第16話 突然の身の上話は地雷です

「ああっ、あった! これです、この本が欲しかったんです!」

「お、あったか」

「はいっ!」


 目当ての物を見つけたらしいメイは二人に本の表紙を見せた。

 その本は錬金術の古典と名高いものであり、簡単に出来るものから何日もかかるような複雑なものまで、ピンからキリまで書かれている。

 その一冊で大体の錬金術は網羅されていると言っても過言ではない。


「噂には聞いていましたが、これまで目にしたことは無かったのです。やはりここにはなんでもあるのですね!」


 花を撒き散らす勢いで喜ぶ彼女に目を細める大人二人。


 ああ、若いっていいなあ。

 自分たちにも、こんな時期があったんだろうなあ。

 あれなんか目の前が霞む……。


 胸の内からこみ上げるものを抑えるようにレヴィは言った。


「メイさんは本当に魔術がお好きなんですね」

「ええ、それはもう!」


 ぱあっと笑ってメイは答え、我ながらセンスある方だと思うんですよ私! と話す。


「基本的なものはだいたい魔術式や魔法陣がなくても呪文詠唱で発動出来るまでになったんです!」

「呪文詠唱で!?」

「ほうほう、これはなかなかだな」



 魔術というものは、基本的に発動には魔術式や魔法陣を必要とする。

 しかし、それは元々は呪文詠唱で発動するものを簡略化し、発動しやすくしたものだ。その分効果は薄まるが簡単で消費魔力も少ない。

 それを呪文詠唱で行う事が出来るというのは、その人物の知識と技術、そして魔力量の高さを表していた。



 それをたった十四歳の少女がしているのだから、驚くのも無理はない。


 メイは頑張ったんですよ! と誇らしげに話す。


「私は拾われっ子ですからね、人に誇れるものが一つでいいから欲しかったんです!」


 その言葉にハルイチとレヴィは動きを止めた。


「拾われっ子……?」

「あれ、言ってませんでしたっけ?」

「いや聞いてない……。というかさらりとそんなこと話しても大丈夫なのか……?」


 ハルイチの問いにメイは全然大丈夫ですよ〜と笑う。


「赤ちゃんの頃、町の裏手の山に捨てられていたらしくて。そのことでからかわれるのが多かったので拾われっ子でも胸を張っていけるようにしたかったんです。

……兄にもそれで迷惑は掛けたくありませんでしたし。

なので兄が旅に飛び出して行った時は寂しいというよりチャンスだって思いましたね。帰ってきたら妹がめちゃくちゃ凄くなってたってびっくりさせてやろうと思いまして」


 いじめっ子に崇められるまでいったんですよーと小さな胸を張るメイ。


(ちなみに、その当の兄はナイフ一本で旅に飛び出したせいで旅初日に故郷に帰れることなく死にかけている。)


 しかし、ドヤ顔で二人に向き直った彼女は全力で困った。


「ど、どうしたんですか胸を抑えて這いつくばって! どこか悪いんですかっ、て、店員さーんっ!」

「ち、違う、体は問題ない……。ただ、心がちょっと……」

「突然の身の上話地雷です……。心の準備が……」


 床に転がる成人男性二人とそのそばでオロオロする少女。何も知らない人が見たら即刻街の警備をしている軍警に通報するだろう。

 だが幸い、近くに人はいなかった。


 後で何か買ってあげよう。


 ハルイチとレヴィの心が一つになった瞬間だった。

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