第14話 語弊ある言い方には気をつけてほしい

 治療を初めてしばらくして、やっとランがふう、と一息ついた。


「ひとまずの治療は済みました。あとは体力回復のためにゆっくり休んでください。……あ、栄養が足りていないようなのでいくらか食べ物も置いていきますね」

「ありがとう、ございます……」


 かなり楽になったように見える女性が微笑む。お母さん、と少女がベッドに駆け寄ってその手を握った。それに彼は頬を緩める。俺の頬もゆるっゆるだ。

 と、その時戸が叩かれた。同時にスズメさんの声がする。


「おいラン、この集落の責任者の人、来たぞ」

「ああうん。では、僕はこれで失礼しますね」


 ランが腰を浮かせて母娘に言うとまた別の声が外から聞こえてきた。

 今度は年をとった男性の声だ。落ち着いていて、よく通る。


「いや、すまんが、入らせてもらってもいいかね?」

「長老様」


 慌てて半身を起き上がらせた母親は、その拍子に咳き込みながらどうぞ、と返す。細い背中を少女が心配そうにさすった。ランも無理をしないように、と声をかける。

 その声が聞こえたのか外で息をのんだような気配がして、ドアノブが動く。スズメさんが見張りに立っているので鍵を開けていた扉はいとも簡単に開き、そこからかなりお年を召していそうな老人が入ってきた。しかし表情や動きはまだまだ現役に見える。端的に言うと若々しい。

 老人は二人の姿を認めて心配そうに口を開く。


「二人とも、病気は大事ないか?」

「私は大丈夫です」

「私も今医師様に治していただいて……。すみません、ベッドの中からで……」

「いいや、構わんよ」


 ゆるりと首をふった老人は竈のそばに持っていた麻袋を置く。袋はそれなりに重いようで、どさりと音をたてた。


「二人ともこんなに痩せてしもうて……。家の前にいつも食料を置いていたのだが、この分だとあ奴らに持ち去られてしまっていたようだな……」


 きつく言っておかねば、とごちる彼はおそらくこの母娘の味方なのだろう。あの男のような住民たちを持て余しているようである。てかあの人たちそんなこともしてたのかよ……。

 聡明そうな瞳がランを捉えた。


「医師殿、よく来てくださった。あ奴らは貴殿がヤブ医者である、追い出すべきだと叫んでおったが、矢張り間違いであったな。サナを治してくれたのだから」


 サナ、というのは母親の名前か。彼女はその言葉に改めてランに頭を下げる。


「連中は少々性格に難がある者たちだからのう……。儂がサナ達にと置いた食料を盗むなど言語道断、どちらが人殺しであろうか」


 怒りを顕にして憤った彼は話が逸れてしまったな、と息を吐いた。そしてランに言う。


「物や人手が必要になりましたら遠慮なく言ってくだされ。我々の出来ることならいくらでも協力致そう」


 真摯なその様子にありがとうございます、と返したランは「早速ですが」と首を傾げた。


「患者の元へ連れて行ってください。これから治療して回ります」


 外はまだ明るいが時刻は既に夕刻。しかしきっぱりと言い切る。そしてその調子で俺に言った。


「アカリ君、今夜は徹夜だ。寝かせないからね」

「おおう……」


 ……その言い方はちょっと語弊あると思うぞ。

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