決着 XXIX.迷惑な客

 「やぁ、セシル嬢」

 我が家にイッサク殿下が来た。

 私の顏は引きつり、お父様と使用人は困った顔をしていた。

 歓迎すべきではない客人でも隣国の王子

 下手に扱えば国際問題になりかねない。

 その為、わざわざ来てくれたイサック殿下を追い返すことはできず客間に通すことにした。


 イサック殿下のタチの悪い所はこちらが追い返せないと分かっていることを踏まえて来ているところだ。


 「セシル、大丈夫か?今日、仕事を休もうか?」

 父は仕事着を着ていた。

 今から仕事に行こうとしていたのだ。

 「いいえ、ジークもついていますし大丈夫ですわ。

 お仕事頑張ってください」

 「そうか、分かった。何かあれば遠慮なく遣いを寄越しなさい」

 「はい」

 「では、ジーク。娘を頼んだよ」

 「お任せください」


 父を見送った後は気の重いイサック殿下の相手だ。


 「それで、何をしに来たんですか?」

 「顔を見に来た。いけないか?」

 「当然です。未婚の女性の邸を安易に訪ねるなど。

 あらぬ誤解を生みますわ」

 「では誤解にならなければいい」

 「?」

 ニヤリと笑ったイサック殿下が私に向かって手を伸ばして来た。

 だが、その手が私に触れることはなかった。

 傍に控えていたジークが彼の手を掴んでいたのだ。


 「何かな、執事君」

 「失礼をお許しください、イッサク殿下。

 しかし私は旦那様よりお嬢様を頼まれているので。

 婚約者でもない殿方が気安く女性に触れて良いものではありません。

 寛大な心を持っておられるイサック殿下のことです。

 邸の主の言いつけに忠実に従った使用人を咎めたりは致しますまい。

 ましてや非はそちらにあるのだから」


 ニッコリと笑いながら、けれど目の奥は今にも喉元を食い破らんとする獣さを滲ませたジークをイサックは背筋に寒さを覚えながら睨みつけた。


 「なかなかいい性格をしている」

 「ありがとうございます」


 ジークはそっとイサックから手を放した。

 ジークに握られていたイサックの手首にはくっきりと赤い跡がついていた。

 しかし、ジークの立ち位置が悪く、運良くセシルにはその跡が見えなかった。


 「嫌味な執事だ」


 やり取りを見ていたセシルの背筋にも冷や汗は合った。

 しかしそれは自分の使用人が他国の王族に非礼を働いたことによって流れたものではない。

 珍しくジークが怒っていることに対してだ。

 ジークは普段はあまり怒らないが、怒らせると一番怖いのだ。


 「セシル嬢は特進科だったな」

 「ええ」


 イサックはジークとのことをなかったことにしてセシルとの会話を楽しむことにした。

 「俺も特進科になったんだ」

 「一般科にすれよろしかったのに。その方が楽ですわよ」

 「まぁね。でもそれじゃあ君に会えないだろう」


 ギロリとジークが睨んできたが手を出さなければジークも動けないのを知っているイサックは笑顔でセシルを口説くことにした。


 「そういうの誰にでも言うものではありませんわよ、イサック殿下。

 でなければ、本気で惚れた女性に気づいてもらえなくなりますわよ」


 「・・・・・・・」


 フッ。と、ジークが鼻で笑った。

 イサックは視線だけをジークに向けると勝ち誇った笑みをしていた。


 ム・カ・ツ・ク!!


 「セシル嬢とオルフェンは仲が良いのか?」

 「ええ。幼馴染みたいなものですわ」

 「婚約の話とかはないのか?」

 「さぁ、どうでしょう。そういうのは全て父に任せていますから」

 「俺もセシルと呼んでもいい?」

 「お断りします」

 即答だった。

 「・・・・理由を聞いても?」

 「周囲にあらぬ誤解を抱かれたくないので。

 第二王子と言えど王族。その座を狙っている令嬢は我が国にも居ますわ。

 私はそんな彼女達の嫉妬を一心に受けるなんて面倒なことは避けたいので」

 「隣国に嫁ぐ気はない?」

 「ありませんね」

 「隣国は遠いですからね、お嬢様」

 「そうね、ジーク」


 仲のよろしいことで。


 「じゃあ、王都を案内して」

 「オルフェン殿下に頼んでください」

 「男と回って何が楽しいのさ」

 「私は男ではないのでその質問にはお答え兼ねます」

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