第70話 俺は竜を産んだ覚えはない

 生まれたばかりの竜玉は大きな一つの水晶のようで、こう見ると竜玉が竜から出来たものだとよく分かる。月日が経って細かい部分は削れていってしまうのだろうが、今目の前あるこの竜玉はあの老竜をそのまま型取りしたかのような精巧な彫刻に見える。

 キラキラと光るそれを中心にして竜玉の間に清らかな魔力が拡がっていく。瘴気で穢されていた水もみるみるうちに聖水のような美しいものへと変わった。


『グルッ』


 俺に頭を擦り寄せていた竜が小さく唸る。目を向けるとその巨体が少しずつ縮んでいくのが目に映った。


「え……っ!?」


 どんどん縮んだ竜は最後には俺の腕に収まる。


「お前……っ」

『キュイ!』


 そこにいたのはあの子竜で、目をくりくりとさせて俺に抱きついてきた。小さな鉤爪を俺の服に引っ掛けて、翼を広げて俺の身体を二の腕ごと包み込む。幸せそうなその顔には巨竜の面影が見えた。

 俺がそれに戸惑っているうちに竜の長は竜玉によって回復したらしく、立ち上がって堂々とした様子でこちらを見据える。そして一度頭を下げるように体勢を低くした後、一声天に向かって咆哮を上げた。


『グオアアアアアアアア』


 それに呼応するように巣の至る所からも竜の咆哮が聞こえてくる。


 こうして、全てが終わったのだった。



 「うわぁ、海キレイ!」


 竜の巣から出てきて、外の景色を見たメイが声を上げる。

 時間帯的にはもう夕方だが、常夏のこの王国は陽が落ちるのが遅い。未だサンサンと輝く太陽に照らされた海面は朝のあの様が嘘のように美しく陽の光を反射している。


「出航準備が整うまでまだ時間あるから、それまで遊んでたらどうだ?」

「いいんですかっ!?」


 ベネディクトが笑って言うとメイはきゃー、と楽しそうに岩場の端の砂浜まで走って行った。彼は元気だなぁ、と目尻を下げる。


「ベネディクト、お前は大丈夫なのか?」


 実を言うとついさっきまで彼が魔法を使った反動でほとんど動けなかったのを知っている。ここまでもワーナーさんに背負って来てもらっていたぐらいだ。

 俺が首を傾げると笑って返される。


「んー、ちょっとしんどいけど俺もいつまでも動けない程ヤワじゃないからな。何日か魔術は使えそうにないけど気分はいい! ……けど次からはやり方が分かっててもあまり魔法は使わないようにしないとなぁ」

「ああ。ワーナーさんの狼狽えぶり、凄かったもんな」


 竜玉による浄化を見届けた直後に彼が倒れた時の従者の姿を思い浮かべる。ベネディクトより顔真っ青だったなぁ……。

 話しながら岩場の磯に溜まった水に子竜に足をつけさせて遊ばせる。水の冷たさにキュイキュイと鳴いてぱしゃぱしゃと水が跳ねた。


『ママー!』

「うん、さっきも言ったけど俺は竜を産んだ覚えはないからなー?」

『ママー!』

「聞けよ」


 あと何故かは知らないけどこいつはさっきから俺をママと呼ぶ。あの時竜の言葉が聞こえたらしいハルイチさんとワーナーさんが吹き出した理由分かったぞ。

 その上この声は竜の長の時とは違って皆に聞こえるみたいで、呼ばれる度に俺に注目が集まって恥ずかしい。てか子供の竜って人間との会話不可能なんじゃなかったのか。

 しかも、親じゃないと言って竜の長に預けようとしたがどうやらこの子竜はこの巣の竜ではないらしい。こんな竜がうちの巣の竜でたまるかみたいなジェスチャーをしていた。じゃあこいつどこの子なんだよ。嘘でもいいから認知してくれよ竜の長。竜の子は竜だろ少なくとも人間の子ではないだろ。

 困り果てた挙句、ハルイチさんに相談してみたら後で教えてやろうと言われた。なんか彼にしては不安そうな顔をしていたけどこれは大丈夫な案件なのだろうか。


「取り敢えず後で分かるんならいっか」


 考えても俺の残念な頭脳では余計分からなくなるから、そう思い直して子竜を眺めた。

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