第28話 まあ言えないよね
部屋から出たスズメはふぅ、と息をつくと酒場まで降りていく。
彼女は協会の窓口まで行き、通信魔術機を使いたい由を伝えた。受付嬢は愛想よく笑ってどうぞ、と小さな鍵を手渡す。
それを受け取って酒場の奥へ行くと、小さな個室がいくつか並んでいる廊下へ出る。スズメは鍵の番号を確認して、その一室に入った。
部屋の中には椅子と小さな机、そして据え付けられた通信魔術機しかない。彼女は椅子に腰掛けて受話器を取り、懐から取り出した手帳に書かれた番号を打ち込み始めた。
携帯型の通信魔術機は番号を持たず、登録してあるものとしか通話出来ないが、このように据え付けられているものは番号を持ち、それさえ知っていれば通話は可能だ。魔力も常に供給されてある。
番号を打ち込み終わったスズメは緊張したような面持ちで少し逡巡して、やがて覚悟を決めたように通話ボタンを押した。
数コールの後に相手が出た気配がして、聞き覚えのある
「アタシだ。……頼みたいことがある」
通話の相手が、嬉しそうに笑った。
「行けるようになったぞ」
「マジかスズメさん!」
やりきった、という顔をして部屋に戻ってきたスズメさんがグッとサムズアップをする。一戦終えた戦士のような顔だ。戦帰りかな??
「合同アジトの近くの町で落ち合うってことで話をつけたから。明日出発するぞ」
そう言うなり彼女は準備があると言って出て行ってしまった。なんだかやっぱり嵐のような人だ。それを眺めてランが苦笑する。
そんな彼に俺は少し思っていたことを聞いてみた。
「なあ、ラン」
「うん? なんだい」
「ワーナーさんのこと、気づいてたのか?」
彼は数日前、ノーツでワーナーさんと別れた後、何か考え込んでいた。その上種族の違いなんて大きなものはいくらワーナーさんが黙って、その特徴を隠してしまっていても医者である彼ならば分かっていたのではないか。
そう言うと「確証はなかったよ」と困ったように微笑まれる。
「すごく器用に隠していたから」
すると彼はそれよりも、と隣に座っている俺に手を伸ばした。黒い手袋に包まれた手が、するりと俺の頬を撫でる。その仕草に背筋がぞくりとして彼から距離を取ろうにも何故か動けない。
黄玉が嵌め込まれたような瞳がじっと俺の目を見つめた。
「君は何か隠していることはないかい? 例えば……この
綺麗だよねぇ、と彼は口角を上げる。口元は笑っているが目が笑っていないその不気味さにひく、と唇の端が引き攣った。
「赤い瞳の人間はものが見えづらいんだ。けどそれなのによく見えてる人は……」
硬直した俺の耳元にランが口を寄せる。そして彼は吹き込むように言った。
「ヒトじゃないんだって」
その声色にそら恐ろしいものを感じて咄嗟に腰をあげようとして、しかし膝の上のざくろに気づいて体重移動をしそこねてざくろを抱えてベッドから落ちる。びゃう、という不機嫌な鳴き声がした。ごめんな、驚かせて。
てか何今の。めちゃくちゃ恐かった。
バレてる? 俺が受けた“おまじない”について言うべき?
てか言えるか? その通り、俺は人間じゃあないんですって。
ただの気が狂った野郎じゃないか。
目を白黒とさせる俺に彼はごめんごめん、と笑った。
「冗談だよ」
冗談に聞こえなかった、という抗議はぐっと飲み込んだ。
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