第39話 腕

 熱い。熱い熱い熱い!

 左腕が熱くて熱くてたまらない。身を捩るとびちゃ、と生温かい血溜まりが音をたてた。目の前がチカチカする。


「_____ッ! ______!」


 身体を受け止められて、何か耳元で叫ばれている気がするが何も聞こえない。聞いている余裕がない。ふと気付くと腹の感覚もない。

 ランの服が紅く染まっていくのをただ呆然と眺める。

 彼の手が抉られた俺の腹に伸びて、魔力が流し込まれた。腹部への温かな感触に医療魔術だ、とぼんやり思う。その後その手は俺の左肩へと移った。それを目で追って直後、声にならない声が零れる。


「う、あ……っ」

「見ちゃダメ」


 すぐに後頭部を抑えられて肩口に目元を押し付ける。けれども一瞬だけ見えた。見間違いなんかじゃない。


 俺の腕、なかった。


 何も考えられなくなって、息の仕方も分からない。喉の奥がかひゅ、と鳴った。


「大丈夫。止血はしたから。大丈夫、大丈夫」


 宥めるように、言い聞かせるように声が聞こえる。何が大丈夫だ。腕、ないんだぞ。

 そのまま優しく横たえられて、腕があったところに俺の血で染まった彼のベストが掛けられた。近くに落ちていた雪華に手を伸ばすと、それを引き寄せて握らされる。


「安静にね、なんとかしてくるから」


 彼は言うなりニコリと微笑んで立ち上がると、長髪を翻して女性の元へ走っていった。

 ここで初めて分かったのが、彼が俺の治療をしてくれていた間、ルリがずっと女性の相手をしていたらしいということが。そこにランが加わる。


「竜、いいわね! 竜も欲しい!」

「あげないよ!」


 彼がどこから取り出したのか小型のナイフで応戦しながら答えるとルリが同意するようにブレスを吐く。完璧なコンビネーション。彼が非戦闘員なのを忘れる程だ。けれどもやはり押されている。


 動かない身体がもどかしい。たとえ片腕しかなくても、足が無事なら走れる。足はなんともないだろう。動け、動け動け動け動け動け動け!


 無理矢理身体を起こして、片膝立ちになった時。


ドクン


「っ!?」


 何かが身体中に流れる感覚に襲われる。血液か? けど血とは違った変な感じ。


ドクン、ドクン、ドクン


 燃えるように熱いこれは____霊力だ。

 これまでに扱ってきた量の何倍もの霊力が動いている。


「ぐ、あ……っ」


 苦しい。腕が吹っ飛んだ時より苦しい。身体中が熱くて、それでも芯のところが冷たい。そんな、不気味な心地。

 ただひたすらそれに耐えるを


「う、ふぅ……っうあっ!」


 最後にドクンと大きな波が来て、衝撃に崩れかけた身体を両手でついて支えた。……両手?


「あ、る……」


 思わず目を見開いて見ると、なくなったと思っていた左腕が、きちんと行儀よくそこにあった。

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