ベッド
能美を自宅に引き入れてから風呂を済ませ、本格的に高校生同士の同棲生活が始まってから数分後。
「ベッド」
生憎、俺の家にはベッドが無い。
だが、敷布団はある。それも一つだけ。
つまりはだ、要するにどういうことかと言うと。
「あー、まあ、とりあえず一緒に寝るか」
物凄くフラットに、爽やかに且つ健全的に俺はそう言った。
だが、内心では心臓がはち切れそうでもう消え去りたい思いでいっぱいだ。
「うん」
ドクンドクンと、童貞丸出しな俺のもとに、能美が眠そうに目をこすりながら一言。
ヤバい。
俺は今、目の前にある敷布団に能美と二人で脚を入れた。
今まで能美が雲の上の存在で、こうも近くでまじまじと見たことがなかったから分かるが、彼女はやっぱり可愛い。
二次元ヒロイン顔負けの精緻に整った顔つき、上質なシルクを彷彿とさせる真っ白な肌。
そして、襟元まで滝のように流れるさらっとした黒髪。
一見メルヘンチックで、どこかミステリアスな雰囲気を醸し出している能美は、さながら不思議の国から登場してきたお姫様の様だ。
「……通報とかしないよな?」
「なに? してほしいの?」
「っんなわけあるか! ……こう、何というか、緊張するんだよ」
「そ。あたしはもう寝るから」
現在、俺と能美は互いに背を向けて同じ布団を被っている。
そして握りこぶし二個分程の隙間が、今の俺たちの距離感を物語っていると思うと、何とも言えない気持ちになる。
そもそも俺たちはまだ、結婚どころか付き合ってすらいない。
順序がおかしいし、何より俺たちの関係は初めから間違いだらけだ。
「おやすみ、能美」
「…………」
遠隔操作式のリモコンで部屋の明かりを消灯し、俺は気恥ずかしさを覚えながら眠りにつくことにした。
能美から返事がないのは想定済みだ。
この短期間で眠るとも思えないし、彼女は俺のことをどこか嫌っている節がある。
まあでも、攻略に焦りは禁物だって……言うしな。
◇◆◇
「……朝か、」
寝る前にセットしておいた目覚まし時計の音にトラウマを植え付けられた俺は、目を見開いた。
「…………」
精神統一。
現在、俺に能美が抱きついているといった、いかにもな王道展開が起こっているのだが……どうしよう。
狭い布団をめくった俺は、自身の腹部に両手を絡めてぴたりと張り付いた能美を目にして、葛藤が渦巻いている。
俺も男だ。健全な男子高校生だ。
こういった場合、ここは理性に任せるべきなのか?
いいや、そもそも俺にそんな度胸はない。
でもでも、若干ジャージがはだけて下着が見えた状態の能美の胸が、俺の膝あたりに押し付けられている扇情的な状況を見逃すわけにはいかない。
「こいつ意外と着痩せするタイプなんだな」
昨日は緊張と恐怖で考える余裕すらなかったが、能美ってば意外と立派だ。
よし、このまま行けるところまでいってみよう。
そう思った俺は、持ちうる全ての柔軟性を遺憾なく発揮し、禁断の花園に手を伸ばそうとした。
ここでいかなかったら後悔するに違いない。
「あと、ちょっと……」
……のところで、能美は顔の向きを外側へと寝返りをうった。
ばれたのか!?
そう懸念するも、どうやらばれてはいないらしい。
まだぐっすりと、夢の世界にダイビング中の能美。
「…………おいおい、どうしたんだ!?」
能美が寝返りをうったことにより、自身の膝が異様なほどに濡れていることに気が付いた俺は、そのまま彼女の顔を見つめていた。
涙が一滴。そして一滴。更にはまた一滴。
丸くうずくまり、俺の部分の布団すらも抱きしめながら、彼女はただただ夢の世界で泣き続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます