第11話 歓楽街

 ノクスや、イアンの母親に出迎えられたクリスとイアンは、保護者達の表情を見て大層心配をかけたのだと感じとった。

 今にも泣き出しそうな面持ちのノクスは、クリスに駆け寄りその痩身を抱きしめ、大きく安堵の息を零す。よかった、と何度も呟いて力強くクリスの体を抱き寄せたあと、肩に手を添えてクリスのことを真剣な瞳で見つめる。


「よかった、本当に……!」

「…………ぁ、えっと……」

「どこに行ったのかと心配したんですよ、家のどこにも、シン様がいないから……!」

「……ご、ごめん、なさい……」


 普段の落ち着いたノクスとほ大きく異なる態度に、目頭が熱くなって泣きたくなるような気持ちになった。だけど涙はぐっと堪えて顔を伏せたまま、なんとか謝罪を口にした。

 一方でイアンは母親から叱責を受けており、厳しい声がクリスの耳にも届く。


「あんた、何勝手にシンくん連れ出してるの! ノクスさんだって心配するし、シンくんにも迷惑でしょ!」

「う、えっと、ごめんなさい……」

「遊びに行くなとは言わないけど、せめて誰か大人にちゃんと言ってからにしなさい! なにかあったらどうするの! あんたに何かあったら父さんも母さんもみんな心配するんだから!」

「……っ、はい、ごめんなさい……」


 母親に厳しい目を言葉を向けられているイアンは、耐えるように口元を歪ませ、説教故か上から見下ろしている母親の目線から逃れるように顔を伏せている。発する声にもいつものような元気さは一切無く、今にも泣き出しそうな声で返事をしていた。

 それを見ていたクリスは堪らず口を挟む。勝手に連れ出した、という言い方ではイアンだけが悪いように聞こえてしまう気がして、クリスは嫌だった。確かに誘ってきたのはイアンからだが、ついて行くと決めたのはクリスだ。イアンだけが悪いなんてことはありえない。


「あの、イアンの、おかあさん……」

「シンくん……今日はうちの子のせいでごめんなさいね。この子結構強引だから……」


 体を強ばらせながらイアンの母親に声をかけると、彼女はクリスに目線を合わせて屈んでくれた。クリスは、彼女の言葉にゆっくりと首を横に振る。


「さそってくれたのは、イアンだけど、ぼくも、気になって、あそびに行ったから、イアンだけがわるいわけじゃ……ないと思う……」

「そう……でも、大人になにも言わず遊びに行くのは良くないからね。何かあったら危ないし……」

「ごめんね、シン。ちゃんと、お母さんに、言えばよかった……」

「だいじょうぶ、ぼく、だいどうげい見られて楽しかったから」


 イアンの母が言うこともよく分かる。イアンもクリスも、誰に何も言わず書き置きもなく外出した。それは確かに危険なことである。簡単に他者とやりとりできる術もない中でかなり考えが甘かったことは事実だが、それでもどうせ怒られるなら自分も……という意識があった。イアンだけが怒られるのは不公平な気がした。

 結局、二人とも相応のお説教を受け、今度遊ぶ際の約束事を決めた。これで話はおしまい――かと思いきや、ずっと泣きそうな顔をしていたイアンが、言いづらそうにノクスに声をかける。


「あ、あのね、ノクスさん。ぼく、ノクスさんに、あやまらなきゃいけないことがあって」

「はい、なんでしょう」


 大事な話だと理解したノクスは、クリスの手を繋いだままイアンの前にしゃがみこむ。

 ノクスの落ち着いた表情を見て、しどろもどろにイアンはか細い声を発する。


「えっと、あの……その、シンのおまもりが、どっか、いっちゃって……」

「……えっ?」

「あ、そうなの、ぼくのおまもり、知らない人がもってっちゃって……」

「ちょっとイアン、どういうこと?」

「えっとね、大道芸が終わってからね――」


 イアンとクリスの報告に目をみはったノクスは、そのまま二人から詳細を聞き、眉をひそめ目線を落とす。その様子は、クリスとイアンからすればかなり不安を煽られるものだった。信じてもらえるかどうかなんて話ではない。信じてもらえているからこそ、その反応になるのだろう。やはり自分たちはとんでもないことをしてしまったのだという焦りが、クリスとイアンの胸中を支配する。胸がバクバクと高鳴って、無意識に手に力が籠った。

 その焦燥で満たされた空気を破るように、イアンの母が恐る恐るノクスに声をかけた。


「あの、ごめんなさいねノクスさん。お守り……」

「あ、いえいえ、大丈夫ですよ。すみません、不安にさせてしまって。……きっとお守りがシン様を守ってくれたんですよ」


 彼女の声で現実に引き戻されたらしいノクスは、慌てて取り繕う。続けて外出のこともお守りのことも特に気にしなくていいと伝えて、今回は帰宅することになった。

 家に到着したクリスは、ノクスに擦りむいた箇所の手当を受けながら、改めて謝罪する。


「あの、ノーさん、ごめんなさい……」

「大丈夫ですよ。心配しましたし、お守りのことは驚きましたが、貴方が無事であることが何より大切なので」


 手際よく膝を消毒しガーゼを貼りながら、クリスに優しげな言葉を向ける。その反応にクリスはほっと胸を撫で下ろした。


「カイル様も、この話を聞いたら驚き、とても心配するかもしれません。でも大丈夫、貴方に酷いことをしたり、言ったり、そういうことはしないと思いますから」

「そっか……」

「はい。――さて、これでもう大丈夫。ガーゼは暫く剥がさないでくださいね」

「う、はい」


 ノクスの話に返事をしながら、クリスはガーゼが貼られた両膝を眺めた。

 因みに、この後クリスはノクスに家の合鍵を受け取り、鍵の使い方を教わった。


「家の鍵が開いてて、とてもびっくりしたんですよ。今まで教えなかった私が悪いので、シン様は気にしなくていいのですが」


 困り眉でそう言われて、クリスはここで初めて鍵をかけるという発想がなかったことに気づいた。何も言われていなかったからとはいえ、少し負い目を感じて俯きながら、手のひらに乗せられた小さい銀色の鍵をノクスの鍵がしまわれた引き出しと同じようにしまうことにした。



 それから数時間後。空に少しずつ夜の色が広がりつつある頃。スカーフではなくいつものマフラーを首に巻き、手土産のお菓子を片手にノクスの家を訪れたカイルは、二人からの報告を耳にし、自らの大きな目を溢れんばかりに見開いた。続けて顔を青ざめさせたカイルはクリスに駆け寄り彼の腕を掴むと、うれわしげな瞳で覗き込む。


「一人で外に出るなんて、そんなことしたらダメだよ! 危ないんだから! 大丈夫? 擦りむいたところ痛くない?」

「……うん、だいじょうぶ……、……あの、おまもり、ごめん……」

「それくらいいいよ。そりゃ、ちょっと残念だけど、クリスが無事な方が大事なんだから。ほんと、大した怪我じゃなくて良かった……これでクリスが大怪我してたら、ほんと、どうしようかと……。お願いだから、あんまり危ないことしないで」

「……うん、ごめんね。でも、だいどうげいとても楽しかったの。イアンがさそってくれて、うれしかった。だから、あんまりイアンのこと、おこらないでほしいの」

「それは……まぁ、わかったよ。クリスが楽しかったなら、それはそれで良かったから。……だけど本当に、危ないことだけはしないでね」


 カイルの白い手がクリスの黒い手を握る。悲痛げに訴えるような眼差しに少しばかり怯みそうになったが、そのまま翡翠の目を見つめたまま頷いた。カイルの目を見ていると、時々薄ら寒くなるようなそんな気持ちがして、少し不気味だった。

――カイルにたいして、ぼく、なにかんがえてんだろ。へんなの。

 その不気味な感覚を追い出したクリスの不思議そうに見やったカイルは、お守りについての話に切り替えた。


「しかしお守りが無くなっちゃったのは……ちょっと残念だなぁ。どんな人が持っていったとか、覚えてる?」

「……あんまり、わかんない」

「そっか、じゃあ仕方ないね。……なんであれ、早いうちにお守り持ってくるから、待っててね」

「……うん、ありがと」


 悲しげに首を振ったクリスの返答に、カイルは困ったようにそんなことを言いながら、クリスの手を握り頭や頬を撫でた。頭を撫でられ、クリスは口角を僅かに緩める。

 その後、ノクスが淹れてくれた紅茶と、カイルの手土産のお菓子を嗜みながら外出時についての約束を改めて伝えられた。

 まず、一人で外出してはいけないといっていたことについて。今回イアンと外出したため確かに一人ではないが、保護者に相当する人物がいないため、推奨されるものではない。カイルやノクス、もしくは友人の親などそういった人物がいると良いという。

 とはいえ、毎回必ず保護者が付き添える訳では無い。その場合、必ず書き置きをすることになった。誰とどこで遊んでいるのか、基本的なことでいい。それがあるとカイルやノクスも心境が違う。ただ、その場合絶対お守りを持っていくようにとも付け加えられた。

 今はお守りがないため、外で遊ぶのも制限されるかもしれない。その話に思わず悲しげに顔を曇らせたクリスだが、紅茶で唇を湿らせたカイルが力強く言い切る。


「大丈夫。明日ちゃんと持ってくるから安心して!」

「え、ほんとに?」

「ほんとだよ。クリスも、外に出られないのは嫌でしょ?」

「うん、やっぱり、そとで、あそびたい」

「だよね。だから、明日、楽しみにしててね」

「うん!」


 自信ありげな様子のカイルの様子を見て、クリスは笑顔で頷いた。一方でノクスはどこか不安げな面持ちでいたが、彼はその事については口を挟まず菓子を口にした。

 真面目な話は終わり、暫く歓談に興じていた三人だったが、気づけばもう夕飯の時間が近くなっている。

 手荷物を纏めて子供らしい笑顔で手を振ったカイルに負けじとクリスは手を振りかえす。その傍らで、ノクスは、何かを憂慮する様子でカイルの背を眺めていた。



 クリスたちの住居を後にしたカイルは、多少暗くなった空の下を駆ける。目的地は自分の家ではなく、歓楽街だった。音楽ホールや酒場も多く、夜だというのに非常に明るい。また、場所によっては電飾が施され更に明るく目に痛い時もある。

 歓楽街には露出のある服を着た女性や酔っ払いも多く、中には明らかに異常者と判断できる者もいた。当然カイルのような年齢の子供には似つかわしくない場所であり、人混みの中を歩けば歩くほど、周りの人間がカイルに目を向ける。明らかに自分が浮いていることを感じながら暫く歩いていると、中年の酔っ払い三人組が声をかけてきた。


「おいおいぼっちゃん、こんなところでひとりでどうした? あんたのお母ちゃんはどこいったんだよ?」

「もしかして宿にいるのか?」

「いやいや、流石に違ぇだろ、この子、どう見てもいいとこの子じゃねえか。それに、あぁいう宿言われてもわかんねぇだろ」

「なんでもいいけどよーぼっちゃん、このへんにくんのはぁ、やめときな? ぼっちゃんみたいな子がくるには早すぎるぞ?」


 明らかに酔っていると分かる男性達は、酒臭いにおいを放ちながらカイルの周りで大きな声で会話をする。その様子に内心辟易へきえきしながら、困った素振りで声を上げた。


「あの、ぼく、ひとにあいにいくんです。おとうさんとか、おかあさんとかじゃないんですけど」

「はぁ……その人はこの辺にいんのか」

「はい。どのみせにいるかもわかってます。だから、へいきです」


 笑みを浮かべて言い切ったカイルに、男性たちは暫し顔を見合わせたあと、心配になったのかカイルの前に不安そうにしゃがみこむ。その際にバランスを崩した彼だったが、なんとか体勢を取り戻しカイルに質問にする。


「ほんとうに……ほんとうに大丈夫かい?」

「はい」

「その、捜してる人がいるお店まで、おっちゃん、ついてこうか?」

「おいおい、こんな酔っ払いがついてったって嫌だろ、なあ?」

「ありがとうございます。……でも、大丈夫です。すぐそこなので。おじさん、ありがとうございます」


 真摯に言ったカイルに対して、男性達は暫くあれこれ言っていたが、じきに諦めたのか、充分気をつけるように、何かあったらまともそうな大人を頼れと念を押してカイルを送り出した。不安げな男性達にもう一度礼を述べて、青いマフラーを靡かせ、カイルは急ぎ目的地に向かった。


 目的の酒場が見えた頃。カイルは酒場から出てきた二人組の男を見つける。彼等こそカイルが捜していた相手だ。日中、広場でクリスやイアンと揉め、クリスの腕輪を取り上げた者たちである。

 茶髪と金髪の男性二人は相当酒に酔っているようだ。陽気な声色で、どこか下品な話をしながら多少覚束無い足取りで歓楽街を歩く。一定の距離を置いて彼等をしばらく観察したあと、無邪気な子供を装って声をかけた。


「あの、おにいさん」

「ん? なに……って子供? こんなとこでどしたんだ……?」

「このあたり、君みたいな子にはまだ早いんじゃねぇか?」

「さっさとお母さんのとこに帰ったらどうだ?」


 足を止め振り向いた二人は、少し驚いた様子でカイルを眺める。先程の中年男性達と似たようなことを口にし、体をゆっくり揺らしながらニヤニヤと憎たらしく口元を歪めている。その態度に少し腹立たしく思いながら、苛立ちを顕にすることなく質問を投げかける。


「あの、ぼく、おにいさんたちに、ききたいことがあるんだけど……」

「……何? いいけど、答えられるかわかんないよ〜?」

「えっと、おひるくらいに、だいどうげいがきてたひろばに、おにいさんたちいたよね? こくじんのおとこのこふたりと、はなしてたよね。そのときことって、……おぼえてますか?」


 相手の心理に訴えかけるようにゆっくりと問うと、その男性達は困惑し首を捻ったあとぼそぼそと何かを話し合う。何度かやり取りを交わした二人は、結論を出し合ったあと一度肩を竦め、カイルへとこう言い切った。


「……ごめん、なんの話?」

「えっ」

「いや、昼間確かに広場には居たと思うんだけど、何してたか全く覚えてなくって……黒人の子供と話してた? とかマージで覚えがねぇな……。お前は?」

「俺も覚えてねぇわ。そもそも酒飲み始める前の記憶がほとんどねぇ」

「……は?」


 頬をポリポリと掻きながら口にした言葉に、カイルは取り繕うことも無く低い声をこぼした。それだけ目の前の者たちが何を言っているのか理解ができなかったのだ。彼等から反省や謝罪の言葉なんて引き出せないとは予想していたが、まさか当時のことを覚えてすらいないとは。これは酒に酔っている現状も大きく関係しているだろうが、カイルにはそんなことはまるで関係なかったのである。


「えーと、聞きたいことって、それ? だったらもう、いいよな……?」

「あー、うん、ありがとう。ごめんね、おにいさん」


 笑顔を浮かべて返したが、頭に血が昇りそうになり体の奥からとんでもない怒りが込み上げてくる感覚がある。自分でもよく笑顔で返せるなと感じながら、震えそうな握り拳に力を込めた。

 そして、男性達がカイルに背を向けた直後、あどけない笑みは消え失せ、怒りの色を面に出す。

 脳裏に、ノクスとのやり取りが思い起こされる。『短絡的になってはいけない』『危害を加えるものを皆殺しにする行為は良くない』――そういった彼の言葉が響くが、カイルの激情はその言葉では抑えきれなかった。

 そして、怒り心頭のままに静かに指を弾く。

 その瞬間、周囲からあっという間に群衆が消滅した。風景は歓楽街のままな変化は無いが、通行人や呼び込みの人達が一瞬で姿を消し、静寂が満ちる。空間が切り取られたのか空に一筋の切れ目が入り、まるで世界に三人しか居ないような奇妙な光景が広がった。

 やがて、前方にいる男性達も周りの異様な光景に気づいたようで、困惑と動揺を顕にし騒ぎ始める。ぎゃあぎゃあと響く耳障りな声を聞き流しながら、カイルは静かに男性達に歩み寄る。その最中、ズボンのポケットから折りたたみナイフを取り出したかと思うと、躊躇なく茶髪の彼の背に切っ先を差し込んだ。根元まで押し込んだ刃をぐるりと回して引き抜くと、ぐちゃりと中身が混ざる音が聞こえる。


「……え? なに、なっ……っ――」


 茶髪の男性は驚愕に目を見開いた後、一気に顔を青くし、口や鼻から血を溢れさせてそのまま地に伏した。その拍子に金髪の男性やカイルに返り血が付着したが、カイルは特に気にする様子はなく茶の頭を何度も刺す。それを呆然と見ていた金髪が、顔を青くしながら倒れた彼の名前を叫ぶ。


「おい、おいしっかりしろよ……! っ、テメェ、こ、こいつに、何すんだこのクソガキ……!」


 虚勢を張るようにカイルに怒声を浴びせるが、男性の体は震え、怯えているのは明らかだった。そんな相手を馬鹿馬鹿しく思いながら、カイルはぽつりと呟く。


「貴方たちが、クリスのことを覚えてすらいなかったからじゃないですか」

「は、はぁ!? なに? だっ、だれ、誰!?」

「恐らく反省してないんだろうなってのは、思ってました。クリスが自分のものだって主張してる腕輪を取り上げたところで、貴方たちは悪いことをした自覚はないんでしょう。そりゃそうですよね、クリスみたいな子が立派な腕輪持ってたら怪しいですよね。そこは僕のミスです。でも、それを覚えてすらないってなんなんです。酒のせい? そんな言い訳知りませんよ」

「いや、あの、その、ご、ごめんなさい……あの、た、わるかった、わるかった……」


 誰に言うでもなく、呆れた声色でつらつらと言葉を述べたカイルは、ナイフをくるくると振り回しながら男性に近づく。その歩みから逃げるように男性は少しずつ後退りをしていたが、途中で足をもつれさせ転倒する。尻もちをついた彼は、青い顔で何度も謝罪の言葉を口にした。だが、それをカイルはそれを聞き入れる様子はなく、彼の目を一閃斬り裂いた。つんざくような悲鳴を上げた男性は顔を押さえてのたうち回る。


「貴方それ、何に対して謝ってるんです? とりあえず助けて欲しいから言ってるだけですよね? そもそも僕に謝ってどうするんですか。どうせ謝るならクリスに謝ってくださいよ。ただ、そんな機会与えませんし、最初から貴方たちのこと許すつもりも生かして返すつもりありませんけどね」


 場に合わぬ笑みを浮かべながら、のたうち回る男性を見下ろし、刃を向ける。そして幼児とは思えぬ力で彼を押さえつけ、馬乗りになったかと思うと、八つ当たりと言わんばかりにその顔を刃で切り刻んだ。

 閉鎖空間の中には、異物を切り刻む音と、男性の悲鳴が響き渡っていた。


 少しして、物言わぬ亡骸になった男たちの傍らで、返り血を浴びたカイルは溜め息をつく。刃に着いた血を拭き取り収納し、額に滲む汗を拭い指を弾く。

 すると頭上に一閃切り込みのようなものが入り、先程までいた歓楽街に変貌していく。同時に倒れた二人分の亡骸とカイルの顔や衣服に付着していた赤色が消え失せる。

――これでひとつ終わった。次は……川の方かな。

 頭の中で次の予定を組み立てながら来た道を戻っていると、行きがけに会話した中年男性たちが声をかけてきた。どうやらまた別の酒場を後にした頃らしい。あれからまた飲んだらしい様子に驚きながら、カイルは男性達を見上げる。


「あんた、さっきの子だろう? 大丈夫か? 捜してた人には会えたのか?」

「はい。ちゃんと、あえました。ありがとうございます」

「それならよかったけど……これでもおっちゃん達心配したんだよ。ここにはおっちゃん以上におかしな奴もいっぱいいるからな」

「どうせなら、こんなとこはもっと大きくなってから来るんだぞ」

「真っ直ぐ家に帰りなさい。家族も心配するだろうに」

「はい、そうします。おじさんたち、ありがとうございます」


 カイルのことをただの子供もとして見ている彼等は、純粋に心の底からカイルのことを心配しているのだろう。この子供は、ついさっき人を殺してきた異常な子供なのに、カイルの方が彼等の言う『おかしな奴』に近いというのに、そんなこと微塵も思わず話しているのだろう。その事を少しだけ面白く思いながら、カイルは中年男性たちに別れを告げ、歓楽街を後にした。

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