第12話 失われた霊術

今日こんにち、霊術は現代霊術と古代霊術に分けられているのは流石に知っているな」


 説明を始めたハルイチさんの言葉にこくりと頷く。彼はよし、と言うとどこから取り出したのか、小さな筆で何か文字を机にあった紙ナプキンに書いた。

 するとそこから水が飛び出し、空のグラスに一滴残さず入る。おお、と声を上げると気にした風もなく彼は続けた。


「今見せたような文字や言霊を使うのが現代霊術の特徴だ。簡単なものだから霊術を使う者ならば誰でも出来るだろう。これに対し古代霊術は」


 黒の瞳が俺、正確には俺が携えている”雪華せっか”を映す。

 なんだか、品定めされているみたいだ。

 感情が読み取りにくいその瞳に、姿勢を正した。


「お前の使う舞刀術のように、モノを触媒として発動する。だがしかし、こちらはモノが必要と言ったがそれはただのモノでは駄目だ。

そういう技術を持った職人が丹精込めて創り上げたモノでなくてはならない。


 ……これが、古代霊術が廃れ、その多くが失われた霊術となってしまった要因だ。

 形ある物はみな壊れる。

 しかし、時の流れと共にそれを修理したり、新たに創り出す職人の数がどんどん減っていった。モノも当然少なくなり、その術を発動させるモノが無くなったら、その術は“失われた”ことになる。


 舞刀術もその一つで、三百年程前にあった世界戦争で英雄が使っていた最後の一振___たしか、“ほたる”と言ったか。それが折れ、“失われた”筈だ」


 その言葉にランが目を見開く。俺も思わず息を飲んだ。

 舞刀術が____確かに強力な霊術なのは分かっていたが____そんな大層なものだとは思っていなかったからだ。


 ならあんだけポンポン術を出す刀を俺にくれた以外に二振も持っていた師匠は何なんだ。改めて師匠の凄さというか、常識の通じなさが身に沁みる。


 俺がぐるぐると考え込んでいると、なあ、とハルイチさんに声を掛けられた。


「何だ?」

「その刀、少し見せてはくれまいか。我の霊術なら、その刀に宿る霊力を察知して、創られた年代とこれまで刀がどれ程の人間に使われてきたのかぐらいは分かるだろう」


 そういう事なら、と“雪華せっか”を手渡す。

 彼は受け取るとそれを両手でしっかりと握ってら何かをぶつぶつと呟く。すると驚くことに、“雪華せっか”がぼんやりとした光を放ち始めた。


 いや“雪華せっか”は元々白い霊力を刀身に纏っているのが特徴の刀だが、それも使っていない時は暗いところでなんとなく霊力を纏っていると分かる程度。使っている時はダイナミックに光るのでこんなふうな光り方は初めて見た。なんだか幽玄な感じがして、綺麗だ。


 ばっとベネディクトの方に顔を向ける。が、彼は黙って見とけと言う様に肩を竦めた。

 その通りに黙って見守っていると、光がだんだんと収まり、ハルイチさんが閉じていた瞳を静かに開ける。

 その黒には、驚愕の色が混じっていた。


「…………千年前。かなり上質な年代物だ。これまでに使った人間は……二人」

「千年も前に創られたものなんですか!? しかもこれまでに使ったのは二人って!」


 驚きの声を上げたレヴィさんがハルイチさんに他に分かった事は、と詰め寄る。

 迫力がすごい。小さい身体でもあそこまで迫力が出せるものなんて初めて知った。気迫の問題だろうか。

 メイが落ち着いて下さい、となだめる。


「和ノ国じゃ千年前の物がひょっこり出てくるのなんてよくある事ですよ。山の奥とか蔵とかにずっと置かれていたのかもしれません」

「嘘でしょ和ノ国凄くないですか!?」


 確かにそれはよくある話だ。

 例えばちょっと山の奥の方行ってみたら古い集落跡を見つけただとか蔵掃除したらとんでもない年代物の掛け軸が出てきただとか。

 どうせあの師匠のことだから偶然お宝を見つけたからそれを使っていたとかそんなだろう。

 そう考えて頭の中でダブルピースをする師匠をかき消し、一人納得する。あと師匠その年でテヘペロは少しキツイかと思います。

 するとハルイチさんに問いかけられた。


「アカリ、この刀をどうやって?」

「師匠について修行してた時に貰ったんだ。これまでに使った二人ってのは俺と師匠だな。多分、たまたま拾ったー、ラッキー、とかその程度だろう」


 貰った時のぶん殴りたい笑顔が再び脳裏に浮かぶ。そのまま脳内で全力でぶん殴ろうとしたら避けられた。ちくしょう、脳内のくせに腹立つ!

 彼は俺の答えを聞くと、そうか、と頷いて俺に刀を返す。

 そして俺に問いかけた。


「ところで、その師匠殿は今どのようにしているか思い当たりはあるか?」

「うーん……。もう一年くらい会ってないし、旅してる以上、文通もしてないから……。今どうしてるかは分からない。けど、きっと元気してると思う」

「そうか……」


 ていうかまずあの師匠が元気してない姿なんて想像もつかない。

 彼は少し残念そうに眉を下げたが、すぐに元に戻って、俺の目を真っ直ぐに見て言う。


「何はともあれ、その刀はこの上なく上等なものだ。使い方次第では大きな支えにもなるし、お前を殺すこともあろう。

心して扱えよ」


 当たり前だ。

 即座にそう答えようとして、口を噤む。それ程彼のその目は真剣で、願うような目だった。


「……ああ、わかった」

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