・下巻「そして、パンク×パンクは……」

「ひょっひょっひょ!今日が新英帝国最後の日!そしてこの!ケビン・ウェイン・ギブスン博士皇帝の帝国の歴史が幕を開けるのじゃっ!」

「何だよ博士皇帝って!」


 オレの世界の同一人物とは真逆の、ド派手に逆立てた長髪にごてごて飾った白衣とそっくり返った髭に蒸気機械付モノクルというマトモにゃあ見えない出で立ちの爺の姿が、そこら中のエーテルランプに……エーテルランプってなこればっかりはよく分からねぇエーテルって物質を閉じ込めたこの世界のTVみたいなもんで、兎も角そこら中にそいつの姿が映し出されている。


 空にはこれまで見た中でも一番でかいたっぷり1マイルはありそうな双胴式飛行船が浮かび、そこから蒸気プロペラを回して舞い降りる人間より二回りはでかい真鍮色の機械人形、スチムドロンがそこら中を壊して回る中、オレことH・S-17は新ビッグベンを目指し突っ走っていた。


「SHHHH!」

「るっせぇっ!」


 殴りかかってきたスチムドロンを逆に投げ飛ばし!


 STAAAAAAM! ZAPZAPZAP! BLAM!

「PIGAAAA!?」


 レーザーを発振しようとした相手にその直前に近くの蒸気管をへし折り、蒸気をぶちまけて煙幕を張ると同時にレーザーを散乱させ、逆にフィストガンで急所を狙って撃ち抜く。


 何でこんな事してるかって?オレと同じようにこっちの世界に漂着したオレの世界の方のDrケビンを捕まえたこっちの世界のDrケビンが、オレの世界の方の知識を強引に吐かせたんだ。こっちの世界は大分緩くて面白いが、オレの世界の方が技術はやっぱり進んでる。それをこっちの世界の技術で強引に再現し、糞ドロイド軍団なんか作ってベタなヴィランムーブで世界征服おっぱじめやがったんだよ!


 こっちの世界、最初に出会った時に咄嗟にハリエットが使おうとした、トランク型汎用蒸気機関から供給される蒸気で動く蒸気銃が主な武器だからな、そこにオレらの世界の殺戮兵器を持ち込みゃ、さっきのレーザーみたいに相性に問題があるもんや100%の再現は出来ないもんもあるだろうが、ドローンやドロイド技術を応用した……基礎技術力の差でサイズがでかいが……スチムドロンだけでも騒ぎを起こすにゃ十分。その上あの飛行船の中にはまだ起動してない切り札がある。幸い示威行為の為にあの飛行船は低く飛んでいる。新ビッグベンの天辺からサイバーレッグで跳んでワイヤーバレットを射てば、多分何とか跳びつける。


 え?そりゃ状況の説明であって、立ち向かう理由の説明にならねえ?


 ……何で自問自答で答えに窮してるんだよ。



 オレは思い出す。あの夜の事を。



 オレのおつむの出来は悪いが、一応俺の体にも補助電脳はついてる。


 普段は弾道とか跳躍の計算や暗号解除とかにしか使わねえが、バカのオレが珍しくそれを使った、慣れない事をしたのがケチのつきはじめだ。


 図書館に通い、この世界を調べた。この新倫敦は蒸気科学で完全にスチームパンクってるが、知っての通り蒸気機関ってのは、あまり環境にいいもんじゃない。けどここはノヴァ・ロンデニウム程温暖化しちゃいない。それは何故かと気になって……


 ああ、畜生。認めるよ、そんな理由じゃない。


 オレぁ、ハリエットが妬ましかったんだ。俺と同じ顔なのに。俺なのに。俺と違い不幸じゃない。愛されて、敬われて、正義の味方の名探偵で。


 妬ましかった。ハリエットの幸せが、ハリエットに幸せを与えるこの世界が。


 だから粗探しをしたんだ。ハリエットの心に引っ掻き傷を作りたくて。この世界なんて、大したもんじゃないんだって嗤いたくて。


「……話がある」


 だから。


「この世界。このままじゃ、長くないぜ」


 言っちまったんだ。実際、粗は有ったこの世界は極度に機械化された都市と、19世紀とそう変わらない牧歌的な田舎や植民地で辛うじてバランスを取っている。


 俺達の世界の歴史より植民地の扱いは大分いいが、だからこそ何れ平等と発展が行き着けばこの世界の環境は俺達の世界と同じかより酷く破綻する。多分俺たちの世界より早く。


 そう、俺はハリエットに突きつけて。


 ショックを受けたハリエットが家を飛び出し思い煩い街をさ迷って、こっちの世界のDrケビンに拐われた。AIを再現できなかった代わりに不完全に再現したサイバージャック技術で、名探偵としてのハリエットの頭脳を使って切り札の重スチムドロンを起動させようとしてるんだ。


 何でそれを阻止しようとしてるかって?それは……



 過去を思い駆けるH・S-17。その先で、ハリエット・ショームズもまた、過去を思っていた。



 ……私は思い出す、あの夜の事を。


 この愚かな私、ハリエット・ショームズは、怪しげな機械に括りつけられもうそれしか出来なかったから。


 だから私は、この胸を貫く恐怖と苦悩を噛み締めるのです。


 この世界の誰もが未だ気づいていない衝撃的な予測を、私に告げる言葉を。


 そして何より、悲痛な自己嫌悪の篭った、無意識に彼女を傷つけた私の無思慮を射竦めるあの瞳を。


 彼女は罰。気付かざる私達の傲慢を糾弾する弾劾者。私はそれから逃げられなかなかった。


 けれど彼女には、H・S-17には、何も無かったはずなのです。この世界に対し、怒りと悲しみ以外は。……なのに。何故……



 そして一人と一人の物語は今に至り、二人共にある事でもっと大きな物語となっていく。



「……どうして、私を助けに……!」

「……謝りたかったんだよ!」


 百数十フィートの巨体と相応の装甲で飛行可能、原型程の照準・連射能力は無いが蒸気式の飛行船と複葉機が主なこの世界の航空戦力なら数百機でも近づく事すら出来ぬ迎撃機構を備えた重スチムドロン。その操縦席に拘束され機械接続される直前だったハリエットは、眼前で戦うH・S-17に叫び。


 H・S-17は、彼の独自発明である蒸気鎧即ちスチームパワードスーツを着用したこの世界のDrケビンと戦いながら答えた。


「妬んで、疎んで、罵って。それも、別世界の自分を。そいつぁ、オレぁあんまり惨めったらしい情けないバカ女じゃないか!」

「成る程大した力! 人間型の蒸気鎧同然という情報どおりじゃな!じゃが!」


 ぐももももも!

 GI!GI!BACHI!


 10フィートはある蒸気鎧と手4つで組み討ちし絞り出すように叫ぶH・S-17。その叫びに構わず、その身体能力を見て興奮するDrケビン。轟音を立て蒸気鎧が押し込む。H・S-17が押される。構成する技術は遥かにH・S-17の肉体の方が高度だが単純な馬力では蒸気鎧が勝る。機械化された体の金属フレームが軋む。どこかの傷から漏電が発生する。


「ぐっあっ! っ……オレはバカだが、もうやっちまったが、やっぱり……」


 苦痛に苛まれながら、それでもH・S-17は抗い続けた。呻くように、言葉を続けた。


「綺麗な奴を妬んで踏みにじるのはやめる!それじゃオレのいた世界と同じだ、すまなかった……!」

「っ……!」


 膝を屈しそうになりながらもそう告げたH・S-17。


 それにハリエットは、感情的衝撃に目を見開いて。


 次の瞬間、見開いた瞳に映った物から今己に出来る事がある事に気づき叫んだ。


「左手を何とか離して!」

「え!? わ、わかったっ!」


 咄嗟にH・S-17は理解した。この局面を切り抜ける為の言葉だと。何しろ平行世界とはいえ自分の言う事だ。わかる!


「言われてさせると思うかバカ娘がっ!」


 左手を手四つの状態から離そうとするH・S-17に、させぬと左手を絶対離させまいと集中するDrケビン。


「嘘、右!」

「分かった!」

「何と!?」


 だが無論相手にも聞こえる事はハリエットも承知の上。H・S-17は迷わず次の声に従った。集中が甘くなっていた右手を逆に振り払い。


「左足1フィート下がって!」


 そこで狙い済ましたハリエットの声が飛ぶ。即座にH・S-17はそれに従い。


「おわぁっ!?」


 そして転んだ。そこにあった軽金属板を踏み、その板が滑ったのだ。結果、H・S-17は大きくのけぞり足を前後に開いて床に座るような格好になり……


「うおおっ!?」


 H・S-17に伸し掛かる体勢をとっていた蒸気鎧は、繋いだままの左手を中心に体をぐるんと返され投げ飛ばされ!


「ほうわああああああああ……っ!?」


 眼下の新倫敦へと悲鳴をあげて落下。悪の野望はあちこち省略した形であっさりと絶たれたのだった。


 全ては一瞬でここまでの状況を推理したハリエットの推理どおり。制御AIの代用を見込まれた蒸気世界の名探偵の頭脳を、囚われのヒロインと侮ったがDrケビンの野望の最後であった。


 そして。



「……その」


 主のいなくなった巨大飛行船の中で、同じ顔の少女二人は向かい合った。


「貴方はもう謝ってくれたでしょう。迷惑をかけ、私こそすいませんでした。それに、傲慢でした」


 済まなそうな顔をまだしているH・S-17にハリエットは微笑み、そして沈痛の表情で自ら頭を下げた。


「違う違うっ」


 それにH・S-17は慌てて手と首を降ると。


「オレの予想の事だけど。小さなサブAIに予想させた事だ。だから……」

「いいえ」


 この世界が滅びるって話は、見当違いかもしれないから気にしなくてもと言いかけるH・S-17に、ハリエットは首を振ってその目を見た。H・S-17は、思わず見とれた。


「当たっていてもいなくても。問題が提示されたならば、確認した上で解決するのが文明人というものです」


 熱意と知恵と誇りとで、輝く様な瞳だった。


「貴方が提示して下さった問題、必ず解決して見せますわ。そうして、この世界を滅ばせません。見てて下さいましね?」


 未来と希望と人を信じる決意煌く笑顔だった。技術力で勝るH・S-17の世界に無いものだった。


「……一番近くで見せてくれるなら。あと、手を貸してもいいなら」

「ええ、喜んで」


 だからH・S-17はそう答えて。ハリエットはその手をとった。


「とりあえずこの飛行船何とかしないとな。操縦機構が向こうのを使ってるから、俺でも接続できる、郊外に着陸させるぞ!」

「はい、お頼みします。私はモールス信号機で地上と連絡をとりますわ!」


 そして二人は、事件の後始末に入るのだった。



 この後、H・S-17の世界のDrケビンが行方不明になっている事が明らかになったり、ハリエットの世界のDrケビンが転落したのに墜死した形跡が無かったり、H・S-17が新しい名前を得たり、ハリエットがH・S-17の世界に行く事になったりするのだが。


 今この時、二人が自分達の世界に反抗し、過去の世界と自分に別れを告げた。


 それがこの物語だ。別の世界を知る事で、己と己の世界を強く超えていった。


 それに比べれば、それらを彼女達が乗り越えていける事は最早必然。


 故に割愛、以下省略。これにて、そしてこれからも、一件落着なのである。

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パンク×パンク 博元 裕央 @hiromoto-yuuou

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