずだ。


うん、完璧だな。


「じゃあ皆揃ったし、行こうか。」


前に立った剣崎が僕達を促す。

その言葉と共に、僕達は学園に入っていった。



______________________________________________



色とりどりの花が咲く華美で優雅な広場に、受験生達が集まっている。

結構早めに来たのだが、もうすでに大きな広場は受験生で埋め尽くされていた。

目の前には大きな板があるのだが、白い布を被っているせいで、詳細は分からない。

恐らく──いや絶対、あそこに結果が載っているのだろう。


僕は受験生の塊から若干離れた場所でそんなことを考える。

離れているのはいつもの癖だ。


害を与えず、無個性無関心。

クラスメイトの輪からは必ず一歩下がり、リア充どもを立てる。

よく言えば現代版大和撫子(男だけど)、悪く言えばクラスメイトの輪に入れないただのぼっち。

それらが僕を『空気』たらしめる技術だ。


「カズ。」

「うわっ!」


急に後ろから呼ばれるという予想外の現象に、驚きの声が飛び出す。

周りの人に何事かと見られたが、僕の圧倒的な影の薄さが功を奏したのか、直ぐに興味を失った風に元の状態へと戻っていった。


「なんでそんなに驚くの?」


そして僕が驚いた原因であるエリナへと向き直る。

エリナは可愛く小首を傾げていた。


「い、いや、今までの経験から声を掛けられるなんてまず無かったから

びっくりして。」


うん、酷い理由だな。

自分で言ってて泣きたくなってきた。


近くにいた茶髪の女の子も、僕の声が聞こえたのだろう、凄く優しい目でこちらを見ていた。


そんな目で見ないでおくれよ。

余計虚しくなるじゃないか。


それを聞いたエリナは、んー、と目を閉じ、思考した後、最大級の爆弾を投下する。


「友達、居ないの?」


ぐはぁっ!!

三枝和也にクリティカルヒット!

ライフはもう赤ゲージだ!


僕はまるで吐血をするかの様に口元を抑える。

足がよろけて、ふらふらする。

頭の中では、ポ〇モンが赤ゲージになった時のBGMが流れていた。


僕に優しい目を向けていた子も、まさかそれを聞くのかと驚いた顔をしていた。


「居ないの?」


エリナが再度爆弾を投下した。


もう止めて!カズヤのライフはもうゼロよ!


そんな馬鹿なことを考えているおかげか、だんだん傷が癒えてくる。


落ち着け僕、僕は友達が居ないんじゃない。

作らないだけだ。

うん、きっとそうだ。

孤高の勇者なんだ。

一匹狼なんだ。

そうに違いない。

ま、まあ、もう一度爆弾を投下される前に決着をつけるとしようか。


僕は意を決して発言する。


「居ないよ……たぶん。」


たぶんと付け加えることで、ダメージを少なくしようとしたが、かえって虚しくなってきた。


「なんで?」


ぐはぁっ!!

お、恐ろしい子やでぇ。

僕の決死の覚悟を意図も簡単に踏みにじったぞ。


茶髪の子も、もう見てられないと、そっぽを向いている。

まあ、耳を塞いでいる訳じゃないから聞こえるだろうけど。


「な、なんでと言われましても。」


それを聞いたエリナは目を瞑って思案する。

いい考えが思い付いたのだろう。

満足そうな顔に変わった。


ま、また地雷を踏む気か。

いいよ来いよ。

受けて立ってやるよ。


僕は心の中でファイティングポーズをとり、エリナの口撃に備える。

しかし、エリナが口にしたのは、予想外の言葉だった。


「…ふーん。じゃあ私が友達になってあげる。」


…ん?


予想外の展開に思考が乱れる。


「私が友達第1号。」


エリナが嬉しそうに微笑む。

茶髪の子が予想外の展開に驚いたのか、僕達に向き直り、目を見張る。


別に1号って訳では無いんだけどな。

小学校の時は普通に居たし。

中学校に入学してからほとんど話さなくなったけど。

僕だけ連絡先を貰えなかったけど。

あれ?

もしかして、友達だと思ってたのって僕だけか?

…うん、もう考えるのは止めよう。

これ以上は自分を傷付けるだけだ。

…しかし、エリナが友達か。

こんなに可愛い人が友達なんて、光栄だな。


友達が出来る。

そんな僕にとっては貴重な現象に、口元がニヤつくのを抑えることが出来なかった。


「うん、ありがとう。」


僕は素直に感謝を述べる。

エリナはその言葉に満足そうに頷いた後、


「ん、よろしく。」


と、エリナが僕に右手を差し出す。


なに!?

ま、まさか、これが伝説の握手という行動なのか!?

女性経験0どころか、長らく女の子と話したことが無い僕には高度過ぎる!!

呼び捨ての比じゃないぞ!

しかし和也、あの目を見てみろ、あの純粋そうな蒼い瞳を。

あれは絶対、握手した後に『サエグサに触られたんだけどマジ最悪〜。』とか、『友達が一人出来たぐらいで喜びすぎ、これだからぼっちは。』とか言わない顔だ。

大丈夫、これは罠なんかじゃない。

手を握った瞬間、周りから人が出て来て『なに本気にしてんの、ウケる。』とか無いはずだ。

…いや、逆に無邪気に生き物を殺す子供の目みたいにも見えてきたぞ。

考えすぎか。

心の防衛本能が過剰反応してるだけか?

第一、友達なんだから握手ぐらい普通なはずだ。

剣崎とか、普通に女子とハイタッチとかしてたし。

リアルラブコメ野郎の剣崎基準だと若干不安が残るけど。

大丈夫だ、問題無い………はず。


ぐるぐると思考の海に囚われ、固まった僕をエリナが不思議そうに首を傾げる。

茶髪の子が僕を応援する様にグッと親指を立てる。


いや、君は一体誰なんだよ。


僕はすーはーと、大きく深呼吸を繰り返す。

一筋、頬を汗が伝う。

そしてズボンで手汗を拭い、覚悟を決め、


「よ、よろしく、お願いします。」


彼女の手を握った。


「ん。」


彼女が微笑む。

茶髪の子も微笑む。


や、柔らかい。


僕は今、初めて女の子の手を握った。


小さな彼女の手は、柔らかく、暖かい。

魔法職なのだろうか?

手に豆は無い。


その状態のまま数秒が経つ。


…いつ離せばいいんだ?

エリナはニコニコしたままだし、茶髪の子に目線で助けを求めても親指を立てるだけだ。

なるほど、わからん。

どうしたらいいんだ?


むしろ今日は寒いくらいなのに、じわりと手に汗が滲み始める。


ヤバい、手汗が出て来た!

『手汗かきすぎ』とか思われてるのだろうか。

ラブコメみたいに『しかし、左手は乾いたままだった。つまり、彼女も緊張しているのだろう。』とかじゃなくて、普通に左手も湿っている。

よし、離そう。

このままじゃ、いつまでも繋いだままだ。


美少女と握手を続けるという夢のシチュエーションなんだけど、僕にはそれを楽しむ余裕なんて無い。


ええいままよ!


僕はぱっと彼女の手を離す。


どうだ?


そして、恐る恐る彼女の顔を見るが、特に反応は無かった。

茶髪の子はもうこちらを見ていなかった。


僕の勇姿を最後まで見届けてくれよ。

茶髪の子がこちらを見ていない事に若干の寂しさを感じつつ、エリナを見据える。

蒼い瞳に僕が映っていた。


っ!


僕は息を呑む。

エリナは今、僕のことを正面から見ている。

視界に偶然映り込んだモブでは無い。

こうして、視線が交わりあっていることが何よりの証拠だ。


「ありがとう。」


それがなんだか嬉しくって、感謝の言葉が勝手に唇からこぼれ落ちる。


「なにが?」

「僕を見てくれていること。」

「?」


10人すれ違えば10人とも振り返るような美貌の持ち主である彼女には、きっと僕の言葉の意味は分からないだろう。


だが、それでいい。

今のは僕が勝手に感謝しているだけ。

ただのエゴだ。

誰も見てくれない僕の。


優しい彼女は、僕の言葉の真意を図ろうとしてくれている。


「今のありがとうは、友達になってくれたことだよ。」

「でもさっき違うことを─」

「言い間違えだよ。」


エリナの言葉に、僕の虚言を重ねる。

彼女の綺麗な声に僕の声を重ねるのには罪悪感があるが、僕の内心を悟られるよりはましだ。

これは少し──いや、かなり惨めすぎる。

たった一人だけの友達にも見せられない。


「そろそろ発表の時間だから行こうか。」


未だに考えている彼女を促す。

彼女は少し不機嫌そうな顔になったが、合格発表は気になるようで、渋々付いてくる。


ほんとに優しいな。


僕は彼女を一瞥した後、集団の方へと向かって行った。

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