決着 XXX.ミハエルの甘い罠

 「ねぇ、見た。あの方がイサック殿下なのね」

 「オルフェン殿下も気さくな方だけどイサック殿下も気さくな方ね」

 「また種類の違ったイケメンよねぇ」

 「そうね。オルフェン殿下は爽やかだけど、イサック殿下は野性味あふれるお方よね」


 カーネル先生から逃げていたグロリアは使用人達の話を聞いて驚愕していた。

 この邸にイサック殿下が来ている。


 でも、何しに?

 お父様は仕事に行っている。

 この邸に居るのは私とお姉様だけ。

 なら殿下の相手はお姉様が?


 グロリアは急いでセシルの部屋に行った。

 こっそり中を覗くとそこには愉しそうに話しているセシルと見知らぬ男性が居た。


 「・・・・あの人が、イサック殿下」


 ドアから離れてその後はどこをどう歩いたかは覚えていない。

 気がつけば中庭に居た。


 「どうして、お姉様ばかり。

 私はクリス様なのに。

 お姉様は隣国の王子と婚約するの?

 そんなのずるいわ!ずるすぎるじゃない。

 お姉様なんて美人なだけで何の取柄もないのに!

 学校だってサボってばかりで。

 ミハエル様にオルフェン殿下、それにイサック殿下まで誑かすなんて。

 あんな人が私のお姉様なんて。

 最悪。本当に最悪」


 「グロリア」


 声がした。

 恋焦がれた声が。

 恐る恐る振り向くとそこにはお父様とお姉様によって私から遠ざけられて離れ離れにされたミハエル様がいた。


 「ミ、ミハエル様」

 「やぁ、久しぶり」

 「どうして、ここに?」

 「君の専属のメイドにこっそり裏から入れてもらったんだ」

 「ミ、ミハエル様ぁ」


 私は思わずミハエル様に抱き着いた。

 以前お会いした時よりもミハエル様が痩せておられた。


 「ずっと、お会いしたかった」

 「ごめんね。直ぐに会いに行けなくて。

 セシルに邪魔されて行けなかったんだ。

 彼女はよほど私達のことが気に入らないのだろうね」

 「どうして?お姉様はどうしてそこまで?

 だってお姉様にはオルフェン殿下とイサック殿下がおられるのに」

 「それはどういうことだい?」

 「え?っ。痛い、痛いです、ミハエル様」


 急に私を抱き締めてくれたミハエル様の腕に力が入った。


 「ああ、ごめんね。グロリア。

 それより、その話。もう少し詳しく聞かせてくれ」

 「・・・・はい。

 お姉様はオルフェン殿下と仲が良く、多分ですけどミハエル様と婚約されている時から不貞を働いていたんだと思います。だってその時からお二人は仲が良かったんですもの。

 それに今は隣国の王子であるイサック殿下がお姉様を訪ねに邸に来ているんです」

 「じゃあ、もしかしてセシルはイサック殿下と?」

 「はい。きっとお姉様のことだから誑かしているんですわ。

 だって昔からお姉様は男の方を誑かしていると社交界でも専らの噂ですもの。

 私はあまり夜会などには出れませんでしたがそれでも出れば必ずお姉様の噂を聞きますわ」


 その噂はセシルに嫉妬した令嬢が悪意で流した噂で、殆どの人間が戯言として聞き流していた。

 だがそのことをたまに、というか殆ど夜会に出ないグロリアは知らない。

 グロリアと違い、ミハエルはその噂が嘘だということは知っていた。

 知った上で彼は隠すことを選んだ。自分の為に。


 「そう。ねぇ、グロリア。ずるいと思わないかい?

 私達はこれ程までに思い合っているのにセシルのくだらない嫉妬から引き離されて。

 それなのにセシルは隣国の王子を手玉にとって幸せになろうとしているなんて」

 「はい。お姉様は昔からただ美人というだけで楽な道ばかり。

 私ばかり辛い目に合って」

 「じゃあさぁ、そのずるいお姉様に罰を与えたくない?」

 「え?」

 「ちょっと懲らしめるだけだよ。

 協力してくれる?」

 「ミハエル様」

 「もしこれが成功したら今度こそ一緒に暮らそう。

 私は君のことを愛しているんだ」


 そう言ってミハエルはグロリアの口づけに熱いキスをする。

 グロリアが蕩けてしまうような熱いキスを。


 「はい、ミハエル様。私もお慕いしています」


 ミハエルはグロリアに透明な液体の入った瓶を手渡した。


 「これは?」

 「大丈夫。死ぬようなものじゃない。ちょっと苦しむかもしれないけどそんなのは君の味わった苦しみとは比べ物にならないだろう」

 「はい」

 「じゃあ、できるね。私達の未来の為に」

 「はい。悪いお姉様を懲らしめて、二人で幸せになりましょう、ミハエル様」

 「ああ」


 この時、グロリアは知らなかった。

 ミハエルが既に貴族ではないことを。

 ついでに暴漢を使って自分達を襲わせたのがミハエルだということは都合良く忘れている。

 そうして、ミハエルにとってグロリアは自分が貴族として返り咲くための道具でしかないことを。

 ミハエルの中には自分を選ばなかったセシルへの憎しみと、ミロハイト家を断絶に追いやった憎しみが渦巻いていたことに。


 「上手くやるんだよ、グロリア。私の為にね」


 邸の中へ戻って行くグロリアの背を見ながらミハエルは暗い笑みを浮かべた。

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