タラレバ~Revenge~

PeDaLu

第1話

あの日、私はすべてを知った。一途で歪んだ愛。



===1===



白石めぐみ、21歳の大3年生。

高校時代からとある男に記憶を改変されて逃げられないでいる。

言ったことないはずなのに言ったことになってる。

断ったハズなのに断っていない。

喧嘩別れしたハズなのに別れていない。

他にも思い当たる節は多々ある。


怖い


そんな思いだけで彼と仮面の笑顔を被って過ごす毎日。

前期試験も無事終わり、大学2年の夏休みに入ったところ。

また橘くんと長い夏季休暇を過ごさなければならないことが憂鬱で仕方がない。そんなとき


「リベンジ、したいかい?」


帰り際、家の前で声をかけられた。

だれ?なんで私の家を知ってるの?橘くん、ではなさそうだ。


「え?佐賀……くん?」


「リベンジ、したくないのかい?君の平穏な生活を奪ったアイツ、橘に」


「え?」


どういこと?奪った?リベンジ?あれは橘くんの仕業だったとでもいうの?

そんな。記憶を改ざんされたような気がするけど、そんなのは私の思い過ごしかも知れないのに。


「どうなんだい?」


崩れ去った私の思惑が脳裏を駆ける。頭に血がのぼる。


「したいわよ!そんなことが出来るのなら!!でもどうやって!?過去にでも遡って仕返しでもするの?そんなこと出来るわけないじゃない!いい加減なこと言わないで!」


ひとしきり叫んでも佐賀くんは冷静だ。


「君はなぜ、私がリベンジしたくないのか?と聞いた、いや、聞けたことには疑問をもたないのかい?」


「あ……。」


確かに。なぜ佐賀くんは私の思惑通り一人でいられなかったことを知ってるんだろう。

やっぱりあれは佐賀くんの仕業とでもいうのだろうか。


「もう一度聞くよ。リベンジ、したくないのかい?」


「…したい……できるものならしたいわよ!昔も、今もなかったことにしたいわよ!!」


「分かった」


そう言って佐賀くんは一つの箱を前に差し出した。いたって真面目のようだ。

私は黙ってそれを手に取る。


「なに?これ」


「それはタラレバスイッチというものだ。詳しくは中に入っている取扱説明書を読んで欲しい」


それだけ言い終えると佐賀くんは去っていった。


「ちょっと!」


引き留めようとしたが軽く右手を上げて交差点を曲がって行ってしまった。追いかけようとしたが右手に持った箱が気になって追いかけるのをやめた。


家に帰ってリビングのテーブルの上に箱を置く。なぜだか心の準備が必要な気がして先にシャワーを浴びてきた。


「すぅーーーーふぅーーーー」


大きく深呼吸。

ただのびっくり箱だったら笑いものだ。


「スイッチ?」


小さな銀色の箱に赤くて丸いスイッチが付いている。箱の底には取扱説明書と保証書が入っている。



================================================================

・このスイッチは過去の選択を再選択出来るスイッチである

・使用可能期限はチュートリアル終了後からの1年間

・使用可能回数制限は3回

・1年以上遡っての再選択は出来ない

・利用可能条件外での利用も使用回数にカウントされる

・一度再選択した選択肢を更に再選択することは出来ない

・自ら行った選択以外は再選択することは出来ない

つまり、他人の選択や、選択を行っていない事象の変更は出来ない

・人の生死に関わることについても、再選択可能だがその時に「心から愛している人」に対しては無効

・スイッチを押すと過去に遡るのではなく、別選択をした後の現在時間位置のままとなる

・スイッチを押す前から現在までの後悔の記憶だけは残るが、新たに選択してから現在までの記憶は残らない。

従って、再選択の後に何が起きたのかは自身で確認する必要がある

なお、再選択しても同じ結末となっている可能性も考えられる

・一度に複数の再選択を行うことは出来ない

例えば試験が失敗だったので前日にもっと勉強していれば、という再選択は無効。特定問題の解答再選択しか出来ない

・尚、このスイッチについて他人に知られた場合にはすべての再選択はキャンセルされるので注意して欲しい


《チュートリアル》

1.折り紙で鶴を折ってください。


2.折り終わったら「あの時、亀を折っていたら。。」と強く念じながらスイッチを押しください。


チュートリアルは以上です

================================================================


【保証書】

(1)本機は利用開始から10年間の保証がつきます。

(2)なお、保証期間内に故障して無料修理を受ける場合には、本機および本保証書を販売店に持参、ご提示の上、販売店に修理をご依頼ください。

(3)保証期間内でも次の場合には有料修理となります。

(イ)使用上の誤り、または不当な修理や改造による故障及び損傷

(ロ)お買い上げ後の移動、落下等による故障および損傷

(ハ)火災、地震、水害、落雷、その他の天変地変、公害、塩害による故障および損傷

(ニ)特殊な条件下等、通常意外の使用による故障および損傷

(ホ)故障の原因が本製品意外にある場合

(ヘ)本書のご提示がない場合

(ト)本書にお買い上げ日、お客様名、販売店の記入のない場合、あるいは字句を書き替えられた場合

(4)本書本製品は、日本国内においてのみ有効です。




めぐみは書いてあったチュートリアルをやってみた。

亀だ。鶴ではなく亀がそこにある。間違いない。これはホンモノだ。


「なによこれ……。もしかして橘くんはこんなものを使っていたっていうの?それなら私の記憶がおかしいのも納得が出来るわ……」


でも「尚、このスイッチについて他人に知られた場合にはすべての再選択はキャンセルされるので注意して欲しい」って項目があるのに私がここでそのことを知ってしまっても、あの記憶がキャンセルされないことを考えると、使用回数を使い切ったか、保証規定を守らなかったのか、どちらかなのは間違いないわ。


ただ、、、仮に私がこのスイッチを使って橘くんから逃げようとしても、私と同じように彼の記憶は改ざんされるものの違和感が残ってスイッチを使ったことがバレたら……。スイッチのすべての効力がキャンセルされてなかったことになってしまう。


どうすれば……どうすれば逃げられる?


その日は夜も眠れなかった。

現在は両親に心配はかけられないと思い、大学からは一人暮らしがしたいと頼み込んで一駅離れた場所で一人暮らしをしている。

翌日からは実家に帰ると橘くんに伝え、つかの間の自由を満喫する。はずだったのだが、このスイッチの使い方を考える時間で終わってしまった。


一つ一つ検証しよう


「・このスイッチは過去の選択を再選択出来るスイッチである」

間違いない。私自身が証明者だ。鶴と亀の件もある。


「・使用可能期限はチュートリアル終了後からの1年間」

昨日、チュートリアルを終了してるから使用可能期間はあと364日。来年の8月1日までだ。


「・使用可能回数制限は3回」

チュートリアルはあくまでチュートリアル。使用回数には含まれないだろう。あと3回使えるはずだ。


「・1年以上遡っての再選択は出来ない」

そもそも橘くんと出会わないのが一番だが1年以上前の選択になるのでこれは不可。


「・利用可能条件外での利用も使用回数にカウントされる」

これは特に考えることはない。ルール違反しなければ良いだけだ。しかし、無駄には出来ない。


「・一度再選択した選択肢を更に再選択することは出来ない」

やり直しのやり直しはできないということね。


「・自ら行った選択以外は再選択することは出来ない」

橘くんの選択を変更することは出来なということね。


「・人の生死に関わることについても、再選択可能だがその時に「心から愛している人」に対しては無効」

なによこれ。私は去年事故にあっている。轢かれて意識が薄れていく記憶と奇跡的に轢かれなかった記憶。恐らく橘くんがスイッチを使ったのだろう。私が生きてるということは、橘くんは私のことを「心から愛していない」ということなの?

こんなに私を束縛して人生を無茶苦茶にしてるっていうのに!?


「・スイッチを押すと過去に遡るのではなく、別選択をした後の現在時間位置のままとなる」

!!

そういうことだったのね。私の記憶もおかしなことになっていたけども、橘くんも様子がおかしかったのはこの制約のせいだったのね。つまり、私の勘違いということにして橘くんの思惑を無視すればあんなことにはならなかったということなのね。くやしい。


「・スイッチを押す前から現在までの後悔の記憶だけは残るが、新たに選択してから現在までの記憶は残らない。従って、再選択の後に何が起きたのかは自身で確認する必要がある。なお、再選択しても同じ結末となっている可能性も考えられる」

な……によ……これ……。それじゃ。橘くんは私が事故で死んでいたとしたらそれを知ってるの?救ってまで私を束縛し続けてるの?誰のせい?あなたがあの日私を呼び出さなければ!あなたのせいなのに!!


「・一度に複数の再選択を行うことは出来ない。例えば試験が失敗だったので前日にもっと勉強していれば、という再選択は無効。特定問題の解答再選択しか出来ない」

これはわかるわ。こんなことが出来たら1年間すべての失敗の選択をやり直せるもの。


「・尚、このスイッチについて他人に知られた場合にはすべての再選択はキャンセルされるので注意して欲しい」

ここ。これが一番重要。

橘くんはこのスイッチの存在は知ってるはずだから、直接橘くんの選択を変更して……あ、他人の選択は変更できないんだった。ええと、私の選択を変更した場合、変な違和感を感じてスイッチを使ったのがバレてしまう可能性がある。



あとは……、保証規定


これは最初の「本機は利用開始から10年間の保証がつきます」ってやつだけが引っかかるわね。

このスイッチの利用期限は1年間。なのに10年保証。チュートリアルを9年間放置できるという意味なんだろうか?その他の保証内容はこのスイッチが壊れた場合についてしか明記されてないし。


そうだ。販売店と購入日


「2021年8月2日 白石めぐみ SAGA Corporation」


SAGA Corporation……、検索しても出てこない。なにかの組織なんだろうか。だとしたら私以外にもこのスイッチを持ってる人がいるってこと?

お買い上げって書いてあるし、買えるってこと??


《大橋さやか》

22歳大学4年生

白石めぐみの先輩。同じ高校の出身で、試験のノートをもらったのがきっかけで仲良くなった唯一の女友達。

「毎年似たような問題を出す教授が多いから、去年のノートがあると便利よ」図書館で試験勉強に悶絶していた私にノートをくれた優しい人。



そうだ。さやか先輩にスイッチのことはバレないようにして、なんとなく相談してみよう。

早速電話しよう。


「あ、さやか先輩ですか?今大丈夫ですか?」


「あー、これからバイトだから今日の夜にこっちから連絡するわ」


「わかりました。それじゃ夜に」


はぁ…、


めぐみは実家のベッドに倒れ込み、目を閉じて高校時代を思い出す。

どこ?どこでこのスイッチを使われたの?


確実なのは


・私と付き合ってみない?


と言った、、いや、言わされたこと。

これが原因でその後に「私の彼氏なんでしょ?」なんてことを言わされたのだ。


もう一つは


・部室に出した退部届を回収してしまったこと


あと一つは?分からない。

でも、最初に「私と付き合ってみない?」って言わされてからもうとっくに1年以上経ってる。一つ再選択を残していても使用期限を経過して使えないはずだ。


ただ、ひとつ気になるのは保証書の言葉

「本機は利用開始から10年間の保証がつきます」

これだ。


仮に、選択の効果が10年間有効になる保証だとしたら。

私を長期間束縛する何らかの選択肢を最期に再選択しているとしたら。

今の状況を鑑みるにこの再選択は成功していると考えるのが妥当だ。その場合、


「あの時束縛していれば長期間に渡って私を束縛出来たのに」


という後悔の記憶のみが残っていて、今の橘くんは自らの意思でその後も私を本能的に束縛していることになる。

スイッチのことも覚えていないはず。


怖い


やはりあの人からは逃げることは出来ないんだろうか。逃げ道が思いつかない。


~~~~♪


電話。さやか先輩かな。


!!


橘くん……。


「こんばんわ。白石さん。今、近くにいるんだけど出てこれない?ほら、高校近くのファミレス。待ってるよ」


それだけ言って電話が切れる。

ここで私が行かないという選択もある。でも行かなきゃいけない衝動でいっぱいだ。


!!!


橘くんは「まだ」次のツイッチを持っている???しかも複数。

そう考えると今までも継続して束縛されるが納得できる。


逃げられない。

ここでファミレスに行かないという選択は私にはない。行くしかない。


「やあ、こんばんわ。白石さんの家に行ってよかったんだけど、こんな時間だしね」


そう思うのなら、こんな時間に呼び出さないでよ……。


「んーーー、で?なんの用事かな?」


「いや。用事ってほどじゃないんだけども、なぜか君が遠くに行ってしまう予感がして不安になったから会いに来ただけだよ。でも良かった。普通に会えた。なんか安心したよ」


怖い怖い怖い怖い。


この人は確実に複数のスイッチを持っている。

その証拠に「ここでファミレスに行かないという選択は私にはなかった。行きたくない」という自分の意志とは真逆の行動をしている。こんなに手軽に使うなんて一体何個持っているの。

しかも、私もスイッチを手に入れたと思っている節がある。

いっそここでスイッチのことを尋ねて橘くんのスイッチ効力をすべて消し去ってしまおうか。私のスイッチも使えなくなるけども。

でも……でも、


「あの時束縛していれば長期間に渡って私を束縛出来たのに」という後悔の記憶のみが残っていて、今の橘くんは自らの意思でその後も私を本能的に束縛しているとしたら、すべてのスイッチ効果を消し去っても、無駄だ。永遠に付きまとわれる。

そもそも複数のスイッチを持っているとしたら効力を無効化出来るのは一つだけ?全部?

不確実だ。こんな不確実なことに私のスイッチを使う訳にはいかない


「どうしたの?白石さん?こんな時間に呼び出すなんて不謹慎だったかな。ごめん。ご両親も心配するよね」


そしてコーヒーだけ飲んで「お会計は先に済ませておくから」とだけ言って帰っていった。


~~~~♪


あ、さやか先輩だ。


「ごめーん。やっとバイト終わったよ~。店長に残業頼まれちゃってさぁ。で、なんの用事だったの?なんか真剣な感じだったけど」


「あ、さやか先輩、大変申し訳無いんですが今から高校近くのファミレスまで来れますか?」


「今から?行けるけどどうしたの?電話じゃダメなの?」


「会って!会ってお話がしたいんです」


「分かった!ちょっと待ってて!今駅なんだけど、自転車で飛ばして行くから!」


「だめ!!さやか先輩!ゆっくり、ゆっくりで良いです。安全第一です。お願いですから」


あのことが脳裏に浮かぶ。私がさやか先輩を誘うようにスイッチを使っていたとしたら。

(自分がコーヒーを飲むだけで帰る、と改変すれば出来ないことじゃないかも知れない)


「なぁにぃ?早く会いたいんじゃないのぉ?」


「早く会いたいですけど、ゆっくり安全運転でお願いします!絶対に!」


絶対にさやか先輩を巻き込みたくない!


「わかったわよ。ちょっと時間かかるけど待ってて」


「お願いします」


さやか先輩は20分後にやってきた。良かった……。


「なぁにぃ?こんな時間に。もう12時回ってるわよ?終電なくなるからめぐみちゃんの家に泊めてよね」


「それは構わないですけど……。」


「で、用事ってなんなの?」


「えっと、どうしても早く会って相談したことがあって……。」


「はいはい、さやか先輩がなんでも相談に乗りましょう♪」


そういって席に着く。


「で、相談ってなんなの」


手を組みながら肘をテーブルに立てて真剣な顔で聞いてくる。


「実は、、、橘くんのことで……」


「はぁーーー、やっぱりそれか。他人のことは口に出さない主義だからなにも言わなかったんだけど、あんた達、なんか不自然だったのよね。あれ、やっぱり付き合ってるんじゃなくて付きまとわれてる系?」


「はい。実は……」


「だぁ……、やっぱりね。もっと早く相談してくれればとっちめてやったのに」


「ダメです!それは……ダメなんです……」


きっとスイッチを使われて逃げられてしまう。それに「心から愛していない相手の生死に関わる再選択」も可能だ。さやか先輩を死なせる訳にはいかない。


「なぁに?弱みでも握られてるの?裸の写真とか?殴られたりするの?」


「そういうわけじゃないんですけど、弱みというかなんというか……」


どう話せばいい?スイッチのことを話したら私のスイッチが使えなくなっちゃう。それは同時に私の唯一の武器を失うことになるし、さやか先輩までも危なくなる可能性がある。


「ふぅ、要するに、橘くんと別れたいのね?っと、正確には逃げたい……っか」


「はい」


「そんなに嫌なら大学辞めて夜逃げでもしちゃえばいいじゃない」


「それは……多分、ダメなんです。そんなくらいじゃ逃げられないと思うんです」


さやか先輩は更に真剣な顔で聞いてきた


「そんなにひどいの?」


「はい。逃げても逃げても何故か彼からは逃げられないんです。先回りされてるというか……私も意思に反して行動してしまうような感じで……」


は!?しまった!!!さやか先輩にスイッチのことがバレちゃった??意思に反して行動するなんて普通じゃない!なにかあると勘ぐられたらどうしよう!


「先回りに、自分の意志に反して、か。そりゃ相当だね。そんなに逃げると怖い?」


良かった。気がついていないみたい。


「怖いです」


「ふぅーーー……まとめると、逃げるのはダメ、とっちめるのもダメ、夜逃げもダメ、なんか弱みを握られているけども、それは私には言えない……、こんな感じかな?」


「はい」


やっぱりさやか先輩は頼りになる。相談しただけで気持ちがかなり楽になった。


「とりあえず、もうこんな時間だし、めぐみちゃんの家に行こうか」


その日の夜は女子会のようで楽しかった。


翌日、さやか先輩から電話があって、こんな提案をされた。


「私の男友達で結構頼りになるのやつがいるんだけど、めぐみちゃん、その人と付き合ってることにして、橘くんを諦めさせるってのはどう?」


そうか。橘くんに一切の関わりが無い人であれば、橘くん自身の選択変更を行っても影響は少ないはず。橘くんにバレないように事前にこうなったら助けて、って言っておけば良いかも知れない。


「えっと、すごく嬉しんだけど、その人はいいの?仮にでも私と付き合ってることになるんでしょ?」


それに安全な話ではない。


「いいのいいの。ちょうど誰か紹介してって言われてたところだから。事情を話したら俺が守る~なんて乗り気だったし」



===2===



数日後、橘くんがバイトの時間にさやか先輩に件の男の子を紹介してもらった。守ってくれるのは良いんだけど、苦手な熱血漢だったらどうしよう。待ち合わせはいつものファミレス。


待ち合わせ時間の15分前に到着してアイスコーヒーを頼んだ。

アイスコーヒーが運ばれてくるのと同時にさやか先輩と身長の高い男の人が入ってきて私の方に向かってくる。


「この子。この前話した白石めぐみちゃん。んで、こっちが坂本くん。私と同じ大学4年生。みんなにはトムって呼ばれてるわ」


さやか先輩は私と坂本くんをそれぞれ手で示しながら紹介してくれた。

かっこいい。。。よかった。


「どうしたのめぐみちゃん。さてはトムに見とれてたなぁ?かっこいいもんねー、トムくんは」


冷やかされた。冷やかされるのは嫌いなんだけど、今は仕方がない。


「で、トム、さっき話したとおり、こっちのめぐみちゃんが高校時代からたちの悪いやつに付きまとわれてるのよ。あなたが守って」


なんて単刀直入な。坂本さん、困るでしょ……。


「いいよ。彼女、可愛いし付き合ってることにして、そのなんだっけ?ああ、橘ってやつを諦めさせればいいんでしょ?」


この人大丈夫かな。ナンパな人は嫌いなんだけどな


「こらトム。めぐみちゃんそういうナンパな人は嫌いって言ってあったでしょ。ごめんね。めぐみちゃん。コイツちょっとお調子者だけど、しっかりしなきゃいけない時は頼りになるやつだから。それに……」


「それに?」


「年齢=彼女無し!だから(笑)」


え。。こんなに格好いいのに。


「なんかねぇ、トムが好きになった人はみんな気後れするからって逃げられちゃうんだって。で、言い寄られるモデルみたいな人は苦手でダメなんだって。そんな事やってるうちに22歳よ。笑えるでしょ」


「そんな自分ですが、よろしくおねがいします。精一杯やらせていただきます」


「は、はぁ、よろしく……」


悪い人ではなさそう。良かった。

で。どうすることから始めれば良いんだろう。いきなり「この人と付き合うことにしたから別れて」っていう?

ダメだ。なんらかの再選択されたら、この出会いがなかったことにされてしまうかも知れない。


まずは……


「それじゃ、まずはお友達から初めましょうか」


「なにそれ。なんか交際申し込んで断られる人みたいじゃん。トムかわいそー」


「ああ!そうじゃなくて。友達から初めて次第に仲良くなって結果的に橘くんが諦めてくれれば……というかなんというか」


いきなりじゃダメ。徹底的に諦めされるにはじっくりやらないとだめ。何個持ってるのか分からないけど、すべてのスイッチを使い終わるくらいに沢山の選択をさせないと!!

まずはこの日のことは橘くんには絶対にバレてはいけない。なかったことにされるのだけは避けなくてはならない。


「あの。さやか先輩、今日のこと、絶対に橘くんには内緒にして欲しいんだけど」


「あったりまえじゃない。この作戦がバレたら元も子もないじゃない。トム、わかってるわね」


「わかってる。でもこの出会いは秘密にするのかぁ。秘密の出会い、なんか運命感じちゃうなぁ」


やっぱりこの人はダメなんじゃ……


「トム!いい加減にしな」


さやか先輩が一番頼りになるのに。いっそレズなんです、って言って逃げたほうが……でも、さやか先輩、彼氏いるし。


「ごめん。真面目にやる」


「じゃ、まずは自然な出会いから初めましょうか。とりあえず……ベタだけど道端でぶつかって荷物ぶちまけて拾ってもらうとかにする?」


「あ!それ一度やってみたかった!」


「とーむーぅ?」


「え?憧れじゃん!女の子とぶつかって仲良くなるなんて!夢みたいだよ~」


「これだから童貞は……。というわけでめぐみちゃん、それで良い?」


食パンも咥えてたほうが良いのかな……。そんなわけないか。


「わかりました。それじゃあどうしましょう。直接見られないほうが良いと思うので、明後日の駅の改札とかでどうでしょうか」


橘くんに直接出会った日を知られたら元の木阿弥だ。選択変更されてしまう。出逢った日も内緒にしてもらおう。

でもそれなら……出会い頭で衝突する意味って……でもいいか。坂本さん、あんなに嬉しそうだし。



===3===



坂本さんとの出会いの実行日。派手にぶつかる。私の荷物が散らばる。予定通りだ。

坂本さんが結構な演技で私の荷物を集めてくれる。


さて。次はどうしよう。まずはこの出会いの日が橘くんにはバレてはいけないから、バイト先で知り合った、とでもしておこう。


「ねぇ、坂本さん。今日のことは橘くんには内緒にして欲しいの」


「また内緒なの?めぐみちゃんとの内緒が増えてゆくなぁ」


この人、本当に大丈夫なんだろうか。


「任せて。で、バイト先で知り合ったことにすればいいのね。実際にそこで働いたほうが良ければそうするよ」


そこまでしてくれるなんて、本当は頼りになるのかな。どっちなんろう。


「そこまでしてくれるなら嬉しいけど……」


「ど?」


「私、バイト先ケーキ屋さんなの。売り子さんは全員女の子だしどうしましょう」


「大丈夫大丈夫!僕、調理師免許持ってるし、お菓子作るの大好きなんだ!早速そのお店に連れて行って!」


意外。それにこの容姿でお菓子作りが趣味とかモテる要素しかないじゃない。パティシエってやつ?

それにしてもバイト募集してないけども大丈夫なのかな。とりあえず店長に聞いてみよう。


「店長、是非に、だって。厨房入れるバイトさん、貴重だからって」


「本当に?やった!僕の趣味の菓子作りが役に立つときが来た!で、いつから入れば良いのかな?」


「それは店長さんに相談してもらわないと……」


早速店内に入ってゆく坂本さん。嬉しそうな顔で出てきた。


「早速明日からだって!これで僕も念願の菓子職人だ!」


「おめ…でとう」


あまりのはしゃぎようにびっくりしてしまった。

なんにしても「明日のバイトの日に初めて出会うということにして」とお願いして今日は解散。

坂本さんはお店の中に入っていった。


翌日、何食わぬ顔で坂本さんが厨房から出てきた。


「おお~ここの売り子さんたちは可愛い子ばっかりだなぁ。ケーキ屋さん、さいっこう」


「おら!うちの娘に手をだすんじゃねぇぞ!」


売り子は私を含めて全部で3人。うち二人は店長の娘姉妹だ。


《平子聡美》

18歳。高校3年生。このままお菓子の専門学校に行く予定


《平子七海》

20歳。大学2年生。私とは違う大学のいっこ下


「あれ?店長、新しい人ですか?」


こちらも何食わぬ顔で店長に聞く。


「そう!昨日突然やってきて、働かせてください!って来てさぁ。将来的には菓子職人になりたいからって。そんな熱意のあるやつ、断れないだろう」


あ、私からの紹介、ってことにはしなかったんだ。気が利く人だな。良かった。本当は頼りになるのかも?


できるだけ橘くんとは会いたくない私は夏季休暇中、ケーキ屋のバイトをみっちり入れている。平子姉妹は夏休みに遊べると大喜びだ。


「いらっしゃいませー。あ……橘くん……」


「やあ、白石さん。今日もバイトかい?」


(知ってて来たくせに……)


「ご注文の品はお決まりでしょうか?」


平静を装って笑顔で対応する。


「じゃあ。このチョコケーキとマカロンプリンを。このマカロンプリン、白石さん好きだったよね。今日はバイト何時終わり?僕の家で一緒に食べよう」


「んーーー、ええっと……今日は、、」


「そう、じゃあ、また今度」


厨房を見ながらそう言って、橘くんはあっさりと帰っていった。

これでいい。これで「自分はOKと聞き出すまで帰らなかった」って選択改変すればいいわ。スイッチを使うと良いわ。

そう覚悟していたのに、なにごとも無かったように帰宅できた。まだ油断できない。私の家に来るかも知れない。

そう思った私は電気もつけずに身を潜めた。来ても居留守を使えば良いんだ。これは何回か成功している。


その日、橘くんは来なかった。マカロンプリンも一人で食べたたのだろうか。それとも選択に失敗して効果がなかったのだろうか。


翌日坂本さんとはできるだけ親睦を深めたほうが良い。店長にお願いして坂本さんの歓迎会をやることにした。閉店後のお店で歓迎会を始める。坂本さんは可愛い女の子3人に囲まれて最高!とはしゃいでいる。

七海ちゃんが坂本くんを眺めている。

(一目惚れとかされちゃうと困るなぁ)


「ねぇ、聡美ちゃんと七海ちゃん、彼氏とかいるの?」


坂本くんが尋ねる。これは私も知らないし、今回の作戦では知っておいたほうがよい情報だ。


「ふたりともいねぇよ!いたら俺が菓子に練り込んで食ってやる!」


店長。。。


「さとみんは好きな人いるっていってたじゃん」


「おねーちゃん!おねーちゃんこそかっこいいい人見つけたとか言ってたじゃない!!」


店長。。。娘はいつか旅立つものよ。頑張って。

結局、ふたりとも彼氏はいないのか。橘くんがどちらかを好きになってくれたら逃げれるのに……とか一瞬でも考えしまった自分は嫌なやつだ。こんな気分を他人に押し付けるなんて。


その日は坂本さんが家まで送ってくれた。

部屋に到着するなり携帯が鳴る。嫌な予感がする。


着信画面には「坂本さん」


「はい。どうしましたか?」


「めぐみちゃん、気がついてた?僕らの後ろ、離れた場所から誰か見ていた」


「え……」


橘くんかな……。


「とりあえずこのあと、橘くんがめぐみちゃんの家に来たら僕にワンコール頂戴」


ピンポーン



恐る恐るドアスコープを覗く。

(佐賀くん!?)

出るべきか居留守を使うべきか。いや、スイッチついて、、橘くんのスイッチについて聞くことがたくさんある!

意を決してドアチェーンを付けたままドアを開く。


「やあ、こんばんわ。久しぶりです」


「なにか、ご用でしょうか」


「いやだなぁ。聞きたいことがたくさんあると思って、こう、出向いてきたんですよ?このまま帰ってもよろしんですが……」


「待って!上がっていって。色々聞きたいことがあるから」


「やぁ、女の子の部屋っていつ来ても綺麗ですねぇ。男の子の部屋とは大違いだ」


複数の試験者?というかスイッチを渡してる人でもいるのだろうか。


「まずは、お買い上げありがとうございます」


「さて。聞きたいことは山程あると思いますが、禁則事項を先に申し上げます」


・他に誰がスイッチを持っているのか聞くこと

・スイッチの効果について聞くこと


「この2点です」


言った。「他の誰が」ということは他にもスイッチ保持者がいるということだ。

スイッチの効果については取扱説明書に記載されている事しか答えられない、ということだろう。


「それじゃ、まずは……私は高校時代からずっとスイッチを使われた側の人間なんですか?」


「お、いきなり核心部分を聞いてきますね。良いですよ。それは禁則事項ではないのでお答えいたしましょう。答えはYes、です。誰が、と、いつから、は禁則事項になりますのでお答えできません。いつからを答えてしまうと人物を特定出来てしまう場合がありますからね」


「次に……複数のスイッチを所持は出来るのでしょうか?」


「それは、同時に、ということでしょうか?それとも連続して、ということでしょうか?」


「両方共、です」


「スイッチを受け取って間もないというのに、詳しく調べたのですねぇ。答えはYesともNoとも言えません。これを知ってしまうとスイッチを使う緊迫感が失われてしまいますからね。質問は以上ですか?」


「最後に!ほ、保証書の10年、というのはどういう意味でしょうか。取扱説明書には使用期限はチュートリアル終了から1年と書いてある。10年保証というのと矛盾しています」


「禁則事項です。それはスイッチの効果について、ですので。他には?先ほど最後に、とおっしゃっていましたが、サービスでもう一つだけお答えいたしますよ。なければこれで失礼させていただきますが。」


「SAGA Corporationって一体何なんですか?」


「おかしなことを聞きますね。販売元ですよ保証書にそう書いてあったでしょう?」


「買えるんですか?このスイッチ!!」


「残念。先程の質問が最後とお約束致しましたのでお答えできません。ですが、サービス二つ目です。これは禁則事項です。私が言った禁則事項をよく考えてください。それでは失礼致しますね。お茶、美味しかったですよ」


そう言い残して佐賀くんは帰っていった。ドアの閉まる音を聞いたのか坂本さんが慌てて電話をかけてくる。


「大丈夫か?誰が来たんだ?ワンコールはどうした!?」


「大丈夫。高校時代の友達が来ただけだから」


「それならいいんだけど……この後も来たらワンコール鳴らせよ」


「分かった。ありがとう。それじゃおやすみなさい」


電話を切ってからさっきの佐賀くんはの言葉を思い出しながら整理して紙に書き出す。


・私はタラレバスイッチの被害者

・いつ誰に使われたのかは分からない

・スイッチを同時に複数、または連続して所持することはYesともNoとも言えない。つまり、あり得ない話じゃないということだ

・保証書の10年については禁則事項で答えられない

・SAGA Corporationはこのスイッチの販売元。開発会社かも知れない

・スイッチは買えるのかは分からないが、恐らくは成功した場合、私の記憶の一部が消えてなくなる。これが代金ということだろうか。


こんなところ、か……。


仮に橘くんがスイッチ保持者だとして、いいえ、保持者であることは間違いないわ。問題は複数持っているのか、連続して入手しているのか。仮に保証期間10年というのが製品の保証期限の場合、複数所持していてもチュートリアルさえ行わなければ最長で10年間、年に3回の再選択が可能ということになる。

連続して所持できるとしたら入手出来る限り無限に使えることになる。


こんなの逃げられるのだろうか。やっぱり橘くんが私を諦めてくれるしか方法はないのだろうか。


数日後、バイトに出かけようとアパートの階段を降りようとした時、足を滑らせてしまった。落ちる。そう思った瞬間に誰かに手を掴まれた。


「危ないじゃないか」


まさか……そんな……


「坂本くん!?なんで!?なんでこんなところにいるの??」


「ここに引っ越してきた。荷物はまだ鞄一つだけどね」


そういうと私の2件隣の部屋を親指で指し示した。


「ちゃんとさやかには許可を取ってあるよ。バイト先で知り合って偶然同じアパートで仲良くなったってことにしたら、ことが運びやすいだろう?それに、今、君を助けられた」


「ありがとう……」


そこまでやるなんて。さやか先輩もすごいけど、了承しちゃう坂本さんもすごい。


「じゃ、早速一緒にケーキ屋さんに行こうか♪」


すごく嬉しそう。でもこれ演技なんだよね?役者さんにでもなれそう。



このままでは埒が明かない。坂本さんがこのアパートに引っ越ししてきてから数日後、私は行動に出た。


今年の橘くんの誕生日でまたしても義務的に誕生日プレゼントを渡した。その「誕生日プレゼント渡した」という選択を「渡さなかった」と改変しよう。


これで縁が切れてくれれば万々歳だ。

強く念じながらスイッチを押せばいいんだっけ。


「私はあの時、正確には2021年9月10日に誕生日プレゼントを橘くんに渡してない!」


カチッ


どう?これでなにか変わった?

スイッチを使っても現在時間のままだからすぐにはなにが起きたのか分からない。

今日は9月13日。9月10日の誕生日が終わった後に坂本さんが引っ越してきたのは9月15日。

だからこれが成功して橘くんと縁が切れていれば。2軒隣に坂本さんが引っ越して来ることもない。確認だ。


ピンポーン


出てこないで……。坂本さん、出てこないで……!お願い!!目を閉じて両手を顔の前で握りしめてお願いする。


ガチャ、、心臓が止まりそうだった。


「な、なにやってるんですか」


ゴミ袋を持った青年が私の方を見て不思議そうに声をかけてきた。


「あ、や!別に!」


「坂本さんならでかけていったと思うよ。さっきあそこの道でアパートと反対方面に向かって行ってたし」


ああ。。。だめ、、なの。坂本さんはここに住んでるの……。


「大丈夫ですか?」


「あ、はい。大丈夫です」


「そうですか。それじゃ」


坂本さんの隣の住人はゴミを捨てに階段を降りていった。

家に帰ってドアを閉めて扉に寄りかかって大きく息を吐く。


「ダメだった……。どうなったのかは分からないけども坂本くんがここに住んでるということは、橘くんとは縁が切れていない」


それに誕生日プレゼントにハンカチを渡したことも覚えてる。

失敗したんだ。

次の方法は……。

考えろ!私!頬を両手で叩く。


そうだ。失敗したけども誕生日プレゼントを渡したことを忘れたと言えば喧嘩して縁が切れるかも知れない。なんて言えば良いんだろう?

坂本くんに相談しよう。


「そう。誕生日プレゼント、渡したのか忘れちゃって。どうやって確認すればいいかな?」


私は坂本くんに相談した。「誕生日プレゼントを渡し忘れたかどうかなんて。そもそも忘れるものなのか?」と聞いてきたが「これは必要なことなんだな?」と言って考えくれた。


「そうだな。こういうのはどうだ?あの時渡したプレゼント私も欲しいんだけど、どんなのか忘れちゃったから教えてくれない?って。まさか手作りじゃなかったんだろ?」


「はい。ハンカチを買いました……」


「ハンカチ、かぁ。それだと違和感あるよなぁ。でも良いんじゃないか?そんなのも忘れてしまった程にあなたには興味が無いのよって捉えてくれれば諦めまで一歩進むんじゃないか?」


坂本さん、真面目に考えてくれてる。


「わかりました。ちょっと頑張ってみます」



橘くんとデートの日。10月に入って秋が近い。今日も井の頭公園。例のガレット屋に例のベンチ。この人はここしか知らないんじゃないか、と思うほどに良く来る。


「んーーー、ここって随分と懐かしいところだよね。橘くんと初めて来て私と付き合おうっていう話になったんだよね」


カマをかける。私はここでそんなことを言ったのか「そんな人知らない」、と言ったのか。


「うん。正確には僕と付き合わない?って冗談で僕が言ったんだけどね。まさか本当に付き合うことになるなんてね」


!?


なんか違う。「僕と付き合わないって橘くんが言った?」私の記憶と違う!なんで?ここでスイッチを使ったんじゃないの!?


「んーーー、そうだねぇ。まさかこんなことになるなんて思わなかったなぁ。ところで、今年の橘くんの誕生日、なにかをあげたと思うんだけど、なにをあげたんだっけ?」


「……。」


すごくこっちを見ている。怪しまれてる?スイッチを使ったのがバレてる??


「やだなぁ。誕生日当日は白石さん、熱を出しててそれどころじゃなかったじゃない。だからは翌日に貰ったよ」


「あ、そうだっけ?なんか熱にうなされてて忘れちゃってたのかな。ははは……」


間違いなく渡してる。いやハンカチを渡して後悔してその後の記憶もの残ってる。再選択はやっぱり失敗したんだ。


「ハンカチだけだったし、もしかして渡しそびれたプレゼント、他にあったりするの?」


あっ!この返答は考えていなかった。どうしよう。あ!そうだ!


「あー、気がついてなかった?今日のガレット、私がおごったでしょ?あれ、忘れてた誕生日プレゼントだったのよ?遅れてごめんね。ほら、記念の場所で渡したいじゃない?」


微塵も思ってないことを、取り繕うために言ってしまった。


「なるほど。白石さんは優しい人だね。嬉しいよ。ありがとう」


なんとか切り抜けたようだ。

でも、橘くんと縁を切る、という目的は達成できていない。



「今回は失敗して記憶があるけども、制約事項のスイッチを使って成功した場合、選択変更してから現在までの記憶がなくなる、ってのは厄介だわ」


帰宅してそんなことを呟く。


「そうだ!日記!日記をつけていれば!空白期間の記憶も知ることが出来るわ!」


そう考えて早速今日10月15日から日記をつけ始めた。


坂本くんとは順調に仲良くなっている。たまに部屋を行き来してご飯を食べたりし始めている。橘くんはそれを知っているのか対応からは分からない。あの私への執着の仕方からして知ったら大変なことになりそうなものだけれど。


坂本くんと一緒にいるのは楽しい。彼も私と一緒にいて楽しいのだろうか。

このまま坂本くんと仲良くなって、橘くんに別れ話を切り出してみようか。

そうだ。最近、さやか先輩に近況報告していない。色々やってくれてるんだし報告しなきゃ。


翌日の夜に例のファミレスでさやか先輩と待ち合わせて、状況を報告する。


「いい感じじゃない。そのままトムと仲良くなって、その橘ってやつに別れ話を突きつけてやればいいのよ」


「そうなんですけど……。橘くん、なにをするか分からなくて。坂本さんに万が一のことがあったら……と思うと」


そう。そうだ。あの人は生死に関わる選択もできるのだ。他人の坂本さんを殺すことも条件が合えば出来るかも知れない。

ということは、私も条件次第で橘くんを殺せる?いや、流石に殺すのは……。


「……ちゃん、、めぐみちゃん!どうしたの!!」


「あ、すみません。流石に殺すのは……」


!!!しまった!!!


「めぐみちゃんねぇ。殺したいくらいに憎んでるのはわかったけど、そんなやつのためにめぐみちゃんが犯罪者になっちゃしょうがないでしょうが」


良かった。。バレたわけじゃない。


「で。ですよね。ははは……」



===4===



12月に入って事件は起きた。


坂本さんが殺されそうになったのだ。

タクシーが歩道に突っ込んできて轢かれたのだ。咄嗟に私が坂本さんの腕を引くという再選択を2回目のスイッチを使って事故は免れたが、これは絶対に橘くんの仕業だ。

一体どうやったのかは分からないけど。

そんな手段に出てくるなんて……。



あの日僕はいつの間にか白石さんと同じアパートに引っ越してきたバイト仲間、、名前なんて知らないけどアイツが歩いているのが見えたんだ。


殺してやりたい


そうすれば白石さんはまた僕だけを見てくれる。

そう思って一か八かの行動に出た。細い道だ。僕が車道に飛び出せばアイツのほうに車が避けて轢き殺してくれるはずだ。


結果は成功した。確かにアイツは轢き殺せた。だが誤算があった。殺すことに夢中でアイツを白石さんが追いかけていた事に気がついていなかったんだ。巻き込んでしまった。そんなことを僕は望んでいない。


「次の選択だ」


そう呟いて


「僕はもっと早く車道に飛び出している」


結果はまたしても失敗。あろうことか白石さんがアイツの腕を引っ張って助けてしまった。

次の車は来ない。白石さんも一緒だ。このタイミングでアイツを殺すことは出来ない。

アイツが一人になるタイミングを狙うしかない。



咄嗟に坂本さんの手を引いて助かった。これはなりふりかまっていられない。坂本さんを守らないと。私はあと1回スイッチが使える。他人の生死に関わること、坂本さんになら使えた!


それからというもの、坂本さんを一人にはできないと思い、バイトの日程を坂本さんと合わせて大学と家からの移動を共にした。

坂本くんには「こうやってイチャイチャしてたら諦めてくれるかも知れない」と説明して。

流石に大学構内で殺すなんてことはしないでしょう。


甘かった


自分の意と反して坂本くんと帰れなかった。橘くんと帰ることになってしまった。坂本くんが大学前のコンビニにいるのがチラッと見えた。


坂本くんは橘くんにはバレないようにパーカーの帽子を被っていてくれている。目線で合図を送られたので「ついてきて」と送り返す。

橘くんに気づかれているのかどうかは分からない。でもこうして坂本くんが目に見える範囲にいれば殺されることはないだろう。


商店街を抜けてまた例のベンチ。ここに一体何があるというのだろう。定期的にここに来ている気がする。出会いの場所だから私が喜ぶとでも思っているのかな。


「なあ。あの人とはどういう関係なんだ?」


「んーーー?誰のこと?」


「バイトの」


「んーーー、あ、坂本くん?あの人はバイト仲間だよ。私が販売員で、あの人は厨房」


「ふーん。でもよく一緒にいるじゃん。本当にそれだけの関係なの?なんか同じアパートにも住んでるみたいだし」


「まさか、付き合ってたり、しないよね?」


そんなことまで調べてるの。でもそんなの当たり前かな。

なんか以前似たようなことがあったような……。


「佐賀健太と昔付き合っていたのか?」


これだ。佐賀くんと高校1年の春から仲良くしてたことを何故か橘くんが知っていた、というやつだ。逃げれる。ここで同じような対応をすれば逃げられる。あわよくば縁も切れる。喧嘩別れ出来る。


「なんで、、そんなこと、、知ってるの。。なんでそんなこと、、言うの。。。」


あの時を同じセリフ。

ここで逃げ出せばあの時と同じように喧嘩別れできる。きっと選択は再選択されて「まさか、付き合ってたり、しないよね?」って言葉がなにかに書き換えられるだろう。

でもスイッチを使わせることは出来る!


私はあの時と同じように泣きそうな演技をしながら走り去った。追ってこない。あの時と同じだ。このまま喧嘩別れできるはずだ。あのときもそうだ。あのまま喧嘩別れしてる、って自分に言い聞かせれば付き合ってる事になってならなかったんだ!同じだ!



「ふぅーーー、またかい?」


「ああ」


「何個目だい?これ」


「忘れたよ。でもスイッチを使い切ってからここに来れば必ずスイッチは手に入る」


「君の頭脳には完敗だよ」


そう言って佐賀はベンチにスイッチを置く。


「まさかあの後にこのベンチのスイッチを拾いに来たのが橘くんだとはね。(最初にスイッチを使って選択を改変した場所に再び置きに来るなんて彼は知らなかったはずだ。それにスイッチの記憶も消えていたはずだ。)ここにスイッチが置かれるなんてなんで分かったんだい?」


「なんとなくだよ」


なんとなくこの場所が懐かしく感じてね。置いてあったスイッチを使って白石さんと来た時の会話の選択を変更、残りの2回を使い切ってから、このベンチがやっぱり気になって来てみたらスイッチが置いてあるじゃないか。

ここは最初に選択を改変した場所だ。使い切っても、またここに来ればスイッチが置いてあるんじゃないかって来てみたら案の定置いてあった。

その時僕は確信したよ。このスイッチは手に入れてから最初に選択改変を行った場所に再び置かれる。3回目の選択が終わったらまたここに来れば良いんだ。次の3回目が終わったらまたここにに来てスイッチを拾えばいい。無限にスイッチは手に入る。


両手を広げながら空に向かって橘は笑う。



===5===



「白石さん、大事な話がある」


「その日の夜に坂本さんが部屋を尋ねてきた」


「その……、今から変な話をするよ?実はめぐみちゃんが走り去ったあと、妙な男が現れて橘と訳の分からない会話した後、ベンチになにか置いてそれを橘が持っていったんだ。そして手にとった橘は空に向かって高笑いしていたんだ。めぐみちゃんが怒って走り去っていたっていうのに。追いかけるのはなく、高笑いしていたんだ。アイツは何者なんだ?」


その時、私は気がついた。「橘くんは連続してスイッチを手に入れている」


「なにそれ……ひどい」


ここでスイッチのことを話せば橘くんのスイッチを無効化出来るかも知れない。でも私のスイッチも無効化される。向こうのスイッチは何度でも手に入るみたいだ。私の最後の1回で確実にその連鎖を止めないとキリがない。


悲しむ顔をして泣きそうな演技をする。坂本さんを騙すのは心苦しいけども仕方がない。


「めぐみちゃん……」


坂本さんに抱きしめられた。突き放そうと思ったけど、こんなに安心して抱きしめられたのは初めてだ。もう少しこうしていたい。坂本さんはさらに強く抱きしめてくれる。

だめ。好きになっちゃうよ……。


今年もクリスマスがやってきた。ケーキ屋は一年で一番忙しい。厨房は朝早くから夜遅くまでケーキを作るので一生懸命だ。だけど……だけど、これだと一緒にバイトに行けないし帰れない。

私も一緒に早朝に出て遅く帰る、というのは店長が許してくれないだろう。


私はさやか先輩にこの前、坂本さんがタクシーに轢かれそうになったことを話し、嫌な予感がするから坂本さんを一人にしないで欲しい、と頼み込んだ。

さやか先輩は「私のクリスマスが潰れちゃうんだからたっぷりお代はいただくからねぇ!」と言って了承してくれた。彼氏さんには悪いけど……。


さやか先輩は彼氏に、坂本さんが浮気してる可能性があるからクリスマス期間中は見張ってて欲しいと友人に頼まれたことにして早朝深夜、お店の近くに車を停めて見ていてくれた。


クリスマスは毎年バイトでヘトヘトになるから、と橘くんも誘ってこないのは毎年のことだ。今年も例年通り誘ってこない。27日に会おうという例年通りの約束だ。


12月25日のクリスマス。ヘトヘトになってお店を坂本さんと出るとさやか先輩と彼氏が待っていてくれた。


「浮気ってこの子かよ」


「違うわよ。この子は私の後輩。結局、クリスマスは仕事で忙しかったみたいだし、トムが浮気してるなんてことは無かったってことでしょ。さて!今日はクリスマスだしちょっとパーティーでもしようか!」


嬉しかったけど、私も坂本さんもヘトヘトでそんな元気は無かった。家まで車で送ってもらってその日は倒れるように眠った。


「んんん……、なんか暑いな……。そんなにエアコン、強くかけすぎたっけ?」


なんか焦げ臭い?

ドンドンドンドン!!!


「この部屋は誰か居ますか!誰か!」


ドアの向こうら大声で叫んでる人がいる。


「はい」


「火事です!早く避難してくだだい!!!」


ドアスコープを覗くと消防士が立っている

慌ててドアを開けると階段側が半分近く燃えている。消防士に助けられた後に


「坂本くん、坂本くんは!?ねぇ消防士さん!私の2件となり、あの部屋に住んでる人はどうなったんですか!?」


「申し訳ない。分からない。我々が到着した頃には火の手が回っていた。君も後少しで危なかったところだ」


そん……な。そうだ携帯電話!電話をかけて無事を確認すれば!


「おかけになりました電話番号は、現在電波の届かいところにある、または電源が入っていないためかかりません」


まさか……。


「坂本くん!坂本くん!さか……もと……くん……」


その場に崩れ落ちる。消防士が毛布をかけてくれる。


翌日のニュースで身元不明の遺体が3人見つかったと知った。

さやか先輩もバイト先の店長も坂本くんとは連絡がつかないと言っている。


「そんな……坂本くんが……そんな!これも橘くんなの?でもどうやって。誰かに放火でもさせたというの……」



「ふふふ。。。これであの邪魔者もいなくなった。白石さんは僕だけのものだ。あのアパートの1階を僕が借りてるなんて知らなかっただろう?まさか漏電してるなんてね。ラッキーだったよ。僕はこの日は出掛けた。これを出掛けなかったと選択を変更したからね。後は簡単だったよ。ヘトヘトになって熟睡してるアイツを下の部屋から焼き殺すだけだったよ。白石さんは、、僕が助けたかったけどもね。ちなみに最初は君も巻き込んでしまってね。熱かったろう。ゴメンね?」


ニュースを見ながら心の中で笑いが止まらない橘。

何食わぬ顔で白石さんに電話する。


「友人が死んだんだ。大丈夫かい?僕が慰めてあげなくちゃ……ね?」



身元不明の3人のうち、一人は坂本くんと判明した。今日は告別式。

めぐみは必死で考えた。坂本さんを救えるチャンスはあったのか。

いくつか考えられる

・あの日、さやか先輩に相談しない

・相談しても坂本さんを紹介してもらわない

ダメだ。何らかが原因で坂本さんが守ってくれることになるかも知れない。

日記はこの火事で燃えてしまった。成功しても消えた過去がどうなったのか確認できない。


他に、他には……。


そうだ。簡単じゃない。あの日、クリスマスパーティーをしようってさやか先輩に誘われたのを断ってる!幸いにしてスイッチは身肌離さずに持っていたから焼けていない。焼けていたら保証対象外で復活出来ないところだった。


早速、「あの日、12月25日クリスマスの誘いを私は断らない!」


カチッ




これで、これでこんな告別式なんてなかったことになる。その場合、私はどこにいることになるんだろう。


なにも変わらない。告別式は続いている。


なんで!失敗したというの?いや、成功してるはず。私には……私にはあの時間から今までの記憶がない!

頭を振って思い出す。確かに私はここにいる。あの日、どうなったの?

そうだ。さやか先輩に確認すれば良いんだ!


「さやか先輩!」


「どうしたのめぐみちゃん。坂本さんの嫌な予感、当たっちゃったわね」


遺影を眺めながらさやか先輩は寂しそうに呟く


「あの、、あの!あの日、クリスマスの夜、私と坂本さんはどうなっちゃんですか!?」


さやか先輩はこう教えてくれた。

「どうしたって……。あのあとみんなでいつものファミレスでクリスマスパーティーして家まで送って帰ったじゃない。それで明け方に……あんなことが……」


そうか。。クリスマスパーティーに行くという再選択は成功してたんだ。クリスマスパーティーに行けばアパートに帰らないって思ってたのに。そんなことなかった。そこまで考えてなかった。どうしよう。坂本くん、死なせちゃった。私のせいで……!もうスイッチは使えない……!!

その後はずっと泣いていた。さやか先輩から何度も連絡があったけども実家でうずくまっていた。


私のせいで……。


もうスイッチは3回使ってしまった。もしかしてと思って佐賀くんに電話してみたけども、案の定、現在使われておりません、のアナウンス。


どうすることも出来ないの……。


お正月。橘くんから初詣に行こう、と連絡が来たけども断った。

坂本くんを殺していて平然と誘ってくる神経が分からない。完全に狂ってる。


1月2日、さやか先輩から「いい加減、元気だしなよ。めぐみちゃんのせいじゃないわよ」と言われた。そんなことない、と思って電話を切った。



===6===



明けましておめでとー。ケーキ屋のみんな、さやか先輩とその彼氏、聡美ちゃんに七海ちゃん。それに坂本くんも一緒に新年のお祝い。七海ちゃんが酔っ払って坂本くんに「好きですぅ~」なんて言ってる。好きな人って坂本くんだったのね。でもダメ。坂本くんは私なんだから。


それから橘くんからの誘いは全部断って坂本くんとずっと一緒に過ごした。

クリスマスの夜に、とても悪い夢を見た気がしたけど今はとても充実した日々だ。

橘くんがなにかしてくるかずっと気になっていたけども、たまに連絡してくるくらいでなにもなかった。井の頭公園の思い出のベンチにだけは来て欲しいと言われてそれだけ付き合った。


5月。相変わらずだ。橘くんからは度々電話が来たり大学で声をかけられたりしたけども、徹底して坂本くんと過ごすと言い切って一緒に居た。

最初からこうすればよかったのかも知れない。スイッチはもう使い切っちゃったけども、もう使わなくても良いのかも知れない。


8月1日。本来のスイッチの利用期限は今日までだ。仮にまだ使えたとしたら折角だからとなにかやり直すことはあっただろうか。そう考えたけども坂本くんとの思い出が消えてしまうのは嫌だった。


「このまま、ずっと坂本くんと過ごせば橘くんがなにをしてきても大丈夫。私は坂本くんと……」




===TRUE END===



9月も終わり大学4年生最後の夏季休暇も終わってしまった。私はバイト先のケーキ屋で正社員にならないかと言われて了承している。

坂本くんは大学卒業後も同じケーキ屋でお菓子の修行中だ。

同じアパートで別々の部屋に住むのは家賃がもったいない、ということで今は一緒に暮らしている。


12月クリスマス。今年も忙しかった。お店を閉めた後に部屋で坂本くんとクリスマスパーティー。


「めぐみちゃん」


「なぁに、真剣な顔して」


「実は。海外に行こうと思う」


「え……?」


「お菓子の修行で来年からアメリカに行こうと思ってる」


「いつ?来年のいつから?お菓子の修行なのにアメリカ?フランスとかじゃなくて?」


「2月」


「もう1ヶ月ちょっとじゃない!なんで言ってくれなかったの!」


「ごめん。急に決まったんだ。フロリダにいる家族の友人がフランスから帰ってきて菓子屋を開くんだ。そこでは働かないか、って」


「家族?日本にいるんじゃないの?」


「あれ、言ってなかったっけ?僕は日系アメリカ人でトーマス坂本って言うんだ。だからみんなからトムって呼ばれてる。両親はフロリダに住んでる。それで。これはお願いなんだけど、僕と一緒にフロリダに行ってくれないか」


「それって……」


「ああ。僕と結婚して欲しい。あ、もちろん、両親に紹介してからね」



その後は幸せでいっぱいだった。店長には悪いけど、後は橘くんに知られないようにして一緒にフロリダに行けば……逃げられるかも知れない。


2月10日。荷物をまとめて坂本くんと空っぽになった家を出る。思い出のたくさんある部屋で少し名残惜しい。


「行かせない……!絶対に行かせない!!」


アパートの下で橘くんが手に光るものをもって怒りの形相で待ち構えていた。


「めぐみちゃんは後ろに下がってて。僕がなんとかする」


「なんとかって!相手はナイフ持ってるのよ!部屋に逃げて警察を呼びましょうよ!」


「ダメだ。もう鍵をかけてある。逃げて開ける間に追いつかれる」


「でも…でも!」


襲いかかってくる橘くんに向かって坂本さんは特大のスーツケースを投げつける。

倒れた橘くんは悶絶している。


「めぐみちゃん!トム!早く乗って!!」


空港まで送ってくれる予定のさやか先輩が彼氏の運転する車でやってきた。

私のスーツケースも坂本くんが橘くんに投げつけてひるんだ隙に車に乗り込む。


「早く出して!」


後ろからナイフを持って橘くんが追ってくる。


「警察……警察に連絡して!早く!」


さやか先輩の声で急いで警察に連絡する。車が大通りに出たあたりで橘くんの姿は見えなくなった。


「助かった……。生きてる……。私達、生きてる……!」


そのまま成田空港に向かい、空港に到着する。

空港のテレビモニターに、通り魔が警官を複数人負傷させた後に現行犯逮捕されたという臨時ニューが流れている。



ここはフロリダ。彼の務めるお店。私は目下英語の勉強中。慣れない英語でお客さんの対応をする私を奥の厨房から眺める坂本くん。


安心して過ごせる。

あのあと、捕まった通り魔は橘くんだと分ったし。


「(4)本書本製品は、日本国内においてのみ有効です。」


携帯していたポーチにスイッチが入っていることに飛行機の中で気がついた。入っていた保証書の最後に書いてあった文言だ。最初は保証規定が適用されるのは国内限りなのかと思っていたけど、よく読むと「本製品は」って書いてある。

タラレバスイッチは日本国内だけでしか効果を発揮しない。


だからそう。ここなら安心して彼と……。




End




===エピローグ===




「1回目は電話に出ると改変して白石めぐみが自分に相談させるように仕向けたこと」


「そうでもしないとあの子、相談してこなかったからね」


「2回目は白石めぐみが誕生日に風邪を引くようにしたこと」


「誕生日に風邪を引かずに会わせたらめぐみは橘に襲われていた。それだけは避けたかった」


「それで、良かったのかい?最期の1回も自分のために使わなくて」


「良いのよ。クリスマスの夜に二人を返さない。これだけで命が救えたんだもん。充分だって」


「そうですか。これが本当のスイッチの使い方なのかも知れないですね。しかし、これは欲望のスイッチ。他人の人生を歪めて自身の思い通りにする悪魔のスイッチだ。君のような人に渡って役者冥利に尽きるというものですよ」


「なにを偉そうに。あなたが最初に橘にスイッチを渡したのがいけないんじゃない。全部アンタのせいよ。止めてあげたんだから感謝の言葉のひとつでも欲しいわ」


「ありがとうございます」


佐賀は仰々しくお辞儀をする。


「ふん、思ってもみないことを。まぁいいわ。約束通り、私達の周りにそのスイッチは金輪際渡さない、使わせないで。というよりそんなスイッチなくして頂戴」


「残念ながらそれは出来ません。これは当社の使命ですから」


「使命、ねぇ。ゴミのような会社ね。人の記憶を奪っておいて。それじゃあね。二度と合わないことを祈ってるわ」


振り返りながらそう言って立ち去る。


「かしこまりました。大橋さやか様。ごきげんよう」

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タラレバ~Revenge~ PeDaLu @PeDaLu

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