第69話 紅蓮の竜と竜玉の誕生
「あ、あああ……」
瘴気に包まれた子竜に手を伸ばしても届くはずも無くそれは空を切る。
あの瘴気に包まれて普通の生物が無事でいられるはずがない。
目の前で死んだ、死なせてしまった。無邪気で何も知らないこどもを。誰かが守らなければならないこどもを。
初めて、好意を抱いていた生き物が死ぬ瞬間を見た。
膝から力が抜けて、かくんと折れる。
まだ出会ってから数時間しか経ってはいないけれど、そんな短時間でもあいつは俺によく懐いてくれた。この数時間で、俺はあいつになにかしてやれただろうか。いや、何もしていない。何もしてやれなかった。
その事実が、俺に重くのしかかる。
唇を噛んでうつむいた。
しかし、そんな俺をよそに突然驚愕の声が聞こえた。
「なんだっ!?」
「何かいるぞっ!」
その声に顔を上げると流れ落ちていたはずの瘴気が一ヶ所に集まり、そこにいる"何か"に吸収されている。すでに地面に落ちた瘴気も然りだ。
その“何か”は、みるみる大きくなる。大きくなっていくうちにその形もだんだんくっきりしてきた。闇のような瘴気の中でそれだけが白く光り輝いている。
穴も瘴気が減っていくおかげか閉じやすくなったらしくどんどん小さくなり、やがて閉じた。後ろで力が抜けたのかベネディクトが膝をついた気配がする。
瘴気を吸収しているそれはまるで、巨大な竜が翼で自分の姿を包んでいるように見えた。
老竜の注目もそれに注がれているようで、この場の全ての視線が一点に集中する。
そして全ての瘴気を吸収し終えると、その光が収束してその姿が露わになった。
燃えるような紅蓮色。頭には角のような突起が二本。硬そうな鱗。身体に走る何本もの黒い魔力の筋。
一瞬してバサリとその翼が広げられて、それ____巨大な竜の顔が見える。その黄玉のような瞳がぐるりと辺りを見回して、俺の方角で止まった。大きな咆哮が上がる。
『グオオオオオオオオオオ!!!!』
咆哮は竜玉の間に響き渡り、空気を震わせる。
そして、力強く羽撃いて竜は飛ぶ。起こった風がビュオッと音を立てて駆け抜けていった。竜はぐるりと竜玉の間を一周すると真っ直ぐに俺の元を目指して降りてくる。
……えっ、待て待てちょっと待って。このままきたら撥ねられる!
そんな恐怖を感じて立ち上がろうにも俺の脚は仕事を放棄し力が入らない。
ぶつかる!
目をぎゅっとつぶった。が、俺にぶつかってきたのは竜でもなくブレスでもなく、熱い風だけだった。
「…………? ……うぉあっ」
不思議に思ってちらりと目を開けると目の前に竜の顔ドアップ。ただのアップじゃない、そう、ドアップだ。竜の鼻息がフンフンと顔にかかる。熱い。
それに戸惑っていると竜はグリグリと俺に頭をこすりつけてきた。
これは……撫でろって意味なのか……? 触れと……? なんかめっちゃ熱そうな熱気放ってるんですけど……? コレ俺火傷しない? 大丈夫??
巨体を伏せてすり寄ってくるそれにそっと手を伸ばして、触れてみる。
あ……やっぱり鱗硬い……。あと思ってたよりは熱くはない。
思いながら撫でていると声が聞こえた。
『……マ…………』
「え? なんて?」
「ブッ」
「んっ」
なんて言ったのかよく聞こえなくて首を傾げると視界の端でハルイチさんとワーナーさんが崩れ落ちる。いやあんたたちは聞こえたのか、聞こえてたのなら何て言ったのか是非とも教えてほしい。
こちらを見ていた老竜の目が細められた気がした。
そんな老竜は瘴気が無くなったのをいいことにゆったりと台座に登り、割れて砕け散った竜玉の残骸の上に立つ。そして天を仰いだ。
『グオオオオオオオオオオン___』
そう一つ咆哮を上げると足元からピキピキと宝石のように光る竜玉へと変化していく。
流れるように身体が竜玉に変わってゆく中で、老竜は俺たちを見据えて優しげな瞳で言った。
『ありがとう、礼を言おう。人の子よ、我が友よ、守護者たちよ。汝らの征く末に、未来あれ、栄光あれ、希望あれ____』
そうして言い終わると同時に、新たな竜玉がこの巣に誕生した。
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