第25話 もうこれカリスマとかそういうレベルの話じゃない

「……大丈夫か?」

「はは、見ての通りピンピンしてるぞ」

「いや、心が……」


 大勢の冒険者の後に階段を上りきると、心配そうにベネディクトが声をかけてきた。そっ、と差し出されたふかふかのタオルに顔を埋める。

 静かに蹲って身体を縮こまらせた。


 泣いてなんかないやい。


 背中をベネディクトにさすられて、余計心の汗が滲み出す。ベネディクト、お前本当に優しいな……。天はニ物を与えずとか言うけどこいつは美青年だし優しいし言うこと無しじゃねぇか……。前世でどんだけ徳を積んだんだ、お前……?


 そうしていると、カツカツと足音が歩いてきて、すぐそばで止まった。目をやると、鎧に包まれた足が立っている。


「王子、出航の準備が整ったぞ」

「ああ、ハチス、ありがとう」

「そこの旅人殿も、掃除を徹底させているとはいえ、そんなに蹲っていると汚れるぞ?」

「あ、はいすみません」


 取り敢えず立ちあがるとパンパン、とその声の主が服をはたいて埃を落としてくれた。

 その人は鎧を身に纏った長身の女性で、勝気そうな目をしている。

 ありがとうございます、と礼を言うと彼女は気にするな、と言って胸に手を当てた。


「私はマリテ王国護衛隊隊長、ハチス·サマウィングだ。位は大佐、今回の総指揮の役を受け持っている」

「和ノ国のアカリといいます。今回は援護役として参加させてもらいます」


 続いた自己紹介に返すと、アカリ殿だな、よろしく。と、手を差し出された。

 それを握って、よろしくお願いします、と言う。

 彼女の手は甲まで鋼に覆われているが、手の平は手袋に覆われていた。力強く握られた手に心強さを感じる。布の上からでも、鍛錬を積み重ねてきた証拠である堅い手がよく分かった。


「既に妹君は船室に、医師殿は医務室に案内させてもらった。貴殿にも簡単に艦内の案内を私の部下にさせよう。……おーい、誰か手の空いてる奴来ーい!」


 見ると他の冒険者たちは俺が蹲っている間に既に艦内に入ってしまったらしい。俺以外にはみんなマリテの軍服やら鎧やらを着ている人物ばかりだ。

 ふと乱暴な口調に変わった大佐が声を上げると、至るところからわらわらと船員が集まってくる。


「呼びましたか隊長!」

「どうも来ました貴女の犬です隊長!」

「機関班を代表して来ました隊長!」


 大佐からブチっと音が聞こえた気がした。


「馬鹿野郎私が呼んだのは手が空いてる奴っつったろ! ボブ手前今日の飯当番だろあとリサお前は人間だそして仕事に戻れレオ並びに機関班ブッ飛ばされてぇのか出航直前だろ機関班誰一人欠ける事なく機関室にいろ!」


 ノンブレスで言い放った彼女にきゃいきゃいと集まってきた船員達が騒ぐ。

 きゃぴきゃぴしすぎてなんか少しこわい。見たことあるなと思ったらアレだ。巷で評判のイケメンを目の前にした時のうちの宿の女性陣だ。


「分かりました隊長野菜好きですもんね野菜多めに入れときます!」

「きゃー、人間って言って貰っちゃった私には勿体無いお言葉です隊長ぉ!」

「機関班としてこの隊の心臓という機関の隊長の元に来ました!」

「頼むから言葉の通じる奴が来てくれ!!」


 とうとう大佐が頭を抱えてしまった。


 うわぁ、大変そう……。というかこれ、カリスマとかそういうので括っていいもんなのか……?


 他にも船員が集まってくるが、皆ことごとく追い返される。


「ちゃんと仕事終わらせてから来い!!」

「呼びました?」

「だーかーらー、仕事を……って、ヴェーチェル」

「はい、ヴェーチェルです」


 大きく吠えた大佐に応えるように聞こえた柔らかな声に彼女が返そうとして、その勢いが弱くなった。

 その声の持ち主は髪の長い穏やかそうな女性で、耳の形からエルフ族であることが伺えた。

 彼女は大佐と俺を見て、なるほど案内ですね、と頷く。


「船室でよろしいでしょうか?」

「ああ、頼んだ……。お前なら安心だ……」

「分かりました。……私は副隊長のヴェーチェルと申します。位は中佐、今回は後方支援を任されています」

「ヴェーチェル中佐ですね、アカリです、よろしくお願いします」


 挨拶をして、こちらですと歩き出した彼女を追う前に大佐とベネディクトに向き直る。


「では大佐殿、失礼します。……ベネディクトも、気を遣ってくれてありがとうな」

「ああ、また後で」

「別にいいって。朝食は沖に出てからだから、その時また呼びに行く」

「ありがとう」


 言葉を交わした後、船内へと入る。扉のところで待っていてくれていた中佐の元へと走った。

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