葛藤

 疑念、疑問、とりあえずはそれら全てを後回しにすることにして、俺は洗濯機の修理を依頼した。

 そして家に帰る前に寄ったコンビニで買っておいたお弁当を、レンジでチン。皿に盛る。


「一七年間生きてきたけど、こんなにも訳の分からない一日は初めてだ」


 俺は自身が現在、あまりにも訳の分からない状況下に置かれていることを改めて理解し、そのまま夜食を済ませた。

 久しぶりに一階のリビングで飯を食ったけど、そういえばここ最近は学園に行く時以外はずっと自室に閉じこもったままだったな。


「なんか新鮮だな」


 俺は年季の入った壁掛け時計の律動に懐かしさを覚えながら、そのまま一週間溜まりに溜まりまくっていた家事を全て終わらせた。


「能美のやつは……あれだけお菓子食ってりゃ大丈夫か」


 二階の自室で食っちゃ寝状態の能美を想像して、一瞬晩飯を作らなくてもいいかと思ったが。


「……お菓子だけじゃ、やっぱり健康に悪いよな」


 今日の今日で能美の本性が分かった気がするけど、分かった気がしただけで、彼女は女子だ。


 ギャルゲーマーの心得その一、女子には常に優しく真摯であれ。


 ここは散歩がてらに、スーパーにでも寄っていくとするかな。

 珍しく学園以外の外出を決めた俺は、薄暗い夜道を、満月を頼りに進んでいた。



 ◇◆◇



 近所にあるスーパーマーケットは、残念なことに学園とは正反対の場所に位置している。

 家から近いものの、放課後は真っ直ぐ家に帰りたい俺からすれば、帰り道にあるコンビニは生命線と言ってもいいだろう。


 だが、貯金の消費量もばかにならない。


 ここはこれを機に、節約を心がけるとするか。


「さて、今日は何を作ろうか」


 普段はコンビニ弁当で済ませている俺だが、今日はやたらと晩飯作りに乗り気だ。

 折角女子を家にあげてるなら、そしてそれが意中の相手ならば、一度くらい手料理を食べてもらいたいと思うのが俺の心境だ。


 まずは、能美の好きそうなものを考えてみる。

 昨日までの能美しか知らない状態なら、迷わず洋風のパスタとかで攻めようと思ったのだが、生憎能美はお菓子をぼりぼりと貪る程に割とジャンク好きな女子だ。


 となれば、やっぱり洋風で攻めるべきか?

 いや、そもそも俺ってば洋風物作れないんだった。


「……仕方ない。昔親に教わった和風でいくか」


 長考して辿り着いた帰結が割とシンプルなものだったが、和風料理は俺にでも作れる。

 無理に洋風を作って失敗した不味いの食わせても、なんかすっきりしないしな。


 そんなこんなで、能美に食われまくったお菓子のストックと、殺風景な冷蔵庫を潤すために朝食用の食材、そしてジャージ一着の購入を済ませた俺は、家へと歩を進めていた。

 ここのスーパーにジャージなんてものが売ってあって良かった。

 近場に洋服店が無いからな。


「よし、気合入れて作るか」


 家に着き、早速購入したものをストックし終え、俺は早々に晩飯を作ることにした。


 メニューは、さんま、味噌汁、ほうれん草のおひたし、そして白飯だ。


 物凄く安易且つ、時間もかからないそんなメニューを、俺は何度も失敗しては食材を無駄にしながら作り上げていった。


「……はあ、やっぱり慣れてないことはするものじゃないな」


 脳内にギャルゲーしか無い俺は、若干焦げたさんま、若干味の濃い味噌汁、若干水っぽいほうれん草のおひたし、そして若干カチカチな白飯をお盆にのせて自室へと向かった。


 さんま、火力を間違え、味噌汁、味噌を入れ過ぎてしまい、ほうれん草のおひたし、なんか水っぽくなり、白飯、水の配分を間違え、あまりにも微妙極まりない晩飯が出来上がってしまった。


 そして部屋に入ると狭い空間の中、足をだらんと広げて寝そべる能美が一人。


「能美。晩飯作ったんだが……食べるか?」

「食べる」


 驚いた。


 さっきまでろくに返事すらしなかった能美が、今回は即答だ。

 まあ、単にまだお腹が空いてるだけかもしれんが。いや、絶対にそうだ。


「……でも、言っちゃなんだけど、俺料理作るの久々でさ――」

「食べるったら食べる」


 俺が最高に格好悪い言い訳を言い終える前に、能美は小さなちゃぶ台に置かれた俺お手製の晩飯を咀嚼し始めた。

 最初に箸を付けたのはおひたしで、その次は味噌汁を啜り、そして最後にはさんまを白飯と一緒に平らげてしまった。


「ま、不味かっただろ?」

「うん。最高に不味い」


 能美は、表情を若干引きつらせながらそう断言した。

 やっぱり慣れないことはするものじゃないな。ホントに、。


「……じゃ、片づけてくる」


 俺がしおしおと、彼女の食べ終わった食器を片づけに行こうとしたその時。


「不味いけど……これからも毎日作って」

「…………へ?」


 俺は突如として能美から放たれるそんな発言に驚き、素っ頓狂な返事をしてしまっていた。


「不味いけど……良いのか?」

「良くない」

「どっちなんだよ」

「うるさい」

「……」


 分からん。


 俺には能美みんが分からない。

 そこで俺は、一番重要なことを聞いてみることにした。


「なあ能美。お前、家には帰らないのか?」


 そう、これは大事なこと。

 現在の時刻は夜の九時で、これ以上同級生の女子を家にあげておくのは無理があるってものだ。

 今頃、能美の両親は心配してるに決まっている。


「きっとお前の両親が心配してる。帰りは家まで送るから、ほら――」

「もう黙って」


 一喝。


「黙ってじゃないだろ。これ以上家にいて、お前の両親が心配したらどうするんだ?」

「そんなの絶対ない」


 絶対ないとは、どういうことだろうか?

 俺は少し怒り気味に、言葉を続ける。


「確かに結婚って言ったのは俺の方だ。でも俺たちはまだ高校生。今すぐにだなんて思っていない」

「は? 何結婚とか抜かしてんの?」

「は?」


 息を荒げながら、能美は俺を見ていた。見つめていた。

 嫌なら今すぐにでも出ていけばいいはずだ。

 そもそも俺と何の接点も無かった能美が、結婚の承諾、急に俺の家に来て同居。

 事の発端は俺のせいだが、あまりにも全てがおかしすぎる。


「お前、このままずっとここにいるつもりか?」

「なに? 悪い?」

「悪いに決まってるだろ!」

「あたしに居られちゃ困るの? ならもういい、出てくから」


 そう言って、体を震わせている能美は、真っ暗な外へと足を進めようとした。


 視線はおぼつき、こっちが両親の単語を出すと形相が強張り、そして彼女はこのままずっとここに居ること望んでいるようだ。


 そして、彼女は何かとだと、俺は今まで攻略で培ってきた直感を働かせてそう確信した。


 だからといって、今の俺に何ができる?


 能美に訳を聞いたところで、恐らくは話してくれないだろう。

 それに、まだ高校生同士が同居とか無理がありすぎるだろ。


 それに、それに、それに――


 今の俺の脳内には、数えきれないほどの不安が渦巻いている。

 こういう時、ギャルゲーならどんな選択肢が出てくるだろうか?

 そして俺は、どの選択肢を選ぶだろうか?


《①優しい言葉をかけて家に引き入れる》

《②冷たい言葉で追い払う》


 どちらも無難な選択肢だけど、俺らしくもない。


 もう考えるのはやめだ。

 後先どうなろうと、知ったことか。


 心得その一、女子には常に優しく真摯であれ。だ。


 忘れたのか? 俺。

 逆ギレなんてみっともないことこの上ないだろ。

 そう、腹をくくった俺は、スーパーのナイロン袋からあるものを取り出して。


「全身下着姿で……か? とりあえずはこれ着て、今日はゆっくり寝ろ。変態」

「…………ジャージって……あんた、本当にセンスないわね」


 俺の目は、能美の表情が微妙に和らいだのを、見逃さなかった。


 

 

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