終幕 XL.婚約

 「セシル」

 「はい」


 婚約破棄から1年が経った。

 セシルは父に呼ばれ、執務室を訪ねていた。


 「そろそろお前の婚約者を決めようと思う」


 顔はいつも通り平静を保てている。

 だが、膝の上に乗せた手には無意識のうちに力が籠る。


 これは分かりきっていたことだ。

 婚約破棄をされたが、婚約しなくていいわけではない。

 破棄されて直ぐに別の者と婚約するのは外聞が悪いから1年見合わせただけだ。

 勿論、問題のあったグロリアをなんとかしなければということの方が重要で、セシルの婚約が後回しにされたのも事実ではあるが。


 「オルフェン殿下と隣国のイサック殿下から婚約の申し出がある。

 勿論、他にも有益貴族からの婚約の申し出がある。

 全て調査したうえで厳選した候補者がこの中に入っている。

 お前にはこの中の誰かと婚約してもらうことになる」

 「この中なら誰でもよろしいのですか?」

 「ああ。夜会やお茶会などでお前と会せることになっている。

 気に入った人間を選べ」

 「畏まりした」


 伯爵はちらりとセシルの後ろに侍るジークを見た。

 ジークの顏は主であるセシル同様鉄壁で、何を考えているのか全く分からなかった。


 全ての資料を受け取り、部屋を出て行ったセシルの後にジークも続く。


 「旦那様、どうなさるおつもりですか?」

 徐にヴァンが聞いて来た。

 2人のことをヴァンも伯爵もずっと見て来た。

 あの悲劇がある前までの2人のことを誰よりも知っている。


 「ままならぬものだな。

 幸せになって欲しいとは思う。

 だがそれと同時に貴族の義務も果たさないといけない。

 そうなれば、どうしてもどちらかが犠牲になる。

 ならねば、ならぬのだ。両立なんぞができるのなら悩まん」


 貴族と使用人の恋など認めるわけにはいかないのだ。

 以前のジークなら兎も角。今のジークではセシルはあげられない。

 2人もそれが分かっているから無茶を言ってこない。

 優秀過ぎるぐらい優秀なのだ。


◇◇◇


セシルは部屋に戻り、渡された資料に目を通した。

 婚約者として名前が挙げられているのは先程も名前が出たオルフェン、イサック殿下、それに公爵家のミカエル、同じく公爵家のアイザック、伯爵家のトオール。

 後は地位は低いが今事業が成功して注目を浴びているロイとグエンもいる。

 中にクリスが入っていないのはグロリアと婚約をしていたことがあるからだろう。

 幾ら公になっていないこととは自粛したようだ。


 「さすが、お父様ね」

 「お嬢様?」

 「厳選された候補者はどれも優秀な人材ばかり。

 でも、オルフェンやイサック殿下を選ぶとなるとお父様は養子を取らなくてはいけないわね。

 もうこの家には私しかいないのだから」

 「そうですね」


 分かりきっていたことだ。

 いつかは選ばないといけない時が来ると。

 でも・・・・


 ふと、胸元に触れるとそこには確かにあの日、約束をした、誓いの花であるリッカを入れたロケットペンダントの感触があった。

 決して果たされない約束の花。


 「お嬢様?」

 「いいえ、何でもないわ。

 それよりもドレスを新しく仕立てましょうか」

 「そうですね。婚約者候補に会うのですからたくさん着飾らなければ」

 「そうね」

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