第20話 出来たての飯は大抵美味い

「昼飯持ってきたぞ……って何だこれすげぇ匂い」


 作ってもらったホットサンドを抱えてランの部屋の扉を開けると、何とも言えない香りに身体を包まれた。

 嫌な匂いではないのがまだよかった。服に匂いがついたらちょっとつらい。コレお気に入りのジャケットだし。

 おかえり、と言うランとメイにホットサンドを手渡して聞く。


「なんか変な器具? あるし……。何してんだ?」

「エッセンシャルオイルを作ってるんだよ」

「えっせんしゃるおいる」

「精油のこと。聞いたことない?」


 それならわかる。美容や健康にいいらしくて、少なくてもけっこうお値段が張るやつ。

 師匠がそれが入った小瓶をいくつか持っていたことを思い出した。

 一度割りかけてしまった時は本気で命拾いをしたと思った。うん。


「僕は狩りとかでお金が稼げる程腕は立たないからね。こうやって精油を作って売って、旅費を稼いでいるんだよ」

「普通に薬とかにも使えますしね」

「そうそう」

「……それを作るやつが、それな訳?」


 グツグツと湯が煮立っているガラス容器を見やる。

 それは蓋がされていて、そこから伸びたチューブがその隣のまた別の容器に繋がっている。中では薬草が勢いよく噴き出す水蒸気で踊り、その蓋から伸びたまた別のチューブがルリが操っているらしい宙に浮かぶ水球を通って一回り小さな容器に固定されている。

 そこからポタポタと液体が滴っているのが見えた。


「うん。けっこう手間がかかるんだよね」


 言いながらホットサンドに齧り付いたランはあ、おいしと呟く。

 やっぱり俺の目に狂いはなかった。メシウマと名高い宿屋の息子をなめるな。


「これを溜めてったら上の方が精油、下の方がフローラルウォーターって感じに分離するんだ。どっちも需要は高いから、いい旅費稼ぎだよ」


 食べるのは左手に任せて忙しなく薬草や水を追加していた彼の右手が止まった。

 こんなもんか、と言って水を沸かせていた魔術式を消す。火が消えたのを確認した彼は残りのホットサンドを見た目によらず豪快に口に押し込むと液体の溜まった容器を持ち上げ、下の方に付いている栓を緩めて器用にフローラルウォーターだけをガラスの瓶に移す。残った精油も同じ様に別の瓶に移した。

 そして魔術式を書いて手早く使った器具を洗って乾かすと、また同じ様に、今度は別の薬草を突っ込んでいく。


 ルリはその一瞬の間にホットサンドを平らげた。目でもっと寄越せと訴えてくる彼に渋々両手に持ったそれの左手にあった方をやる。ちくしょう、二つ食べたかったのに。霊術使いはたくさん食べないといけないんだからな。

 二つ目を腹に収めたルリは満足そうにランの手伝いへと戻っていった。



 ウジウジ文句を言っていても仕方がないので、俺もホットサンドに齧り付く。


 ジュワッと肉汁が溢れ出てきてソースと混ざり、溢れそうになる。慌てて行儀が悪いがそのまま上を向いて噛み切った。

 レタスがシャキシャキとしていて新鮮さが伺える。ローストチキンは噛む度に肉汁が滲み出し、パンともよく合う。ソースは何が使われているのかは分からないが、しょっつるのような味なした。これがまたパンとよく合うこと。

 コショウと酢に和えられた玉ネギの辛味が良いアクセントになっていて、バクバクといける。軽くトーストされたパンも元々固めに焼かれている為かその存在を主張していて、肉汁とソースによって丁度食べやすい食感だ。

 え、いいのこんなの百五十コリトで食わせて貰って。元手取れてる? 大丈夫?


 そう思いながら食べているとあっと言う間に食べ切ってしまった。それなりにボリュームもあったので十七歳霊術使い男子の腹的には大満足だがもっと食べたいという気持ちもある。

 口の端に付いたソースを指で拭って舐め取るとお行儀悪い、とメイから濡らしたタオルが飛んできた。


「美味いな、コレ。俺このソース好き」


 そう言うと、ランが薬草をハサミで切りながら返す。


「ああ、ガルムを使ったやつだね、多分」

「がるむ……? って何だ?」

「魚から作ったソースだよ。そうだな、君のところの国のしょっつるみたいな」


 ああ、なるほど。だから同じ様な味がしたのか。


「キュウン」


 美味かったと言うように鳴いたルリの頭を撫でながら彼は続ける。


「ここは通商の一大拠点だからね。いい食材もリーズナブルに手に入れられるんだよ」

「へぇ」

「……兄ちゃん、ごめん、残り食べて」


 流石に大きくて食べ切れなかったらしいメイがずいとホットサンドを差し出す。

 ラッキー、と思いながらモゴモゴと食べていると扉からコンコン、というノックの音がした。

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