終幕 XLI.決意

 お茶会を開いた。

 グロリアの時とは違い、候補者出ない人や、女性も招待している。

 あくまでお茶会ということでセシルの婚約者を探していることは伏せている。

 勿論、参加者にとっては周知の事実でもあるがそこを隠してお茶会をするというのが本来のあり方なのだ。

 グロリアの時は何を仕出かすか分からないとい不安要素が大きかったのとあくまでも婚約をすることは結果が出るまで内密にするということだったので候補者のみが招待されたのだ。


 「やぁ、セシル」

 「オルフェン殿下、ごきげんよう」


 当然、この場にはオルフェンとイサック殿下もいる。


 「父が勝手に君に婚約を申し込んだそうだね。

 あれは私の意志ではないから。

 勿論、昔から知っている君が王妃になってくれるのなら俺としても有難いけどね。

 やっぱり気心知れた仲だと変な遠慮もしなくていいから。

 だけど、君の好きにして欲しい。

 こう言っては何だけど、俺はこんなことで君との友情を壊したくはないんだ。

 勿論、ジークとの友情もね」

 「ありがとう、オルフェン」


 オルフェンとは短い話をして別れた。

 あまり長く話し込みすぎるて変な勘繰りを入れられても困るからだ。

 今回のお茶会が婚約者候補を目的としたものだから尚更だ。

 みんな自分達の話に夢中なフリをしながらセシルが誰を選ぶのかに全神経を集中させている。


 グエンとも話をした。

 彼はぶっきらぼうに「あれだ、まぁ、その、親がお前と仲が良いからってことで勝手に申し込んだだけだから気にするな」と言っていた。


 他の候補者とは初対面ではなかったがあまり話したことがなかった。

 ミカエル様は実直な方のようだ。どこかジークに似ている感じがする。話し方とかそのせいかもしれないが、纏う空気が何となく。

 アイザック様はざっくばらんな性格をしている。彼は公爵家の人間だが贅沢な暮らしにも爵位にも大して執着がなく、1年の半分を船の上で過ごすようだ。

 海洋関係の商売をしていると情報には合った。

 トオール様は温和で、大人しい方だった。読書が趣味で、特別頭が切れるとか何かに秀でているわけではないが安定した領地経営を行っている。


 お父様が選んだけあって、ろくでなしはどこにも居ない。


 「セシル」

 一番厄介な人が来た。

 「イサック殿下、ごきげんよう」

 「ああ。お前に婚約を申し込んだ」

 「はい」

 「お前を妃に迎えた。考えてくれないか?」

 いつになく真剣なイサック殿下に圧倒されてしまう。

 私は国を出る気はないのでイサック殿下は申し訳ないが真っ先に候補者から除外したのだが。

 「殿下、私は」

 「今すぐ答えを聞くつもりはない。

 だが俺はお前を必ず国に連れて帰る」

 それだけ言って殿下は行ってしまった。


 この中から私も選ばないといけない。

 そろそろ、自分の想いに踏ん切りをつけるのもいいかもしれない。

 そんなことを考えている時に最後の候補者であるロイ様が来た。


 「ごきげんよう、ロイ様」

 「ごきげんよう、セシル嬢。浮かない顔をしていますね。

 さすがに疲れましたか?」

 「申し訳ありません、そのような顔をしていましたか。

 そうですね、確かに疲れてはいますが」

 「貴族というのは面倒な生き物ですね。

 何一つ自由に選ぶことができないのだから」


 徐にロイ様はそんな話をしてきた。

 ロイ様を見上げると彼はいつも通り爽やかな笑みを浮かべている。


 「ですが、意外とそうでもなかったりもするんですよね」

 「え?」

 「要は覚悟の問題ですから」


 それはいつか自分がグロリアに言ったセリフだ。

 最もあの時と今では全く状況が違うが。


 「申し訳ありませんが、あなたの執事であるジークフリードの過去を少し調べさせて頂きました」

 「・・・・・」

 「全く無理というわけではないと思いますよ」

 彼は私のジークに対する気持ちに気づいている。

 「私、そんなに分かりやすかったでしょうか?」

 「いいえ。ただ、分かります。

 私もグエンも、クリスも、イサック殿下も。

 そして私の見立てが正しければオルフェン殿下も。

 見ている者はみな同じですから。だから分かるんです。

 あなたが誰を想っているのかを。


 セシル嬢、簡単でないことは分かっています。

 伯爵が例え許可したとしても他の人達からどのような干渉を受けるか分かりません。

 きっと普通の結婚よりも困難を伴うでしょう。


 それでも、1人でないのなら、共に歩む者がいるのならきっと大丈夫だと私は思えるのです。


 あなたは良い子過ぎます。

 ジークもそうですが。


 あなたは今まで多くの貢献を伯爵家にしてきた。

 なら、一つぐらい我儘を言ってもいいのではないですか?

 娘の我儘ぐらい、叶えられなくては伯爵の名が廃ります」


 「・・・・ロイ様」


 「私はあなたが好きです。

 だから誰よりもあなたには幸せになって欲しいと思うのです。

 セシル嬢、一度きりの人生です。

 欲しいものは手に入れなければ損するだけですよ」

 「はい」


◇◇◇


 その日の夜、私は自室で婚約者候補の書類を処分した。


 「もう、誰にするのかお決めになったのですか?」

 「ええ」


 眼を伏せるジーク


 私は服の下に隠していたリッカの花が入ったロケットを取り出した。


 「お嬢様?」


 ジークの目の前に立ち、ロケットを見せるように掲げる。


 「ジークフリード、あの日の約束を果たしてもらいます」


 驚きで目を見開くジークが面白くて私はつい笑ってしまった。


 「私はずっとあなたのことが好きでした。

 ジーク、私と結婚してください」

 「・・・・・お嬢様。私は使用人です」

 「でも、元は公爵家の人間よ」

 「既に没落しております。

 それに反逆の罪に問われた罪人の一族でもあります」

 「冤罪です」

 「事実でも、証明は出来ませんでした」

 「なら、晴らせばいいだけです。

 どうしてもダメだというのなら家名を捨てて家を出ます」

 「お嬢様っ!」

 「私は1人でも十分生きていけるだけの貯えはあります。

 貴族でないとダメなら貴族でなくなればいい」

 「伯爵家はどうなるのですか?」

 「親戚から養子を貰えれば問題ありません」

 「ですがっ」

 「私はあなたが好きです。この花は、いつか大人になったら結婚しようとお互いの指に結婚指輪代わりにつけました。私は今も持っています。

 私はあなたが好きです。

 私と結婚してください」


 「・・・・謂れなき罪を着せられ、家が没落した時、手を差し伸べてくれたのはお嬢様だけでした。

 お嬢様が伯爵様を説得してくださったお陰で私は今もこうして生きていけます。

 ですが、もう私は貴族ではない。

 私のこの想いはお嬢様の道の妨げになると思い、ずっと閉じ込めて来たした。

 なのに、あなたはそれを容赦なくこじ開けてくる」


 「ジーク?」


 ジークが私を抱き締めてくれた。

 温かく大きな体温に私は包まれる。


 「本当に、あなたには敵わない。

 お嬢様、いいえ、セシル。

 あなたを愛しています。

 どうか、私と結婚してください」

 「っ。はい」


◇◇◇


 私とジークは父に婚約の許しを得る為に執務室に来ていた。

 執務室には重苦しい空気が流れている。


 父ははぁと思い溜息をついた後、苦笑交じりに「こうなると思っていたんだよな」と言った。

 私とジークは驚いて何も言えなかった。

 父の近くに控えていたヴァンも苦笑していた。


 「分かった。お前達の婚約は認める」

 「えっ?本当にですか」

 「ああ」


 てっきり猛反発をくらうと思っていたので肩透かしを食らった。


 「ただし条件がある。

 結婚はジークの家の罪を冤罪だと証明してからだ。

 でなければ許さん」

 「はい」

 「ありがとうございます」


 2人が出て行った後、傍で控えていたヴァンが伯爵を睨む。


 「随分前の事件を証明しろだなんて、あなたも随分意地悪なことを仰る」

 「可愛い娘を掻っ攫っていく間男にはそれぐらいしてもらわねば困る」

 「全く、あなたって人は」


◇◇◇


 それから4年後、ジークはオルフェンの助けも借りて自分の家の罪を冤罪だと証明し、家名を取り戻すことができた。


 「やっぱり、こうなったか」

 「殿下は、本当はセシル様が好きだったのではないですか?」


 友2人の結婚式を見ていたオルフェンに側近が躊躇いながら聞いて来た。

 「どうして、告白されなかったのですか?

 それどころか敵に塩を送る様な真似を」

 「これはさ、セシルにも言ったんだけど俺は大切な友人を失いたくはないんだよ。

 それにジークのことは最終的に父の決めたことで当時子供だった俺に何もできないのは仕方がないことなのかもしれないけど、それでも何もできなかった自分が悔やまれる。

 友人が苦しんでいるのに、やったぁって、セシルに接近するなんて真似は俺にはできないよ。

 それに2人が両想いなのは知ってたし、そんな状態のセシルを振り向かせる自信もない。

 仮に結婚できてもジークが好きなことを隠しながら俺の妻の役目をこなす彼女は見たくなかった」

 「あなたはお人好しですね」

 「そう?幻滅した?」

 「いいえ、尊敬しますよ。同じ男として」

 「それは良かった。貧乏くじ引いたなんて思わないよ。

 ほら、見てよ。セシルもジークも幸せそうだ」


 オルフェンの視線にはみんなに祝福されながら幸せそうに微笑むセシルとジークの姿があった。

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