結婚、相手は腹黒アイドル。学生です。

全人類の敵

告白

「お付き合いを前提に……俺と結婚してくださいっ!」


 時間にして昼休み。

 喧噪漂う教室の中で。

 俺はあることを悟っていた。


 飽くまで俺の見解だが、世の中に溢れているサブカルチャーの一部の媒体において、そのメインヒロインの性格は俺たち消費者にはどのように映えているかということだ。

 そんなこと、商売の利益が優先されるものだから大体のヒロインの性格は消費者に沿う形となっているのが現状。

 もっとかみ砕いていえば、ヒロインの性格が破綻し過ぎてるギャルゲーを誰が買いますか? という一つの疑問にしか過ぎないこと。


 ツンデレ気質な妹系であったり、高飛車なお嬢様だったり、ドエスなサディストだったりと、どれもが王道であるがそれに至るには根本的な消費者のニーズに答えていないと話にならないのが現状。

 性格が根から腐ったデレの一切ないヒロインと、普段の言動はきついがデレの見え隠れが激しいヒロイン。

 どちらが良くてどちらが悪いだなんて一様に断じてしまうことは出来ないけど、これがギャルゲーなら後者の方が圧倒的に受けが良いに決まっている。                                

 ……で、今俺の目の前にいるのはPCの画面越しで恥じらう二次元ヒロインでも何でもない。

 三次元の、それも俺の所属している学園のアイドル。能美のうみみんその人だからだ。


「……え、あの…………」


 沈黙。そして静寂。

 この学園の昼休みはたいそう賑やかなものだが、今日は別だ。

 つまるところ、俺こと安達申あだちしんは現在進行系で、学園のアイドルに告白しているのである。


「うぅ……」


 両手をすり合わせながら、もじもじと頬を赤く染める能美。


 これは好感触だ。


 俺はそこらの鈍感系朴念仁主人公とはわけが違う。

 ギャルゲーを愛し、ギャルゲーに愛された俺は遂に、三次元の女の子を攻略できるのかと、一人胸を躍らせていた。

 例えば、ここいらで選択肢が出現したらどんな感じになるだろうか?

 俺は今一度、考えを試みる。


《①そのまま相手の出方を窺う》

《②もう一度同じことを言う》


 こんなところか。

 まあ、ここは素直に①だな。

 第一、俺の告白が聞こえてないんだったらこうも大げさに照れはしないだろう。

 それなりに俺の真意が能美に伝わっていることの証明だ。


「け、けっこんって……」


 更に頬を赤らめた能美が、そう一言。

 確かに結婚とは言ったが、それは飽くまでも最終段階だ。

 恋愛が行き着く先を見据えれば、付き合うこと自体結婚の前段階みたいなものだからな。


 ……いや、ちょっと待て。

 なんだか周りにいる生徒たちから、プロポーズという単語が執拗に飛び交っているように聞こえてくる。


 どういうことだろう?


 俺は今日現在、能美に告白している。

『結婚を前提に……俺と付き合ってくださいっ!』と、そう思い切って言った。

 なのにも関わらず、いきなりプロポーズなどと解釈するなんて早計だ。

 なら、なぜこう能美はじっと無言のままでいるのだろうか?

 普段からモテまくりの彼女のことだ。

 たかが影の薄いギャルゲーマーの俺に告白されたところで、嫌でも良くてもすんなりと返事を返せるはず。

 だが、現状そうではない。

 そこで俺は、考えたくなかったことだが、自身の発言に問題があると仮定してみる。

 俺は緊張を必死に抑えつつ、勇気を振り絞って『結婚を前提に、俺と付き合ってください』と、そう言ったはずだ。


「…………」


 ちょっと待て。

 本当にそう言ったのか? 俺。

 そこで俺は、またまた勇気を振り絞って能美に聞いてみることにした。


「の、能美、俺って今何て言ったんだ?」


 と。

 これが俺の思う発言なら、大した深傷にならなくて済むのだが……逆の場合、俺はただの痛い奴になってしまう。

 自身のプロポーズが伝わらなかったと思い込んだ時、それを相手に、しかもダイレクトに確認する奴がいるか? ってな具合で。

 そこで俺は、視線をわたわたとさせた能美を捉えて、返事を待つ。


「あ、あのね……安達くんは今、私とお付き合いする前に結婚したいって……言ったの」

「…………へ?」


 迫りくる不安。自身の失態。

 どうやら俺はここに来て、肝心な告白のセリフを間違っていたらしい。

 能美の発言から察するに、『お付き合いを前提に、俺と結婚してください』といった感じだろうか。


 どうしろと!?

 この俺に一体どうしろと!?


 今の俺は、教室に集まるギャラリーの多さと目の前で赤面している学園のアイドルの両方に充てられて、冷や汗が物凄く、そしてじんじんと釘で心臓を打ち付けられる様な気迫に圧倒されていた。


 俺の学園生活、もう終わりだと。

 終わりなんだと。


 そう悟った時、そもそも俺は学園ではいつもぼっちだし、ギャルゲーしかしてなくて元々気持ち悪がられていたし……そう思えば、俺の学園生活なんてものは元々終わっていたのかもしれないな。

 消沈しながらも、さすがに自身の作った現状を放置して立ち去るわけにもいかないので、俺はただただ返事を待っていた。


 何が好感触だよ馬鹿野郎。

 ただ、いきなりのプロポーズに動揺してただけだよ馬鹿野郎。

 そんな具合で、心中に宿る煮え返らない思いをひっそりと隠しながら待っていると。


「……よ、よろしくお願い……します」


 今にも消え入りそうな声で、能美みんはそう言った。

 今何て言った? なんて野暮なことは聞かない。

 さっきも言ったが、俺は鈍感系朴念仁ではない。

 あまたもの二次元の女の子を攻略してきたのであれば、三次元の女の子のまた然り。


「私を…………素敵なお嫁さんに……してねっ」


 俺の手を取った能美。

 押し寄せてくるギャラリーからの罵声や非難の嵐。

 今日、俺は、結婚を決意する。

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