放課後
「今日、俺は、結婚を決意する」
じゃねえよ!
告白はした。
それが自身の失態でプロポーズにもなった。
そして俺、安達申一七歳。
うん、どうしよう。
年齢的に結婚出来ないんですけど!?
「まあでも……とりあえずは帰ってから考えるか」
ただの好奇心と、ギャルゲーに対する絶対なる自信から生み出された渾身のプロポーズを終えて。
予想道理、先程のプロポーズは光の速さのごとく校内を駆け巡り、俺の学園での居場所は早々になくなったので。
夕暮れの最中、鋼鉄のメンタル力を遺憾なく発揮した俺は現在、放課後の帰路へとついている。
「……と、その前に、確か今日新作が出てたよな」
ふと、今朝見かけたネットニュースのこと。
俺が最もやりごたえを感じているギャルゲーを手掛けたサークルから、どうやら本日新作が発売されるらしい。
もちろんどんな内容で、どんなヒロインが登場するのかはまだ知らない。
そして、そのサークルから発売されるギャルゲーのヒロインは、どれもが性格破綻者ばかりで人を選ぶものなんだが、俺からすればまさに砂漠のオアシスだ。
この不景気なご時世の中、市場に喧嘩を売りに来てるのかと言わんばかりのそのサークルはまさに至高そのもの。
今の俺の、唯一の生き甲斐と言っても差し支えないだろう。
◇◆◇
「いらっしゃいませー」
俺の住んでいる埼玉県には、ありがたいことに数多くのゲームショップが置かれている。
まあ、今時ゲームショップの一つや二つ珍しくもなんともないのだが。
「さてさて、新作コーナーっと」
俺の在籍する星野宮学園から徒歩二〇分、自宅から結構近い距離にあるゲームショップに着いた俺は、早速新作コーナーを物色していた。
様々なジャンルを目に優しくないポップが分け隔てているため、お目当ての物を探し出すのにはそんなに時間がかかることはなかった。
何せ、俺が今日買うギャルゲーは良い意味でも悪い意味でも口コミで話題だったからな。
「こんな、パッケージにでかでかと『あんたみたいなキモオタと同居とか、心底反吐が出そうなんですけど』なんて売り文句が書かれていたらそりゃね」
ジャンルは何の変哲もない学園ラブコメでよくある同棲ものらしいのだが、唯一他を圧倒する要素があるとすれば……
「この最悪な腹黒ヒロインだな」
「この最高な腹黒ヒロインよね」
俺はため息交じりにそう一言。
……ちょっと待て、今隣から声が聞こえたような。
そう思った俺は、隣を一瞥した。
「……」
「……」
目が合った。
どうやら隣の客も俺に気付いたらしい。
ぱっと見、不審者だ。まごうことなき不審者だ。
全身黒ずくめにサングラス、そして長髪に無理やり帽子を被せたのか、所々から金髪が顔を見せている。
それにやたらと胸が大きいことから、その黒ずくめが女ということが推測される。
女が、ギャルゲーを、買いに、一人で。
何とも響きの良い言葉だが、目の前にある新作のギャルゲーは残り一つ。
元々二次元の住人だった俺は、もちろん目の前の三次元女の胸を脳裏に焼き付け…………ることは毛頭なく、否応なしにギャルゲーへと手を伸ばした。
「もらったああああっ!」
そう叫びながら、俺は勝利の旋律を奏でる。
帰ったら早速ゲーム三昧だと。能美のことはそのあとにでも考えようと。
まあ、そんな幻想は現在俺の右頬をぶち抜いてくる女によって打ち砕かれたのだが……。
「あ、ごっめーん。わざと手が滑っちゃった」
「わ、わざとだと!? おいお前、急に人様を殴りやがって……」
「だって在庫が残り一個だもん。しかたないよねっ」
「仕方なくないわ! 在庫が一つだったら人を殴って良い理由になるのか?」
「うん!」
「うん! じゃねえよ!」
「まあ、それよりも私は、あなたの先程の発言にイラッときたから殴ったんだけどね」
何とも非常識極まりない黒ずくめ女に吹き飛ばされた俺は、床から腰を上げて話を聞くことにした。
「腹黒ヒロインについてか? そんなもの最悪に決まってる」
恐らくこの女が気に食わなく思ってるのは、俺の腹黒ヒロイン否定発言についてだろう。
「そう、そのことについてだけど、あなたね……本気で言ってるの?」
「本気に決まってるさ」
このギャルゲーのサークルから出る作品は、今日の新作で七本目だ。
その全作品を、もちろん俺はプレイしているし全ルート攻略済みだ。
なぜならば、このサークルのギャルゲーがあまりにも邪道で、何よりも最後にはヒロインを“可愛い”と思わせてくれるから。
それなのに。
「今回のギャルゲーは腹黒ヒロインときたもんだ。終始性格が悪いならともかく、表で良い子ちゃんぶって、裏では悪女とかもうそれヒロイン失格だから!」
今回、俺はこの店に来て、そして実際に作品を見て思った。
確かにこのサークルが作る作品は、毎回毎回良い意味で期待を裏切ってくれていた。
でも、今回のこれは何だ!?
ヒロインが腹黒?
いやいや、ありえんだろ。
「そ。ならこの最後の一つは私が買うことにする」
「いや、それは……」
確かに腹黒ヒロインは嫌いだが、プレイしてみないことには分からない。
そう思い、粘ってみるのだが。
「はあ? あなたはさっき、このサークルの作品を馬鹿にした。単純な愛の強さだけだったら私に分があるはずよ」
「……まあ、そうかもしれんな」
「ほら。だったら私に譲って、今回はそれで終わり。いい?」
「あ……うん」
三次元黒ずくめ女に圧倒された俺は、そもそも自分にコミュ力がないことを悟り、人生初のギャルゲー当日購入を逃すのであった。
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