第26話 護衛隊隊長

「わざわざ待って貰ってすみません」

「いえいえ。では簡単に医務室と食堂をご案内してからお部屋までお連れしますね」

「お願いします」


 中佐に声をかけて歩きだす。鎧ではなく、丈の長い軍服の裾がひらひらと揺らめいた。後方支援だと言う彼女は重い鎧よりも動きやすい布の軍服なのだろう。海の王国の軍服らしく青を基調としたそれは涼やかに見える。カッコいい。

 歩いていると、ふと中佐が口を開いた。


「アカリ殿はこの護衛隊についてどれ程ご存知ですか?」

「……一般に知られている事位なら」



 マリテ王国軍護衛隊。

 主に王族の護衛や特殊な作戦を遂行する精鋭部隊。戦闘班、機関班、調査班、医務班に分かれており、それらをまとめるのが参謀部。そしてその上に隊長や副隊長などの指揮官がいる。

 あとは、直線戦争等には関わらない部隊の為か、ベテランよりも実力で選ばれた若い隊員が多いという事だ。……その分変人揃いだという噂だが。

 今回の海竜種の巣へと向かうのはこれが特殊な事例であるからか。



 そう言うと、中佐はニコリと微笑んだ。


「そこまでご存知なら十分です。……あと、変人揃いというのは噂ではなく事実ですね」


 隊員も大体十代二十代ですし、と話す彼女にそっと気になったことを聞く。


「中佐殿もとてもお若そうに見えますが、そのお年で中佐で副隊長って凄いですね。……えっと失礼ですが、おいくつなんですか?」


そろりと言った俺の言葉に彼女はあらまあ! と目を細めて笑った。


「若いだなんて、いくつに見えます?」

「……えっ、十九とか、二十くらいに……」

「あらあら!」


堪えられない、というように手を口元に持っていって笑いながら言う。


「私、こう見えてもうすぐ二十七なんですよ」

「ええっ!?」


 嘘でしょもう三十路前なんですか。

 驚愕の俺の表情を見てひとしきり笑った彼女はエルフと人間では年の重ね方が違うこと、そして彼女自身元は傭兵であったことを教えてくれた。


「ある程度稼いだら帰るつもりだったのですが、祖国が滅ぼされてしまい、帰るところが無くなったので稼いだ報酬でこの国の士官学校に入ったんです。ハチスちゃんはその時の同級生なんですよ」

「ちょ、そんなこと軽く教えてくれていいんですか」

「ふふふ、十年も前の事です。もう痛くも痒くもありませんよ。……元々半分滅びかけだったので傭兵に出たのですし。やはり、森で集落を作って暮らすエルフに国造りは難しいですね」


 国に残った兄も無事でしたし。


 そう言うのを見て、本人がそう言うのならいいのだろうか、と考える。今二十七歳で十年前と言ったら十七歳、俺と同い年だ。もし俺が今和ノ国が滅びたと言われて、十年後、こんなふうに割り切ることができるだろうか。わからない。


 気まずくなって、ああそうだ、と話題を変える。


「中佐殿や大佐殿って、けっこう王宮に出入りしているんですか?」


 これも気になっていたことだ。


 三日前、王宮で出会ったアルバート王子。彼が部屋から出て行った直後に聞こえた怒鳴り声がどうも大佐の声に似ていた気がするのだ。少しハスキーで、よく通る声が。

 ガシャンガシャンという鎧を着たまま走っているような足音も同時に聞こえたし。もしこの予感が当たっているならば、護衛隊隊長とはいえ、一応仕えている立場である彼女が何故あのような口のききかたをしているのかが気になる。それにベネディクトにも敬語を使っていなかった。


 中佐はそりゃ護衛隊ですからね、と言う。


「けっこう、というより職場がそこですね。入ったばかりの新人さんとかは門番などの外の仕事ですが。ああでも、ハチスちゃんは王国軍の将軍の娘さんでして。幼い頃から遊び相手として出入りしていたそうで、王子たちの幼馴染なんですよ。中でもアルバート王子とは同い年ということもあって、一際仲がいいようです」

「なるほど」


 そう頷くと、彼女は何かを察したように続ける。


「ちなみに三日前アルバート王子がハチスちゃんに追いかけ回されていたのは貴族の娘さんとのお見合いをその方と二人で画策してバックレたからですね」

「そりゃ追いかけ回されますね……」


 何やってんですか、アルバート王子。そんなに結婚したくないんですか。

 その必死さに苦笑いをすると中佐はそのままピッと指を立て、これは有名な話なのですが、と付け加える。その様子はまるでとっておきの話題を話す少女のようだ。……これで三十路前とかエルフすごい。


「アルバート王子はハチスちゃんを自分のお嫁さんにしたいようで、しょっちゅう求婚しては蹴り飛ばされているんですよ」

「蹴るって……。それって一蹴って意味ですか、物理的にって意味ですか?」

「物理的にですねー」


 昨晩の飛び膝蹴りはすごかったです。と真面目な顔で言うので思わず吹き出してしまった。タイムリーな話題すぎる。

 彼女もくすくすと笑う。


「ハチスちゃんも悪くは思ってないはずなんですけどね、私がいなかったらこの隊の馬鹿共の面倒は誰が見るんだって聞かないんですよ。……まぁ、隊長大好きな私たち隊員からすると嬉しいんですけどね」

「愛されてますねー」

「ふふふ、もう本当に」


 他にも色んなことを話しながら歩いていると、すぐに医務室に着いた。

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