第35話 暗い森
「うへぇ、薄気味悪ぃな」
先頭を歩くスズメさんが声をもらす。
「足場も悪いし……。ねぇ、本当にこの島、結界で囲ってるんだよね?」
「そのはず、なんだけどなぁ……」
そう、そのはずなのだ。ならなんだ、この明らかにヤバイ空気が漂っているこの森は。
砂浜ではサンサンと晴れていたのにとても暗い。しかし、夜のような暗さとはまた違う。元から光が無いというより、光が吸い取られてしまったかのような暗さだ。
「何処かで結界が破れかかってるのか?」
「それは無いと思うぜ。あの王子のお付きの兄ちゃんが結界を張り直すのに付き合ってたんだけどよ、あの結界を張る能力は本物だ。本当に人間が張ってんのか疑う程にな。……てかさっきは森の中こんな感じだったけ……?」
「ならなんで……」
スズメさんの言葉にランが訳がわからない、と言うように呟いたその時
ガサガサッ
「「「!!」」」
すぐそばの草むらが揺れる。
俺とスズメさんはいつでも動けるように構え、ランは一瞬で最終形態になったルリと並んで草むらを睨み付けた。
草むらは未だガサガサと揺れている。
だがそちらに集中しているうちに横側に忍び寄ってきた影に気付かなかった。
ガササッ
『グァァッ!』
『ギャオン!』
「うわっ!?」
「ランっ!」
横から黒い狼が飛び出してきてランにその牙を突き立てようとする。が、ルリがとっさに彼の首根っこを咥えて後ろに放り投げたおかげでそれは空振りに終わり、獲物を失った牙がガキンと音を立てた。
ランを投げた勢いでルリは身体を回転させ、尻尾でその狼を薙ぎ払う。
『キャウンッ!』
「ボサッとすんな! 前にもいるぞ!」
『グァォ!』
スズメさんの声ではっとして前を見据えた瞬間に漆黒が飛びかかってくる。
「のあ、っと!」
間一髪で避け、振り向きざまに刀を振るう。だが動きが速く、その尾を掠って毛を少し散らせただけだった。
「おまっ、あの舞刀術とか言うやつ使ったら一瞬だろ‼」
スズメさんに怒鳴られたが、こっちにも訳がある。
俺は叫び返した。
「こんな木が密集した中で使ったら木が倒れて危ないし動き辛くなるだろ! 無闇な伐採ダメゼッタイ!」
「ったく扱い辛ぇ術だなぁ、あ!? てかその様子じゃあ一度やらかしたことあるなお前!」
「ああそうだよ死ぬかと思った!」
その時、更に出てきた二頭の狼が彼女に飛びつく。彼女は一頭は避けて強化魔術で強化した脚で蹴り飛ばした。ドゴォンと音を立てて木に衝突したそれは動かなくなる。うわ筋力すごい。
が、もう一頭は避け損ね、肩にガブリと噛みつかれた。
「ぐ、あっ」
「スズメさんっ!」
そばに寄ろうとしても狼がそれを許さない。
真っ黒い獣が上にのしかかる。鋭い爪を刀で受け止めるも、力が強くて上手く動けない。
『グルァ! ガウガウ!』
「っ重、いっ。ちょっと、俺たち食べるの、諦めて減量したらっ、と!」
『グ、グアッ!?』
渾身の力を込めて腹筋で起き上がる。
その拍子にひっくり返ったそいつが起き上がる前に喉元に一突き。ブシャッと血が飛び散り、足元の草を濡らした。
「スズメさん、は!?」
「っ、うらぁ!」
『グキュッ!?』
スズメさんが心配で振り向くと、なんと彼女は肩に狼をくっつけたまま立ち上がり、その状態で右の拳で左肩の狼殴りつけた。
何あの馬鹿力こわい。絶対あの人怒らせないようにしよう。
痛みで狼が口を離す。その前足が地面に着く前に彼女は膝蹴りをかまし、浮いた身体の腹に右ストレートを叩き込んだ。
吹っ飛んでいった狼はルリと相対していた狼も巻き込んで近くの岩に叩きつけられ、
『クギュッ』
と言ったきり動かなくなった。
「筋力パネェ……」
思わずそう零しながら周囲の気配を探る。どうやらこの近くにいた狼はこの四体だけだったようだ。
ランがひょこっとルリの影から姿を現して、スズメさんに駆け寄る。
「スズメさんっ、肩、肩診せて!」
「んあ? こんくらいどうってことねぇよ」
「診·せ·な·さ·い」
「……ウィッス」
ランの気迫に小さく頷いた彼女は木に寄りかかり、治療がしやすいように上の服を脱いでタンクトップになった。
ランが傷口を診ながら言う。
「傷口に瘴気が紛れ混んでる。あの狼、この島のじゃないのかな……? ……少し痛むけど、我慢してね」
「ははっ、アタシは痛みにゃ慣れてるしけっこう強い自信が_____ッ!?」
容赦なく傷口に薬らしい液体をどぼどぼとかけるラン。ジュワァァ……という音を立てて煙を立てるそれにスズメさんは声にならない悲鳴を上げる。
絶対怪我しない。
俺は固く心に誓った。
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