婚約破棄 XIV.夜会②
足早に行ってしまったグロリアの背を三人は見つめた。
「変わったお嬢さんだ」
「僕達が下位の貴族だから気に召さなかったのかな」
「だからって軽くみられるのは我慢ならねぇよ。
こっちだって伯爵がどうしてもって言うから今日来たんだ」
「まぁ、私もセシル嬢なら兎も角彼女は要らないかな」
「セシル嬢なら伯爵家以上の人間と縁談だろうな。
それだけあの家はセシル嬢を高く見ているし、実際それだけのことをしている。
それに引き換え妹の方はダメだな」
実はこの三人下位は低いが事業としてはかなり成功しており、資産は働きもせず領民達の税金で暮らしている上流貴族よりも多くあるのだ。
ラインネット家とも関わりのある人間で仕事上の取引も頻繁に行っていた。
だからラインネット家の娘であるグロリアが彼らを知っていてもおかしくはないのだ。
「そう言えばさっきルーゼル・ミロハイト殿が居たよ」
「まさかセシル嬢を口説きに来たのか?」
「そうじゃない。あの家、何かとまずいから」
「厚顔無恥とはまさにこのことだな」
「セシル嬢が受けるわけないだろうに」
「冷たくあしらわれて終わりだな」
◇◇◇
「こんな所で何をしているのかしら?」
グロリアはホールから出て直ぐの回廊に居た。
ルーゼルを躱して会場へ戻ったセシルは婚約者候補が話しかけているのにも関わらず逃げるように会場を出て行くグロリアを見て後を追って来たのだ。
「あまり人目のない所に行くのは感心された行為ではないわね。
こういう夜会には不埒なことを目論んでいる狼が沢山いるんだから。
あなたなんて直ぐに食べられてしまいますわよ」
「私なんかを襲う人は居ませんよ。
だいたい発想が破廉恥です」
「でも事実ですよ。
好みなんて人ぞれぞれ。
私が良いと言う人も居ればあなたが良いと言う人もいるでしょう」
「それは嫌味ですか」
どうしてこうまで卑屈になるのか分からない。
卑屈の人間の相手は疲れるし、そういう人の話を聞いているとこっちまで気分が暗くなるのであまり好きではない。
「どうでもいいけど、会場に戻りなさい。
あなたの先程の婚約者候補に対する態度は失礼よ。
自己紹介ぐらいはちゃんとしたんでしょうね?」
「向こうは私のことを知っていました」
「だからしなくてもいいというものではないわ!
だいたい、候補者様のことを理解したうえで参加したんでしょうね。
まさか顔も分からない状態で参加したわけではないでしょう」
「・・・・・」
グロリアは図星を突かれると昔から黙る癖があった。
つまり、彼女は姿絵すらも確認せずに夜会へ来たのだ。
私は頭痛で眩暈がした。
「夜会の最低限のマナーもできないなんて」
「だって」
「病弱だから何て言わせませんわよ。
マナーぐらい体が弱くても学べます。
現にあなたは今こうして夜会に出れているのですからね」
「でも、私はミハエル様と」
「私の元婚約者様がどうかなさって?」
「っ」
そう、ミハエル様とどんなに両思いだろうと婚約者ではないグロリアとミハエル様が結婚できるなんてまずないのだ。
「そんなに彼が恋しければ愛人にでもなさったら?
私は要らないからあなたにあげるわ。
あなたは昔からよく私のモノを欲しがっていたものね。
私のおさがりでよろしいのならどうぞお好きに」
「酷い」
「そう?でも姉の婚約者に手を出すあなたも立派に酷いのではなくて?」
「そんなつもり」
「なくて手を出したのならとんだ淫乱ね。
あなたにどういう気があるのか知らないけれど婚約はお父様が決めたこと。
あなたも貴族令嬢ならその務めを果たしなさい。
それができず庶民のように恋愛結婚がしたいのならお父様に相談することね。
そうしたら、お優しいお父様はあなたを直ぐに除籍してくれるかもしれないわ」
「!?」
驚くグロリアに私は呆れるしかなかった。
この子は本当に何も分かっていないのだ。
「私達が貴族として贅沢な暮らしができるのは与えられた役目を果たしているからよ。
それができずに、それでも貴族で居たいと言うのは我儘ではなくて?
分かったら夜会に戻りなさい」
私がここまで言ってもグロリアは戻ろうとはしない。
眼に涙を浮かべて泣き出してしまった。
泣けばすべてが赦されると思っていいのは小さな子供だけだ。
社交界に出ることを許されたレディーのすることではない。
私は出かかった溜息を殺してグロリアを引きずってホールに戻した。
泣き止まないグロリアの代わりに私が婚約者候補に謝り、何とか一人一回ダンスをさせることに取り付けた。
「あなたも大変ですね、セシル嬢」
「いいえ、ロイ様。これも姉の務めですから。
そう言えば弟君の状態はどうですか?」
「あなたのおかげで今では少しではありますがベッドから起き上がることができるようになりました。
本当に感謝してもしきれません。ありがとうございます」
「いいえ、私は医者を派遣しただけですから」
ロイ様の弟マルフォイは現在12歳
自分で血を作ることのできない病気にかかってしまい、殆どベッドから起き上がれない状態だった。
私は医者ギルドというものを作っている。
優秀な医者や研究者を集めて様々な治療法、新薬を開発させている。
マルフォイ殿のことを聞いた私は現在薬剤師が新たに作った薬が効くかもしれないと思った。
だが、まだ人に使ったことがなくどんな副作用が現れるのか分からない。
そういったリスクも一応ロイ様とマルフォイ殿に話したのだがお二人はこのまま何もしなければ死ぬだけ。
それなら一縷の望みに賭けたいと仰ったので私はその薬の使用を許可した。
最初は副作用の方が強く、その度に違った調合を試してみたりを繰り返し、今ではマルフォイの病気にあった薬が出来上がったのだ。
「それでもあなたがこの話を持ち込まなければあの子は死んでいたでしょう。
私は弟を失わずにすみました。もう、家族を失うのは嫌ですから。
ありがとうございます」
「はい」
「お暇な時にでも弟に会ってやってください。
あの子はあなたのことを天使だと言っていました。奇跡を呼ぶ天使だと」
「まぁ、それは光栄ですわね。
では時間がある時にお邪魔させて頂きますわ」
「はい。このまま順調に回復すれば学校へ通うのも夢ではないと医者からも言われています」
「それは本当に良かったですわ」
初めて見たマルフォイは青白い顔をしていた。
話すこともできず、ご飯も殆ど食べられない状態だった。
兄であるロイ様も国を駆けずり回って有名な医者に頼んだり、治療法を探していたりしたのでかなりやつれていた。
それが学校に通えるようになるかもしれないまでに回復し、ロイ様も笑っていられるようになって本当に良かった。
前を見れば、グロリアは今グエンとダンスをしていた。
ダンスはあまり得意ではない様で、グロリアのダンスは帰ったら猛特訓が必要だという現実にセシルは溜息を禁じえなかった。
比較的下位の貴族を選んでの婚約は、下位であれば比較的夜会に出る頻度も最小限にできるという父の心配りだろう。
グロリアに問題は合っても婚約者候補の性格に問題はない。
妻にしたのならまず蔑ろにしたり、愛人を囲ったりもしないし。
それに彼らも事業として関わりのあるラインネット家との繋がりを欲しているだろうからちょうど良かったのだ。
我が父ながら良い人選だとは思うが、果たしてこの婚約は上手くいくのだろうか。
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