第38話 通らない刃
「っ!」
熱風に煽られ、吊り下がっていたシャンデリアにぶち当たる。ガラスの割れる音が派手に響いて、顔を顰めた。背中は軍服に守られたが頬を切ったらしく淡い熱を感じる。
タン、と着地するとまず鼻に濃い鉄の匂いがついた。
「くそ……っ!」
「あら、一人仕留めきれなかった子がいるわね」
突如耳に届いた声に反射的に雪華を振るう。真っ直ぐに飛んできた魔力の弾丸が白雪のような刃に切り裂かれてキラキラと散った。
その向こう側、舞台の上で女性が上品に微笑んでいる。見た目だけなら魔術なんて出きなさそうな、可憐な雰囲気だが、この扉の前の惨状を作り出したのは間違いなく彼女だ。
「妹は何処だ」
刀身を向けて問う。一瞬の油断も空きも許されない。許したが最後、狩られる。
いとも容易く奪われた命は、取り戻せない。ならばせめて、目の前の仇を取らなければ。
「ボウヤ、あの娘のお兄ちゃんなのね?」
ルージュを塗った唇から出た言葉を無視して睨みつける。クスクスと笑われて、惜しいことをしたわ、と残念そうな声がした。
「こんなお兄ちゃんがいるなら、見逃さずに捕まえておけばよかった」
「見逃した……? どういうことだ」
つまりメイは今ここにはいないのか? 確かにあいつはなかなか豪胆な性格をしているがこの絶海の海上アジトから一人で逃げ切れるのだろうか。
俺の声に女性は答えない。
「うーん……今からなら十分間に合うわねぇ……。んもう、こんな事情なら別の手を打ったのに」
何やら一人でブツブツと呟いており、少し気味が悪い。静かに後退る。
「魔術の才能のある妹に、刀使いの兄……。いい、いいわ、この兄妹、本当にいいわ」
雲行きが怪しくなってくる。死とは別の恐怖が足下からぞわぞわと上ってきて、気持ち悪い。
「じゃあまずはお兄ちゃんの方を捕まえなきゃ!」
言うなり俺の周囲に魔力が一瞬で集まってきて、結界が構築され始めた。それが完璧になる直前に一閃、出来た隙間から飛び出す。
人を殺すのは恐い。けれど、そのつもりでやらなくては自分が殺される。
「っ、
素早く
(魔法陣もない、無言で魔法を……っ!?)
動揺するもそれを引き摺っている間はない。
遠距離からだとどうしても届いた時には込めた霊力は弱ってしまう。そのせいで防がれるのならば、近くから直接叩き込まなくてはならない。
近くの椅子を蹴って、一気に間合いを詰める。足場となった椅子がバキャリとお亡くなりになった音がした。
「
ガキィン、と刀身が結界と擦れる。硬い。竜より硬い。おかしいだろこの硬度。
それでもなんとかして破ろうと力を込めると女性の口が三日月に歪んだ。
(まずいっ!?)
そう思った時には既に遅く、視界がぐるんと回った。
「がは……っ!」
天井にこするように叩きつけられ、扉のそばに落ちる。びちゃり、と嫌な音が鳴った。立ち上がろうとするが滑ってしまってうまく立てない。天井にぶつかった時に折れたのか、肋骨に明らかな違和感と痛みを感じる。まずい、非常にまずい。
パニックになりかけたその時、上からパラパラと小さなくずが落ちてきたかと思うと、直後に何か降ってきた。俺が驚く間もなくそれは着地と同時にパァン、と手に持っているピストルの引き金を引く。
「っ!?」
それに女性が気をとられているうちに、聞き慣れた声がした。
「アカリ君っ!」
「けほっ、ランっ!?」
彼は振り返ってその黄玉を曇らせた。その袖を引いて骨を軋ませながら声を絞り出す。
「み、んな、一瞬、でっ」
分かってはいたが、黙って首を振られる。
だがそれと一緒に彼の背中越しにサイズは小さいが魔力の塊が迫ってきているのを見た。
「っ!」
掴んでいた袖をそのまま思いっきり横へと動かす。一拍遅れて俺の身体も横に倒れるが、爆音と共に腕に衝撃が走り、そして赤が視界の端で舞った。
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