第10話 将軍次男が 友達に なった‼

「頭は冷えましたか?」

「「はい…………」」


 濡れた床をモップで拭かされた後、そこに正座したマリテの第三王子と和ノ国将軍の次男はレヴィさんのお説教を受けていた。

 立場の高い二人が子供にしか見えない彼の前で小さくなっているのはなかなかにシュールで、笑わないように震える表情筋が痛い。


「で、ハルイチ様は何故またこのような突拍子の無いことを?」


 彼の言葉にハルイチ様は渋々といった体で口を開く。

 本当に嫌そうだが、仕方がない、と態度でめちゃくちゃ言っている。それにレヴィさんの怒りがまた膨らんだように感じて、彼は姿勢を正した。


 ちなみに俺はこの人が殿上人過ぎるのもあって一歩離れてそっとベネディクトの影に隠れている。体格の都合上、完璧には隠れられていないが。ほっそいんだよこいつは!

 正直言って、関わり合いになりたくねぇ……!


「…………昔から家に籠もっていたからな。父上がはっきりと兄上を跡継ぎに任命したこの期に一人でも十分やっていけるようになりたかったのだ」

「反対はされなかったのですか?」


 横からメイが聞くと大丈夫だ、と首を振る。

 メイお前、ほんと肝据わってるよなお兄ちゃんびっくり。


「確かにされはしたが、一晩かけて通信魔術でんわで説得したところ、兄上が感涙を流して許可してくださった」

「それ浮世離れしたはた迷惑な弟を世間に出す申し訳なさの涙じゃね?」

「こら、王子、しっ!」


 ベネディクトに対するレヴィさんの反応を見る限り、事実なのだろう。だが彼はその二人の声を気にも留めずにドヤ顔で続ける。


「よって我は一般人への道を歩み始めた訳だ」


 どやぁぁぁ


 どうしよう、ぶん殴りたいこのドヤ顔。でも殴っちゃ駄目、殴っちゃ駄目、相手殿上人。と自分の右腕を抑えた。ベネディクトがやっちゃっていいよという目で見てくるがやっちゃ駄目だ。

 なんだか右手が疼く系の人になってる気がしないでもないが取り敢えず殴っちゃ駄目だ。


 そんな俺の様子がわかっているのかいないのか、ハルイチ様はそして、と話す。


「そこの……アカリ、と言ったな?」

「ア、ハイ」


 やだ思いっきりハルイチ様の興味が俺に来てる。やめてください俺は空気です。

 突然回ってきたお鉢に戸惑いつつ返事をすると彼はにっ、と口角を上げて、


「お前、敬語禁止な」

「ふぁっ」


 何言ってんのこの人(二回目)。

 あれ、俺は夢を見ているのかな? どこからが夢だったのかなー。なんかもう逃げ出したいなー。どういうことかなー。


 そう現実逃避を始める俺をよそにそのまま言葉がその形の良い唇から紡がれる。


「もう我は跡を継ぐ可能性はないからな、そこまで敬意を払う必要もあるまい。それにたった今出会ったところだ。これから良き友としての関係を築こうではないか」

「すみません」

「なんだ」

「ちょっと十秒程待っていただけますか」

「構わんが?」

「ありがとうございます」


 うん、理解が追いつかない。


 頭がパンクしそうになった俺は取り敢えず待ってもらったところで、ふぅ、と息をつき、そして。


 パァン


 全力で自分の頬を打った。


「「「「「!?」」」」」


「いっつ……」

「そりゃ痛いでしょうねめっちゃいい音なったもん!」

「大丈夫ですかっ、氷もらいましょうか!?」

「頬に当てる氷よりも突然友達なろう宣言されたのが夢ではなかったとわかって混乱している俺の心に当てる氷をください」

「ほらーっ! お前が無茶振りするからパニクってるだろ!?」

「はははそんなに嬉しいかそうかそうか、ほれ、ハルイチと呼んでみろ、我はアカリと呼ぶぞ」

「追い討ち良くない!」


 肩をがしりと組まれ、ほれ、ほれ、とニヤニヤしながら迫られる。

 もうお願いです勘弁してくださいホント何でもしますからーっ!

 蹲って泣きたくなる。するとゴン、という音と共にハルイチ様が頭を抑えてしゃがみ込んだ。


「年下いじめんな!」

「っつつ……。年上殴るのもどうかと思うぞ」

「必要悪だ」


 ふん、と鼻を鳴らしたベネディクトに感謝の眼差しを送る。ありがとう、本当にありがとう。彼はいいってことよ、と言うようにひらりと手を振った。

 ハルイチ様はそれをジト目で見るとよっこいせ、と立ち上がって俺に向き直る。今度はにやにやせずに真面目な表情だ。


「……今は少しふざけてしまったが友人になりたいのは本当だ。まあ、呼び捨てや敬語なしの無理強いは我慢しよう。だが……、殿とか様はとってはもらえないか? そんな敬称をつけられる一般人などありえんからな」


 でもやっぱり敬語なしだったらもっと嬉しい、とちゃっかりと付け加える彼の言葉に嘘や偽りは見えない。てかそんなに一般人になりたいのかこの人は。

 そんな態度で接されたらぴしゃりと言えるものも言えなくなる。昔から俺は道の子犬とかに弱いんだ。

 だから俺は


「……じゃあ、これからよろしくな。ハルイチ……さん」


 ぱあ、と彼の顔が華やいだ。

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