グロリアの再教育 XXIII.クリス視点
最悪なことにグロリア嬢と婚約が決まった。
けれど貴族の結婚は家同士の絆や国内でのパワーバランスなど様々なことが絡んで来る。
高位貴族は高位貴族同士での婚姻ばかりをしていると力が強くなりすぎるので高位貴族でも階級が下の貴族と婚姻を結ぶことがある。
今回の婚約もまぁ、そこら辺の事情があるのかもしれないけど大半はグロリア嬢を高位の貴族に嫁がせるには問題があるということだった。
伯爵からグロリア嬢の婚約の話が出た時、直ぐにグロリア嬢について調査をした。
セシル嬢とは仕事関係でよく話をするし、その関係か夜会で会っても声をかけてもらえるし彼女を通して様々な高位貴族とお近づきになることができた。
勿論中には嫌な奴も居るが浅い関係でも築かないとダメな奴も居るので仕方がない。
「坊ちゃん」
「ルークか。調べ終えたのか?」
「はい」
滅多に社交界に出て来ないグロリア嬢は未だに病弱だという話をよく聞く。
学校にもほとんど言っていないようだ。
だが、この話が出た時にそれとなくセシル嬢に探りを入れてみたら完璧な笑みで「あの子は夜会のような煌びやかな場所が苦手なので」と答えた。
「これはまた」
側近のルークに調べてもらった結果、グロリア嬢は確かに幼少期は病弱だったようだが今ではすっかり良くなりここ数年の間にラインネット伯爵家に医者が呼ばれたことはない。
「坊ちゃん、本当にこの令嬢と婚約なさるんですか?」
「まだ決まっていない。僕以外にあと二人候補がいる」
と、この時悠長に構えていた自分をいつかぶん殴りたくなる時が来るなんてまだ思いもしなかった。
グロリア嬢と初めて会ったのは夜会だ。
まず、最初に目に入ったのは大きな丸眼鏡だ。
顔は人並みに可愛い分類に入ると思うが壁の花になっている様子をずっと見ていたのだが俯いていて何もしていないのにビクビクしていた。
思わず大丈夫なのか?と、思った。
「おいおい、あんなんで大丈夫なのかよ」
びっくりした。思わず本心が出てしまったのかと思ったが違った。
僕が思ったことを代弁してくれたのはグエン・ハウゼン男爵子息だ。
彼は食品関係を扱った事業をしていて王都でも多くのレストランを経営しているやり手だ。
僕は茶葉の輸入なんかを扱っているので彼の経営するレストランにも納めることが多い。
「グエンも候補者なんだよね」
「ああ。最悪なことにな。伯爵に頼まれたんじゃあ仕方がねぇよ」
相変わらず言葉が悪い。
貴族というよりも下町のごろつきの方が合っている。
因みに僕は子爵で彼は男爵と階級も近いので昔から夜会で会ったりして話も意外と合うので良い友人関係を築けていると思う。
「随分。内向的な令嬢のようだね」
「病弱と聞いたがそこのところはどうなんだ?
お前のことだから事前に調べたりはしているんだろ」
「僕だけじゃなくてもう一人の候補者であるロイも調べていると思うよ。
貴族に下調べは付き物だしね。
因みに病弱の件だけどそれは幼少期の話で今ではすっかり良くなっているらしいよ。
セシル嬢に探りを入れた時も『夜会が苦手』だって言っていた」
「アウトじゃなねぇか」
「致命的だよね」
因みにもう一人の婚約者候補であるロイと僕は幼馴染でロイは香水関係を手広く扱っている。
香水はセシル嬢のところでも扱っているのだが共同経営をしているらしい。
貴族社会って結構狭いから顔見知りが多くなるんだよね。
横や縦の繋がりを大事にするのは当然だしね。
僕とグエンとは離れた場所でグロリア嬢のことを観察していたロイが最初に行動を起こした。
「失礼、グロリア嬢ですね」
「・・・・・そう、ですけど」
姿絵で僕達の顏は知っているはずなのにグロリア嬢は明らかに警戒している。
声をかけたロイのことが誰か分からないみたいだ。
僕と同じことを思ったのかロイも訝し気に「お父上から何も聞いていませんか?」と聞いていた。
そこで「父のお知合いですか?」とグロリア嬢が答えるのものだから驚いた。
「どういうことだ?俺達のこと何も聞いていないのか?」
僕の隣で様子を見ていたグエンもグロリア嬢の様子に疑問を抱いているようだ。
取り敢えずここで様子を見ていても始まらないので僕とグエンも会話に加わることにした。
少し話してみてた分かったのだがグロリア嬢はこの婚約に不満を持っているようで話は聞いているが僕達の姿絵を見てはいないようだ。
子爵や男爵の階級が気に入らないのかな。
悪いけど何もできない、社交すらできない君に不満を抱かれる筋合いはないよ。
彼女の態度は幾ら伯爵といっても許される範囲を超えている。
かなり失礼である。
それはグエンも受け取っているようで隣に居てかなりイライラが伝わってくる。
その後、セシル嬢に説得されて戻って来たグロリア嬢は僕達と1回ずつダンスを踊ることになった。
・・・・・セシル嬢、大変だな。
良かった、あんな出来の悪い兄弟が僕には居なくて。
グエンと踊っているグロリア嬢のダンスはとても見れたものじゃない。
僕と踊った時もそうだけど何度も足を踏まれたし、おまけによく転びそうになるからフォローが大変。
彼女は本当に伯爵令嬢なのだろうか。
こんなのの婚約者にだけは絶対になりたくないな。
それからこの夜会の帰りにセシル嬢とグロリア嬢が暴漢に襲われたと聞いた。
グロリア嬢を庇ってセシル嬢が怪我を負ったらしい。
心配になってお見舞いにいったが彼女の側近であるジークがずっと傍について看病をしていたので部屋の中には入らなかった。
侍女に見舞いの品だけ渡して、序に帰る前にグロリア嬢のことを聞いたら部屋に引きこもっているらしい。
・・・・・・引きこもりが好きな令嬢のようだ。
「えっと、ルルって言ったけ?」
「はい」
「グロリア嬢は、その、セシル嬢のお見舞いには?」
「一度も見えられていませんが」
「・・・・そう」
まぁ、襲われたんだから怖いのは当然だと思う。
僕も護身術は習っているけど腕っぷしに自信はないから襲われたらひとたまりもないだろうけど。
でも、それはセシル嬢も同じで、それでも身を挺して守ってくれた双子の姉のお見舞いぐらいに行ってもいいと思う。
怖くて部屋から出られないなんて、ちょっと軟弱過ぎじゃないの?
貴族って少なからず命を狙われる立場にあるよね。
ちょっと悪いかもしれないけどグロリア嬢のことを薄情だと思った。
怖がっている令嬢には辛辣すぎるかもしれないけど。
「僕は帰るよ、お大事に。君のご主人様、早く目が覚めるといいね」
僕がそう言うとルルの瞳が僅かに潤んだ気がした。
人形のように感情を出さない子だと思っていたけど出さないだけで、本当は心配で仕方がないのだと分かった。
「はい。ありがとうございます」
ルルに深々とお辞儀されながら僕は伯爵家を後にした。
僕がセシル嬢の元気な姿を見たのはそれから1か月後に伯爵家で開かれたお茶会だ。
主役はグロリア嬢なのにまだ姿が見えない。
先に来たセシル嬢から遅れてくることを聞かされた。
お茶会での給仕はルルがしてくれるようだ。
心なしかこの前会った時よりも嬉しそうに見える。
よっぽどセシル嬢が好きなんだなと思った。そういう姿は好感を持てる。
「セシル嬢、お体の方はもう大丈夫なのですか?」
「ええ。ご心配をおかけしました」
「犯人が捕まって何よりです」
いつも眉間に皺を寄せ、近寄りがたい雰囲気を出しているグエンも無事なセシル嬢の姿を見てホッとしていた。
「みなさんには素敵なお見舞いの品を贈って頂いてとても嬉しいです。
ありがとうございます」
「いいえ、あなたが無事で何よりです」
暫くして主役のグロリア嬢が来た。
彼女は主役なのに遅れて来ても謝りもしない。
その姿にはグエンは眉間に皺を寄せ、セシル嬢も笑っているけどどこか呆れている感じがした。
ロイはよく分からない。取り敢えず、見た感じは笑顔だった。
僕は一言ぐらい謝罪しろよと思ったけどお茶会の雰囲気を悪くするわけにはいかないので取り敢えず笑顔を作ることにした。
最初は貴族の男として紳士的な振る舞いを意識して積極的にグロリア嬢に話しかけていたけど話が全く続かない。
グエンは会話に加わる気がない。
どうしようと思ったらロイが助け舟をだしてくれた。
それに安心して少し聞き手に回ることにしたがロイの話術でも会話が続かなかった。
仕方がないだろう、これは。
だってグロリア嬢の方に会話をする気が全くないみたいだし。
たまらずセシル嬢がグロリア嬢を連れて行ってしまった。
「弱ったね」
3人だけになったお茶会の場でロイから疲れた様に溜息が出た。
3人と言っても厳密に言えば給仕をするルルも近くには居た。
「向こうに婚約する気がないんだから、こっちも万々歳でなかったことにすればいいじゃないか。
わざわざこっちが気を遣ってやる必要もない」
「そういうわけにはいかないよ、グエン。伯爵にも頼まれているし」
「俺は元から乗り気じゃなかったんだ、この話し」
「でも、伯爵はグロリア嬢に家庭教師をつけるつもりみたいだから多少はマシになるんじゃない?
僕達の仕事を考えると伯爵家と縁者になれるのは利益も生む。
やっぱり下級貴族だからって見下したり無茶な注文して来る人間はどうしたっているからそういう時に伯爵家と縁者だった場合は対応のやり方も変わってくるだろうし」
「まぁ、確かにな」
「伯爵はそういうところを突いてくるからタチが悪い。
それにクリスは相変わらず情報通だね。家庭教師の情報は本当なの?」
「ああ、間違いないよ」
「だったらそこに期待するかな」
「でもこの中じゃあロイは一番可能性が低いんじゃない?
マルフォイのこともあるし」
「グロリア嬢はどう考えても悪影響だな」
グエンの言葉にロイは苦笑で返した。
「まぁ、伯爵もそのことは考えてくれるだろうから僕かグエンが一番可能性が高いよね」
「1/2の確率か」
そんな話をしているとセシル嬢がグロリア嬢を連れて戻って来た。
それからのお茶会は多少改善?された状態で終わりを迎えた。
「坊ちゃん」
「何、ルーク」
「残念なご報告があります」
何となく嫌な予感がした。
「それは一体何かな?」
「グロリア嬢との婚約が決まりました」
「・・・・・・」
「おめでとうございます」
「なんでだぁぁぁぁぁぁっ!」
邸の中に僕の悲鳴が響いたが、それは仕方がない。
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