勇者パンテラ・魔王スタンディングオベーション

I田㊙/あいだまるひ

俺たちの戦いはこれからだ!!

 ――魔王城手前の村・マンホール村

 

「とうとう明日、魔王城に乗り込むぞ…盲牌もうぱい、アンコウ、サックス」

「ああ、ここまで長かったな、パンテラ」

「一緒に旅ができて良かったよ、パンテラ」

「私たちがここまでこれたのも、あなたのおかげです、パンテラ」

 

 彼らは、魔王を倒すべく立ちあがった優秀な戦士たち。

 勇者パンテラ・格闘家盲牌もうぱい・魔法使いアンコウ・賢者サックス。

 冒険を経た今、それぞれが一騎当千の猛者もさである。

 人々を恐怖のどん底へとおとしいれる魔王スタンディングオベーション。彼らはその魔王スタンディングオベーションを倒す為、ここまで長い旅を続けてきた。

 ついに魔王スタンディングオベーションを倒す一行が現れたと、勇者たちは村の多目的ホールで、村からの歓待かんたいを受けた。

 夕食のメニューは、もも肉のパイ包み、ポルチーニのパスタ、チンゲン菜の炒め物、ぶっかけうどん、トロサーモンの寿司、おいなりさん、あわびやまぐろの豪華海鮮盛り、栗ごはん、なめこの味噌汁など、ジャンルも種類も豊富に。デザートにチェリーパイ、おしるこ、チョコバナナ、杏仁豆腐あんにんどうふ。ドリンクは各種生絞りジュース、村一番の牛の搾りたて特濃牛乳。

 それらを腹いっぱいに食べたあと、彼らは寝室で四人、次の日に残らない程度に酒を飲みながら昔話に花を咲かせる。


「そういやよお、あんときゃやばかったなあ…」

 

 あまり酒に強くない盲牌もうぱいは、すでに酔っているようで顔が赤い。

 

「どの時ですか? 私はファイアドラゴン・マントルとの戦いが一番辛かったですけどね。魔法の防御壁を張っても、近付くだけで体力を消耗するので、やけどを治したり回復魔法を掛けたりと大変でしたよ」

 

 サックスがそれに反応した。

 ひっく、と一つしゃっくりをして、盲牌もうぱいは続ける。

 

「俺が言ってるのは、アイスドラゴン・アナリストの方だが、どっちもまあどっこいどっこいってやつか。アイツの氷は分厚すぎて、俺の拳でもなかなか破れなくてイライラしたぜ」

「そうですね、やはりドラゴン戦は体力魔力の消耗が激しく、なかなか辛かった」

「けど、そのおかげで、マントルからは俺の武器『置換反応ちかんはんのう』とアナリストからはサックスの武器『マンネリ』がとれたもんな」

「どちらも、強力な武器でしたからね。辛かったですけど、得た物はおおいに役立ちました。パンテラとアンコウは、なにか辛かった戦闘の思い出ありますか?」

 

 話を勇者と魔法使いに振る、サックス。


「そうだなあ、俺は…魔王四天王のひとり、ピストンとの戦いが辛かったかも。あいつの攻撃は大したことなかったが、何度も取り巻きにマンドリルを召喚されて、切っても切っても…って感じだったし」

「僕は、別の四天王ペニシリン。毒攻撃が厄介だった。まさか毒を使って僕の攻撃魔法を防ぐなんて思ってもみなかったし…」

「四天王は四人ともわりと面倒な攻撃をしてきましたもんね。夢使いマチュピチュは私たちを眠らせてきて、夢の中で攻撃を行うなかなか面倒な敵だったですし」

「それを言うなら最後の一人、オーラルコミュニケーションだって、超音波を武器にしてきて、大分苦戦したしな」

 

 苦戦したモンスターについては、みなそれぞれ思う所が多く、どれが一番だったかというのは中々に決めがたいものがあった。あーだこーだと話しているが、決着はつきそうにない。

 勇者が、その話を途切とぎるようにみなに話しかける。 


「そういえば、みんなはこの旅が終わったら、どうするつもりだ?」

 

 その問いにいち早く反応したのは盲牌もうぱいだった。


「俺は、生まれ故郷のオナガワ村に帰って拳法けんぽう道場を開くつもりだ。魔王を倒した一人の道場なら、食いっぱぐれないだろうからな」

 

 やれやれといった顔でサックスは盲牌もうぱいを見つめる。


「道場を開くのはいいですけど、私が貸したお金、返してからにしてくださいよ? 全く、カウンティングもできないのに、カードゲームばっかりやって!」

「魔王スタンディングオベーションを倒せばヴェニス王からの謝礼でなんとかなるだろ! がははは!」

 

 盲牌もうぱいはサックスの小言を豪快に笑い飛ばした。


「僕は、魔女マンゴー様の元に戻って、まだ見ぬ魔法を生み出したいと思ってる」

「マンゴー様か…。とか言って、マンゴー様の事好きなんだろ? だからマンゴー様のところに戻りたいんだよな、アンコウ?」


 パンテラがアンコウを指差してにやにやしながら言った。もうこれで最後なのだ、ぶちまけてもいいだろうという風だ。 


「ぼっ、僕はマンゴー様の事そんな風に見たことないよっ!」

「またまたぁ!」

「本当だってば!」


 顔を真っ赤にしながら、アンコウは言い返す。みな、にやにやしながらアンコウを見つめている。


「もう僕のことはいいだろ! サックスはどうなのさ!」

 

 周りのにやにや顔に絶えられず、アンコウはサックスに話を振る。


「そうですね~、私は実は魔王を倒した後の事、全く考えてなかったので…」

「えっ、どうして?」

「私の実家がおまんじゅう屋ということは皆さんご存知かと思いますが、私が実家に帰らないということは、恐らく家族も分かっていると思うので…」

「まあ、最初からおまんじゅう屋を継ぐならまだしも、賢者になるって出てきちまってるからなあ…」

「ですので、特に行き先が決まっていないんですよね。終わったらどうしましょうかね~。盲牌もうぱいから帰ってきたお金を頭金に、私も賢者育成の道場でも開きますかね」

「おっ? 俺とオナガワ村に来て、隣で個人授業のサックス塾でも作るってのか?」

「隣はどうかと思いますけど、なくはないかなと思っている程度ですよ。ところで、パンテラはどうするのですか…? パンテラのアイナメ村はもう…」


 勇者パンテラの住んでいたアイナメ村は、魔王軍によって壊滅させられた最初の村だった。パンテラの帰る場所は、もうないのだ。


「実は俺は…、魔王を倒した後、ヴェニス王に一人娘のマンゴスチン姫をめとり、王位を継がないかと…言われている」

「えっ!? じゃあ、次の王様ってことですか?」

 

 三人とも、パンテラに注目する。


「まあ、俺も…マンゴスチン姫のことは…とても美しく優しい、素敵な方だと思っている。…何より王様直々に俺にとつがせたいとのことだし…その…受けようとは、思ってるんだ」

「わあ! 祝福するよ!!」

「そりゃめでてえ!」

「私、神父の資格も持っているんです! 私が式をり行いますよ!」


 パンテラはみなの祝福の言葉に照れながら、頭を搔く。


「ありがとう、みんな。でもそれも…魔王スタンディングオベーションを倒してからの話だ」

「ああ」 

「うん」

「そうですね」

「辛く、苦しい戦いになると思う。僕らの力が通じるかどうかも分からない、だがやるしかない…!! そうだろ、この世界の為に俺たちは立ちあがったんだから!!」

 

 パンテラは魔王討伐戦前夜、彼らと共に魔王スタンディングオベーションを倒すことを、一層固く誓ったのだった。

  

 

 ☆ ★ ☆ ★ ☆


 ――魔王城最上階・ガチンコの間


「ふはははは、よく来たな勇者たちよ!!」

「魔王スタンディングオベーション!! ここにいたか!」


 ようやく辿たどり着いた、城の最上階。壇上で禍々まがまがしい椅子に鎮座ちんざした魔王スタンディングオベーションと、その側近であるマンツーマンがいた。


「スタンディングオベーション様が出るまでもありません。ここはわたくしマンツーマンがお相手いたしましょう」

 

 マンツーマンは玉座の横からふわりとパンテラ達の元へと飛んできた。


「くそっ、ここまででも大分疲労が酷いっていうのに…、まだ側近が残っていたとは…」

「くっくっく、ここまで来れただけでもあなた達は相当にやり手ではありますよ、下の階の優秀な部下たちを倒してきたのでしょう…?」

「へっ、優秀だって!? 大したことなかったぜ! そうだろ、パンテラ!! まだ弱気になるのはええ!!」

「そうですよ! 私たちは、魔王を倒す為にここに来たんです!」

「僕らは、絶対に屈しない!」

 

 励ますように、三人はパンテラを囲みそれぞれの武器を構える。その仲間の勇姿に奮い立たない者は、勇者ではない。

 

「…そうだな、なんで俺は…弱気になっちまったんだ! 負けない!! 俺たちは、お前たちに絶対に負けない!!」 

「くっくっく、その威勢がいつまで続きますかね…! 喰らいなさい『潮吹しおふきくじら』」

「ぐああぁっ!!」

 

 マンツーマンのてのひらから、魔力が込められた潮が吹きつけられる。三人はその威力に後ずさり、膝をつく。


「この潮の力は、これだけではないですよ。集まりなさい! 潮よ!」


 マンツーマンから吹き出しダメージを与えた潮は、渦のように三人の体から魔力を奪いながら浮き上がり、くじらの形をした。

 ぽかりぽかりと彼らの頭上に浮く、潮吹きくじら。


「これが、わたくしの『潮吹きくじら』の真の姿…くじらとは、わたくしのことを指すのではない、潮吹きによって形成されたくじらのことを指すのです…」

「クィエエエエエエ!!」

「うわぁぁああ!!」


 ビリビリと空間を震わす声で鳴く潮吹きくじら。 


「『潮吹きくじら』よ、やつらを窒息させなさい!」


 マンツーマンの指示により、頭上から勢いよく潮吹きくじらがパンテラ達を包み込む。彼らは完全に潮吹きくじらの中に閉じ込められてしまった。

 ばたばたと、手足を動かしもがく四人だったが、潮吹きくじらはびくともしない。


「無駄ですよぉ! わたくしの『潮吹きくじら』には膨大ぼうだいな魔力が込められているのです! あなた達から吸い取った魔力も含めてね!! いくらもがこうと、あなた達はそこから抜け出すことはできません! ふっふっふ! はーっはっはっは!!」

 

 勝ち誇ったように、笑い声をあげるマンツーマン。なおももがき続ける四人だったが、一人だけ意識を杖へと集中する者の姿があった…。


「ぐぼぉ…ごぼっ」

「がぼぼ…っ」

「ぐぶっ…」

「がぼっ、がぼんぼ! がばばぼぉ! ぶびぶぶべ! がぼびんぼっび!!」


 アンコウの杖が光り、彼らを包み込んだ潮吹きくじらの形がぐにゃりとねじまがったかと思うと、パンッと音を立てて弾け、霧散むさんする。どさどさと音を立ててその場に崩れ落ちる四人。


「なんだと!?」

「げほっ、げほっ! まさか、魔王戦の前にとっておきを使うことになるなんて…」

「あなた…一体何をしたのです!」

 

 わなわなと体を震わせ、怒り心頭の様子のマンツーマンを横目に、アンコウの持つ杖はこれまでになく光り輝いている。


「僕の杖『誘因突起ゆういんとっき』の特殊効果、魔力吸引。魔力で形作られたくじらなら、この杖で魔力を吸い尽くせば、ただの潮水しおみずに戻る…、そうだろ?」

「ば、ばかな…! 私の魔力だけではなく、あなたたち自身の魔力も入っているのですよ…!? ただの魔法使いごときに吸い尽くせる魔力量ではなかったはず!!」

「吸ったのは僕じゃない、この杖さ。この杖は見た目より大喰らいでね…! 本当はそこで笑ってるスタンディングオベーションの魔力を吸い尽くしてやるつもりだったんだけど…!」

 

 こらえきれない様子で、スタンディングオベーションは高らかに笑う。

 

「くっくっく、はっはっはっはっは!! もうよい、マンツーマンよ、下がれ」

「スタンディングオベーション様! 私はまだ負けていません…!」

「下がれと言っている」

「……っ! はっ…」


 威圧感を感じるスタンディングオベーションの魔力放出に、マンツーマンは冷や汗を垂らし、下がった。


「アンコウ…、お前のおかげで助かった…」

「この杖にはみんなの魔力とマンツーマンの魔力も入ってる…、一発これでスタンディングオベーションにかましたいところだけどね…!」

「ふん、いつでも、そのたんまりと魔力をため込んだ杖でに攻撃するがよい。しかし…満身創痍まんしんそういのお前たちに勝ったところでなにも面白くはない。回復してやろう。『クイニーアマン』」

  

 クイニーアマンは、最上級の回復魔法である。四人の体力や、魔力消費、傷などが瞬時に回復した。 

 

「スタンディングオベーション様…! …なにを!」

「余のすることに、口出しをするというのかマンツーマンよ…?」

「……い、いえ…」


「全力でかかってくるがよい!! このスタンディングオベーションの圧倒的な力に、平伏ひれふすお前たちを想像するだけでこのスタンディングオベーションの股間がスタンディングオベーションするわ!」




『――カット、カットぉ!! ちょっと! なんで股間がスタンディングオベーションとか言っちゃうんだよ! もうこれ終わりな!』


 ブチリ! という大音量と共に謎の声は消え、ざわつく場内。


「えー、マジかよ…、ちょっと…え? スタンディングオベーション、それだめなやつでしょ~、ここまできてやっちゃう? ちゃんと考える脳みそ入ってる?」

 

 勇者パンテラからの痛烈な一言!

 

「へっ!?」


「…ここまで頑張ってやってきたのに…すべてが台無しじゃないですか…。もうちょっと考えて発言してくださいよ…。そういうのは違いますよね?」

 

 賢者サックスからの深いため息!  


「ええっ!?」


「えー、スタンディングオベーション様、正気ですか?」 

 

 信頼していた側近マンツーマンからの冷たい言葉!


「えっ、お前まで!?」


「こっ…股間がスタンディングオベーションwwww ぶっほwww 何言ってんだこいつwww」


 格闘家盲牌もうぱいからの嘲笑!


「なんっ!?」


「はー、ないわあ。僕の『誘因突起』から『万華鏡まんげきょう』を出す前に打ち切られることになるなんて…ほんっと、空気読めてないわ~」


 魔法使いアンコウからの割とガチめのさげすみ! 


「………」


 打ちひしがれる魔王スタンディングオベーション。



『俺たちの(運営との)戦いはこれ公開してからだ!!』


―完―

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者パンテラ・魔王スタンディングオベーション I田㊙/あいだまるひ @aidamaruhi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ